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わたしの「病み/闇」なんだろうな。

教会でわたしが
「リハビリの課題」で行なっていた
ストレッチに近い運動の説明をした時のこと。

そうやって毎日頑張っていたから
こうして教会まで歩いて来れるようになった。
頑張ったんだねぇ、と言われる。

→教会まで1㎞弱で行程の半分は坂。
急な坂を3つ下りて行きます。
帰りは急な坂を上ります。

本人の感覚としては
できたことを積み重ねてきた結果が
今の「動き」なので。
頑張ってきたという自覚が全くない。

でもこれは
わたしの「頑張る」が
「75の実力で150を目指すこと」を指しているから。

歩行器で100歩/日が
1年で独歩3000歩/日になる、というのは
真面目にコツコツ実施してきたから、で
それを「努力」とか「頑張ってきた」と表現するんだよね。

大学リハビリセンターの看護師さんに
「そこは頑張った、って言って!」と言われたり。

頑張らなきゃここまでできないって!
と、地元病院の先生達、看護師さん達、療法士さん達に言われているけど
本人は「頑張った」とは思ってなくて。

謙遜とか、そういうものではなくて
「実感」として、持っていない。

これもまた、わたしの「病み/闇」なんだろうな。



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