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『ささくれ』(0:1:1)

タイトル:『ささくれ』
ジャンル:ヒューマンドラマ、ラブストーリー
上演目安時間:10〜20分
登場人物:2人(不問1、女1)

落合:おちあい。不問、作家。
秋庭:あきば。女、編集。(性別変更可)

※性別変更に伴う一人称・言い回しの変更はご自由にどうぞ


0:ページを捲る音

落合:(M)ひび割れた指に、ささくれがたつ。
落合:ただそこにあるだけなら、目障りで済むというのに。それは何をするにも引っ掛かり、私の心を苛立たす。
落合:いっそのこと引きちぎってしまいたい。
落合:しかしそれは、痛みを伴うだろう。
落合:そう思うと踏ん切りつかず、私は今日も、指先の厄介を恨んでいる。
落合:こんなに心乱されていることを、きっと君は知らないだろう。

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0:場面転換。
0:原稿用紙にペンが走る音
0:扉が開く

秋庭:「先生、そろそろ休憩にしませんか?」
落合:「……」
秋庭:「先生?聞こえてますかー!」
落合:「……」
秋庭:「先生の好きなバッテラ、買ってきましたよー!」
落合:「……」
秋庭:「… 頭でっかちこけし」
落合:「聞こえてるぞ」
秋庭:「聞こえてるなら返事して下さい!」
落合:「悪口のチョイスにこけしはどうなんだ?」
秋庭:「赤べこの方が良かったですかね」
落合:「だからなんで人形なんだよ。もっと他にないのか」
0:手を止めて振り向く
秋庭:「常吉のバッテラ、買ってきましたよ」
落合:「腹は減ってない」
秋庭:「そんな事言ってると、また食事を忘れるんですから!体調不良の作家なんてもう流行らないですよ?いっぱい食べて、しっかり寝て、たくさんいい話をかかないと」
落合:「君も大概しつこいな」
秋庭:「分かってもらうまで何度でも言い続けますよ」
落合:「わかった、食べればいいんだろう、食べれば」
秋庭:「はい。私もいただきます」

秋庭:「ん〜美味しい」
落合:「本当は君が食べたいだけなんじゃないのか?」
秋庭:「失礼な。ちゃんと差し入れですよ。先生の好物でしょう?」
落合:「そんなこと言ったか?」
秋庭:「言いましたよ、3年前に。新刊の受賞パーティーの帰り、先生がまだ飲み足りないって言って入った寿司屋で。まあ先生、あの時べろべろに酔ってましたけど」
落合:「そんな昔のことをよく覚えてるな」
秋庭:「当然じゃないですか」
落合:「酒で鈍った舌に、酢飯の酸味が丁度良かっただけだろう」
秋庭:「じゃあ、好きじゃないんですか?」
落合:「……どちらかと言えば、嫌いじゃない」
秋庭:「ふふ。つまり『大好き』って事ですね」
落合:「は?」
秋庭:「先生が素直じゃないことは、よく知ってますから」
落合:「……」

0:ページをめくる音

落合:(M)風が轟々と窓を叩く。
落合:私はその音を、布団の中で聞いていた。
落合:ようやくちぎりとった思いが、またにょきりと頭をもたげるのに辟易(へきえき)としていた。何度も繰り返すささくれと同じ、むけばむくほど深くなる。
落合:いっそ指ごと切り落とせば、楽になるだろうか。落ちた薬指を見たらこの心は落ち着くだろうか。そしてその時、私はこう言うのだ。
落合:『ザマァミロ、勝手に生えてくるからだ』

