勝つ事の意味

スポーツには勝ち負けがあり、それは少なからず影響を与えます。私自身、部活動として10年以上、勝つ事を仕事の軸としても10年以上戦ってきました。そこで感じた事を長々と書いてみようかなと思います。


陸上を始めたキッカケ

そもそも私が陸上を始めたのは「学校内でたまたま足が速かった」というのが理由です。田舎の小さな学校でしたので、都会に比べると比較的容易にその肩書きを得る事ができました。

足が速いと一目置かれる存在になり、小学生ながらに勝つ事が周りに及ぼす影響は感じていました。その感覚は心地良かったですが、努力してまで手に入れたいと思う事はありませんでした。練習は隙があればサボり、練習中も友達と話をしながらダラダラと過ごしていました。その頃は「勝つ事」と「友達と過ごせる事」がモチベーションで陸上をしていました。

そして中学では運良く素晴らしい指導者の方々と出会い、全国大会へ。結果は決勝で記録なし。ランキングも下の方でした。それでも県内では私と2人のライバルの3人で競り合っていて、その当時はそれが楽しくて、負けたくなくて、その為に練習は続けていました。


陸上がしたくて頑張った事

高校受験を控え志望校を考える時期になりました。高校の恩師にあたる先生から「うちに来い」と言われた事、中学のライバルがその学校を希望している事もあり、私もその学校を目指そうと思っていました。しかし、そこには大きな壁がありました。

「学力」です。

私の母校である高校は進学校で、スポーツ推薦もありませんでした。当時の私の中学では140人くらいの生徒がいて、その中で順番がついていたのですが、目指す高校に合格するには少なくとも30番前後が必要でした。そして当時の私は、、、

60番辺りでした。

、、、やばい

そう思った私は中学3年の全国大会が終わり休みに入ると本格的に勉強を始めました。勉強は苦手でしたが、目的ができた途端にガラッと変わりました。朝から図書館にこもり、頭のいい友達に教えてもらいながら1日5時間以上の勉強を当たり前にできるようになりました。気づけば順番も10番台まで上がり、無事志望校に合格する事ができました。

その時にも「勝つ事」が大きなモチベーションになりました。


競技に本気になった瞬間

高校に入り、恩師の先生や同級生のおかげで特に深く考える事もなく全国大会でトップを狙えるレベルになっていました。当時の私は天狗になり、練習も適当にやっていました。そんな高校2年の国体で、大きな転機を迎えます。

当時は5mの自己ベストを持っており、上位入賞は間違いないような記録でした。しかし結果は9位。国体でしたので、地元の香川県には貢献できませんでした。

その時、それまで自分の事しか考えなかった私でしたが、香川県のテントに戻り先生方に「お疲れさま」と言ってもらった時、こんなに良くして貰った先生方の力になれなかった自分の無力さと後悔で、競技で初めて悔し涙を流しました。

本気で頑張って来年は必ずリベンジすると心に誓った瞬間でした。

翌年、私は国体で日本一になります。


世界を目指したい

スポーツ推薦で兵庫県の大学に入り、新しい環境で競技を始めました。当時、日本インカレで優勝されていた同郷の先輩もいる素晴らしい環境で競技を続けていく中で、2008年の北京五輪の当時B標準の、5m55をこえる5m56の当時の日本学生記録を樹立しました。当時は大学3回生でした。

その時に、世界が「夢」から「目標」に変わりました。結果的に代表入りはできませんでした。そして、その目標を達成するのは卒業した2013年になります。


初めてシニアの日の丸を背負った日

大学を卒業し、ロンドン五輪の選考も色々とありましたが逃してしまった2012年夏の出来事から話を始めます。
 
五輪を逃し、正直やめようかなと考えていました。選考のあった日本選手権の後、「傷心旅行やー」と当時乗っていたバイクで旅をしました。兵庫をスタートし、岡山〜広島〜福岡〜宮崎〜香川と殆ど下道で移動しながら大学陸上部の同級生達に会ってきました。

「まだまだやれる!」

同期に会って、そんな気持ちをもってまた練習を開始していたある日、競技を続けられないような大怪我をしました。

初診を受けた整形の先生に、

「もう競技は厳しいと思う」

と言う言葉をかけられて、その時初めて競技と決別しないといけない事の恐怖を知りました。結果的にここなら治してもらえるかもと紹介していただいた病院の先生に助けられ、半年かかりましたが手術をして今もお世話になっているトレーナーさんのリハビリのおかげで何とか競技復帰をする事ができました。

そんな中で復帰した初戦で5m70の自己ベスト&世界選手権の標準記録を突破し、初めてのシニアの代表になります。


オリンピックへ、、、

その後も順調に記録を作り、2013年、15年と世界選手権の代表に選ばれながら、自分の中で最後の挑戦になると考えていたリオ五輪の年になりました。様々な思いをもって最高の準備をしてシーズンを迎えました。

