おじさん

今回も、昨年FBにUPした文を書き直して投稿したものです。

 自慢するほどのことでもないが、自分は、他の人より外で知人に偶然出会う確率がかなり高いのではないかと思う。
 以前デイケアで知り合った男性だが、何というか、軽妙洒脱なおじさんだった。若い頃はフォークをやっていたらしく、実際にギターを弾いているところも見た。他の男性とユニットらしきものを組んで、ゆずの向こうを張って唄ったりもしていた。列車の時刻表を読んで、いかに工夫して安く旅行するか、といった事もやっていたらしい。
 先の男性も含めたトリオでよく冗談を言い合っていたが、デイケア内で発行された文集みたいなものに、「日本は、かつて朝鮮で行った事を反省すべきだ」とも書いていたように思う。
 それからだいぶ経ったある日、おじさんと病院内で偶然再会した。おじさんは丸坊主になり、喉にマイクを当てて声を出していた。喉頭癌の手術を受けたらしい。
 哲学者のニーチェは、精神に変調をきたした後に馬の首に突然抱きついて大泣きしたそうだが、その時の僕はまさにニーチェだった。
 それからまたしばらくして、外出するとおじさんと何度も出会った。うちの近所でも。「よく会いますね」とおじさんも言っていた。おじさんは、ひたすらにあちこちを歩いていたようだ。必死に何かを追い続けていたのだろうか。その後年賀状や暑中見舞いをしばらくやりとりしたが、ある時宛先がわからないと葉書が戻ってきてそれっきりである。
 前回に書いた、12月24日の翌日、おじさんを思い出して胸が張り裂けそうになり、仕事中堪えきれずに洗面所に駆け込んだ。今もまた涙が流れている。
 でもわからない。また、いつかどこかでばったり会えるかもしれない。
 今どこを歩いていますか?おじさん。

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