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秋庭:「それで先生、何を書いてたんですか?」
落合:「あ?」
秋庭:「今月分の原稿はもう頂きましたし、何か新しい話を思いついたとか?」
0:原稿を覗こうとする頭を叩く
秋庭:「ぁいた」
落合:「勝手に見るな。ただの悪口だよ」
秋庭:「悪口?」
落合:「ああ。何度も家に来る集金や、頻繁に顔を出す厄介な編集者とかのね」
秋庭:「集金は回ってきて当然ですけど、まめに顔を見せるなんて、その編集の方はとても先生の事が好きなんですね。大事にされてますね先生、自慢に思った方がいいですよ?」
落合:「来世があったらそうするよ」
秋庭:「今からでもまだ遅くないですよ!」
落合:「遅いだろ、もう辞めるんだから」
秋庭:「あ、 …ふふ。そうですね」
秋庭:「今日はその挨拶で来たんでした」
落合:「……」
秋庭:「先生、今まで本当にありがとうございました。先生の作品づくりに携わらせて頂いたことは、私の人生の宝です」
落合:「いつ行くんだ?」
秋庭:「今月中には」
落合:「実家に帰るんだったか」
秋庭:「はい。仕事を手伝うことになって」
落合:「ほぉ」
秋庭:「うち、農家なんです。今はまだ二人とも元気なんですけどね。結構前から早く帰ってこいって言われてて、何とか誤魔化してたんですけど、まぁいつまでもそうは言ってられないし、この辺が引き際かなと」
落合:「…そうか」
秋庭:「全然帰る実感わかないんですよ。ずっとこっちに住んでたから引越しなんて久しぶりだし」
落合:「君は私でも呆れるほどの読書マニアだ。準備といいながら、片すはずの本に齧り付いてるんじゃないのか?」
秋庭:「そうなんですよ!何度読んでも先生の本が面白いせいで、つい夢中になってしまって」
落合:「ふ、君らしい」
秋庭:「ふふふ」
落合:「ま、体に気をつけてな」
秋庭:「ありがとうございます、先生も」
落合:「ああ」
秋庭:「私がいなくても、ちゃんと食べなきゃダメですよ?休憩も。後任の子にはまめに様子を見る様に言っておきますが、」
落合:「心配しなくても大丈夫だ。それより、自分の心配をしなさい。急に畑仕事なんて出来るのか?」
秋庭:「あはは、確かに。…そうですね」

0:ページをめくる音

落合:(M)指先に、じわりと血が浮いていた。
落合:ついにあのささくれがいなくなった。
落合:今度こそ二度と生えてくる事はないだろう。
落合:これで服に袖を通す時も、横になって布団を手繰り寄せる時も、煩わしい思いをせずに済む。
落合:そう思うと安心する。
落合:しかし同時に、私は絶望した。
落合:きっと私はいつか、あんなに小さな君がそこにいた事も、君がどんなに不愉快だったかも、忘れてしまうのだ。
落合:それがこんなにも、寂しい。

0:ページをめくる音

秋庭:「はー、ご馳走様でした」
落合:「まあまあだったな」
秋庭:「ふふ、最後まで素直じゃないですね」
0:ふと何かに気づく
秋庭:「あれ、先生、指」
落合:「?」
秋庭:「ささくれ、出来てますよ」
落合:「…ああ、本当だ」
秋庭:「最近乾燥してますからね」
秋庭:「放っておくと気になるから、切っちゃった方がいいですよ」
落合:「…そうだな…」
落合:「君、とってくれ」
秋庭:「え?」
落合:「引っ張れば直ぐに取れるだろう」
秋庭:「ええ、でも裂けちゃうかもしれないし、痛いですよ?ちゃんと爪切りで切った方が」
落合:「うちにそんなものない」
秋庭:「普段どうやって爪切ってるんですか…」
落合:「君がやってくれ」
秋庭:「んー。分かりました、やってみます」
0:渋々手を包む
秋庭:「痛かったら言ってくださいね」
落合:「ああ…」
秋庭:「いきますよ」
0:ぶつり、とささくれを引き抜く
落合:「つ、」
秋庭:「ああ、やっぱりちょっと血が出ちゃいましたね。ごめんなさい、消毒しないと」
落合:「洗っておけば大丈夫だ、直ぐに治る」
0:引っ込めようとした手を握る
秋庭:「ダメです、 小さい傷って意外と怖いんですよ?何度も繰り返したり、ばい菌が入って膿む事もあるんですから」
落合:「……ならいっそ、治らなければいい」
秋庭:「え?」
落合:「なんでもない」