標準記録を越えれば後は選考に入るという中で、春にあったアメリカの試合でその記録を跳ぶ事ができました。その時の話を少ししていきますね。

コンディションも良く記録が出しやすい試合ということでこの試合で狙うと決めて試合に臨みました。ところが、自分の前の試合が長引いた関係で試合時間が遅くなり、ウォーミングアップをしてから1時間以上待つ事になった為、あえてスイッチを切って昼寝をしました。その時に、何故か中学の時に一緒に受験勉強をしたあの日の夢を見ました。懐かしい気持ちと共に目を覚まして、ふと原点を思い出したのを覚えています。

「楽しく跳びたいな」

そんな気持ちをもって臨んだ結果、リラックスした動きが功を奏したのか、標準記録を突破する事ができました。その瞬間、応援してくれた色んな人達の顔と、どんなときも側で応援してくれていた家族の顔、そしてロンドン五輪を逃したあの日の気持ちが一気に溢れてきました。次の高さは手が震えて跳べずに終わりましたが、長年の夢がグッと近くにきた瞬間でした。

そして試合後、家族にすぐ電話をします。

「標準記録跳べた!オリンピックにでられるかもしれん。良かった、、、ありがとう。」と。


あの夢の舞台で。

その後、日本選手権で2位に入り無事オリンピックへの出場資格を得ました。その瞬間に沢山の方から「おめでとう」とメッセージや言葉をいただき、改めてオリンピックの価値を知ることができました。

勝つ事で得た、1つの大きな価値でした。


自分が前を走っていく

その後、東京五輪がやめようかなと思っていた私を引き留めて今に至ります。2017年の世界選手権の代表になり順調満帆でしたが、ここから体との戦いが始まります。小さな怪我が増え始め、できる練習も減ってきました。気付けば思い通り動かない体との戦いになっていました。

長年感覚を研ぎ澄ましてきた分、良い時の自分の感覚との違いが手に取るようにわかるようになりました。一歩踏む毎に、全盛期の自分が前に進んでいくのです。追いかけようとすればする程、空回りしてしまいうまくいかない。そんな自分を受け入れて、良い方向に変えないといけない。

昔、チェコのコーチが言っていた言葉を思い出しました。

「例え腕がなくなっても、足がなくなっても、あるもので戦う。その【意思】こそがプロだ。」


ぬるま湯から抜け出す勇気

実は、昨年からずっとお世話になっていた大学から離れて練習をしています。色々とありました。何かと自分を追い込む事が多く、余裕が無くなったというのが正直なところです。

自分らしくいられる場所で、最後のチャレンジをしたい。そう思って、自分が成長できる可能性がある場所や指導者の方にお願いして回りました。

ある程度引かれている線路の上を歩かせていただいていた分、「自分で選ぶ」事から逃げていた気がしたのです。乗っかっていれば良い環境で続けさせてもらえる道だったと思います。そこをあえて脱線しました。沢山の方に迷惑をかけたと思います。

でも、後悔はしていません。新しい世界と言うのはしんどい事も多いですが、新しい発見や成長が沢山転がっていました。脱線したら路頭に迷うかと思いましたが、「意外に何とかなる」と言うのは、ぬるま湯に使っていた私には新鮮で貴重な発見でした。

そして新しい環境は1つではなく、フィジカル、テクニック、メンタルと多岐に渡って沢山の方々のお世話になっています。これは競技だけではなく、「人としての自分」も成長するきっかけになっています。


これから

2020年になり、いよいよ東京五輪が目の前に迫ってきました。そんな中、うまくいかない事を相談していると、今お世話になっている方にこう言われました。

「還暦とは生まれた時に還るという事。荻田は競技者としての還暦を迎えようとしている。思いもよらない事で躓く事もあるだろう。それも受け止めて、やれる事をやろう」と。

「それでも尚、戦えるだけのものはある」と。

 
もう一度自分を信じてみようと本気で思いました。

そして今、予想外の出来事に右往左往しています。。


勝つ事の意味

よくここまでたどり着きましたね。笑 
ありがとうございます。

最後はタイトルについてです。
勝ちを経験したからこそ思うこと。

それは、

「勝つ事よりも勝ち方、勝つ事(目標)向かって考え工夫し本気で取り組むこと。そしてその中で出会い、応援してくれる人がいること。これこそがスポーツの醍醐味であり価値である」

という事です。

だからこそ、スポーツは人間教育として無くてはならないものなのだと思いますし、勝つだけではなく「勝ち方」が大切なのではないかと思います。

競争を無くしていく文化が加速していく中で、勝ちに拘り勝負をする事。その意味を問う。そんな事を想いながらこの文章を書きました。

「あなたは勝つことをどう考えますか?」


以上です。

長文になりましたが、お読みいただきありがとうございました!

少しでも早く、また競技場でお会いできるのを楽しみにしています。


荻田大樹

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