0:ページをめくる音

秋庭:「じゃあ私いきますね」
落合:「ああ、見送りに行けなくて悪いな」
秋庭:「先生が出不精なのは、よく知ってますから」
落合:「放っておけ」
秋庭:「向こうについたら、手紙を送りますね。写真を添えて。電車もろくに通ってない田舎だけど、大きな銀杏(いちょう)の木があって、とても綺麗なんですよ。見たら、先生も来たくなっちゃうかも」
落合:「…銀杏(ぎんなん)か」
秋庭:「ええ!日本酒のあてに最高です」
落合:「悪くないな」
秋庭:「ふふ。でしょう?他にも美味しいものが沢山」
落合:「あまり食べ過ぎないように」
秋庭:「気をつけます、先生は沢山食べてくださいね」
落合:「…ああ。せいぜい、いっぱい食べて、しっかり寝て、たくさんいい話をかくよ」
秋庭:「私が言った事、ちゃんと覚えてたんですね」
落合:「君が会う度にしつこく言ってたからな」
秋庭:「何度無視されても、繰り返したかいがありました」
落合:「…」
秋庭:「…先生、最後に一つお願いが」
落合:「聞くだけ聞いてやる」
秋庭:「さっき書いてたの、読ませてくれませんか」
落合:「…悪口だと言ったろ。人に見せるようなものじゃない」
秋庭:「良いじゃないですか。誰にも言わないし、私宛の悪口でも構いません。餞別だと思って」
落合:「気が向いたらな」
秋庭:「…ふふ、分かりました」
秋庭:「それじゃあ、行きますね」
落合:「ああ、じゃあな。秋庭君」
秋庭:「…はい、さようなら。落合さん」

0:扉が閉まり、家を出ていく

0:ぱらぱらとページを捲る音

落合:(M)ささくれは、いなくなっても私を病ませた。
落合:私は傷が治りかける度、何度も抉ってそれを深くする。
落合:ぱっくり割れた指先を見ると、安心するのだ。
落合:まだ傷は癒えてない、君はここにいる。
落合:いつから私は、鬱陶しいと思っていた筈の物に縋っていたのか。傷を毟るのが怖くなったとき?ささくれに気づいた時?…あるいは、その前からか。
落合:きっと君は、清々しただろう。これで偏屈な私から解放されて、どこへでも行ける。私の事など忘れて。
落合:……もしも、もしまた、ささくれと会えたら、私はそれを疎ましく思うだろうか。あるいは次こそ、大事に出来るだろうか。

落合:今はただ、指先から溢れた血が、布団に落ちていくのを眺めている。

0:ぱたんと本を閉じる

0:場面転換
0:ガタンゴトンと電車の音

秋庭:「引越しギリギリにポストに入れるなんて、意地悪だな。でも先生の『気が向いたら』は、読ませてやるって意味ですもんね。これが悪口?…ああ、悔しいな。先生の言葉は、誰よりも理解してる気でいたのに…。敵わないなぁ、本当に。…ああ、そうだ。向こうについたら直ぐ送れるように、先生に手紙をかいておこう」

0:手紙にペンを走らせる

秋庭:(M)まるで体の一部のように、貴方の近くにいて、どれだけ貴方を思っていても、少しも私を見ようとしない。
秋庭:それならいっそ、憎まれてもいい。
秋庭:目障りになれば貴方は私に気づくでしょう。
秋庭:出来ることならそのままずっと、貴方の視界の中にいたい。だけどそれが叶わないなら…。
秋庭:せめて最後に、その指先に噛み付くように、貴方の一部も千切れて欲しい。

秋庭:「…あなたはささくれの気持ちなんて考えないのだろうけど、私にできる仕返しは、こんな些細な物なのです。…先生」

0:ガタンゴトンと電車の音が遠のいていく

0:終わり


お疲れ様です。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
こちらは『第1回しなコン!〜こえコン!シナリオコンテスト〜』ショート部門受賞作品です。
こえコン!Vol.7での上演ありがとうございました。

しなコン!詳細はこちら→

こえコン!Vol.7の感想はこちら(※他受賞作品のネタバレを含みます)

色んな落合と秋庭の姿が見れたら嬉しいです。
よろしくお願いします。

#しなコン
#こえコン


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