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薄愛主義(0:2:0)

タイトル:薄愛主義
ジャンル:ヒューマンドラマ
上映目安時間:20分前後
登場人物:女性×2(演者の性別は不問)

ミチル:女子高生、好きな子の為にクッキーを焼く
マリ:ミチルの伯母、みんなの為にパンを焼く


0:薄愛主義

0:キッチンで作業する音

ミチル:「バター…卵…牛乳…チョコチップはあるし、あとは何を用意するんだっけ?あ、小麦粉まだ用意してないじゃん。これかな?あった。えっと、なになに150g?測らなきゃいけないのか、めんどくさいなあ」
マリ:「ミチルちゃん?」
ミチル:「あ、マリ伯母さん丁度良いところにきた!手伝ってくれない?」
マリ:「うん、いいよ。クッキー作るんだっけ?」
ミチル:「そう、明日はバレンタインだからチョコチップクッキーにしようかなって」
マリ:「新一君にあげるの?」
ミチル:「えっ?!そう…だけど、なんで?」
マリ:「ふふ。だってミチルちゃん、新一君の話をする時、いつも嬉しそうに目をキラキラさせてたから、だから好きなのかな?って」
ミチル:「ええ、私そんな顔してた?」
マリ:「うん。いいじゃない、人を好きになるって素敵なことよ」
ミチル:「そうかなあ」

0:ミチルの手元を見て

マリ:「あら?ミチルちゃん。クッキー焼くのよね」
ミチル:「え?うん、そうだけど」
マリ:「それ、薄力粉じゃなくて強力粉よ」
ミチル:「え?でも袋に小麦粉って書いてあったけど」
マリ:「ふふ、小麦から出来た粉は全部小麦粉なの。クッキーを焼くなら薄力粉。強力粉じゃ仕上がりが変わっちゃうわ」
ミチル:「えー、そうなの?また計り直しかぁ…」
マリ:「やってあげる。折角だからこの強力粉でミルクパンを焼こうかな。恵美子達も後でくるから丁度いいわ」
ミチル:「本当?やった!私あれ大好き」
マリ:「ふふ、良かった。強力粉…イースト、お砂糖と…たっぷりのミルク、さあこれでいいわ。始めましょう」
ミチル:「うんっ」

0:キッチンに並んで作り出す二人

ミチル:「えーと、バターをかく拌して…砂糖と混ぜて…ポ、ポマード状に?伯母さん、ポマード状ってなに?」
マリ:「クリーム状って言うと分かりやすいかな。ボウルの下に暖めた布巾を置くとやりやすいよ」
ミチル:「こう?本当だ、凄い。魔法みたい」
マリ:「ふふ、褒めても何も出ないわよ」
0:生地を捏ねる
ミチル:「パン生地、もうモチモチになってる。すごい。伯母さん料理もお菓子も上手だよね。どうしてそんな風にできるの?」
マリ:「そうねぇ。食べてくれる人のことを思いながら、愛情を込めて作ってるからかな」
ミチル:「愛情かぁ」
マリ:「うん。優しく薄く生地を伸ばしていくとね、初めはバラバラだった生地が、少しずつ手を取り合うように繋がっていくの」
ミチル:「お母さんが焼くと優しさゼロの岩みたいなパンになるんだもん、教えてあげたいよ」
マリ:「恵美子もあれはあれで頑張ってるんだけどね。昔から不器用だから…」
ミチル:「いつも怒ってるし、ガミガミうるさいし…私、伯母さんみたいに優しいお母さんの所に産まれてきたかった」
マリ:「ええ?私は伯母だもの、母親とは違うわ」
ミチル:「そういうもの?」
マリ:「うん、そういうものなんだって」
ミチル:「あ、えっと、バターが柔らかくなったら卵を少量ずつ混ぜ…少量ってなにー?めんどくさいなから一気にいれていいかな」
マリ:「ダメダメ。一気に入れるとバターと卵が分離して喧嘩しちゃうの。少しずつ混ぜていけばきちんと仲良くなるから、我慢我慢」
ミチル:「はぁい」
0:レシピ通りに卵を混ぜる
マリ:「そうそう」
ミチル:「…ねー、伯母さん。明日うまくいくかな」
マリ:「んー?ミチルちゃんならきっと大丈夫よ」
ミチル:「どうかな。私、お母さんに似てガサツだし、女の子っぽくないし、新一にも女子だと思われてないかも…」
マリ:「ミチルちゃん…」
ミチル:「急にクッキーなんて焼いて、キモいと思われたらどうしよう」
マリ:「……」
0:ミチルを見る
マリ:「ねえ、ミチルちゃん。卵とバター上手に混ざったね」
ミチル:「?うん」
マリ:「これは乳化っていう現象なの。本来なら全然違う性質を持つ食材が、上手に混ざるとこうなるのよ」
ミチル:「へえ…」
マリ:「少しずつお互いを知っていけば上手くいく。人間も同じよ、だから大丈夫」
ミチル:「そうなのかな…」
マリ:「きっとね」
ミチル:「うん。そうだね、ありがとう」
マリ:「ふふ、いいえ」

0:

ミチル:「チョコチップを混ぜて…。最後に粉を振い入れてさっくり混ぜる…」
マリ:「粉を入れるのは一人じゃ難しいから、手伝ってあげる。こっちも発酵に入るから」
ミチル:「もう終わったの?凄い」
マリ:「ずっと作ってるレシピだからね、もう慣れてるの」
ミチル:「そっか。昔からこのパン好きだったもんなあ」
マリ:「小麦粉ふるって入れるから、ボール持ってて」
ミチル:「うん」
マリ:「ミチルちゃん小さい頃、このパンが気に入っちゃって、ミルクパンしか食べないーって言ってた時期があるのよ?」
ミチル:「え?そんなことあったっけ?」
マリ:「うん。小さくて覚えてないかもしれないけど、恵美子ったら、私は母親失格だーお姉ちゃんがこの子のお母さんだったら良かったんだーって、それはそれは泣いてね。あの子は、あなたの事になるといつも必死だったから」
ミチル:「そう、なんだ…」
マリ:「母親が子供を思う気持ちって、きっと特別なのよ。だから、そんなに恵美子のことを嫌わないであげてね」
ミチル:「……」


マリ:「よし。クッキーはオーブンに、パン生地は発酵に入ったから、一旦休憩にしましょう」
ミチル:「うん!」
マリ:「ミチルちゃん、ジュースでいい?」
ミチル:「大丈夫」
マリ:「オレンジジュースがあったわ。はい、どうぞ」
ミチル:「ありがとう」

0:ソファーに座る

ミチル:「はー。慣れない事すると疲れる」
マリ:「ふふ、そうでしょうね」
ミチル:「ねえ、伯母さんは結婚しないの?」
マリ:「え?うーん…そうね、結婚はできないかな」
ミチル:「なんで?好きな人とかいないの?」
マリ:「昔、付き合ってた人ならいるけど…」
ミチル:「えっ、え、どんな人?」
マリ:「どんな…。そうね、良い人だったわ。行動力があって、自分の意見を言える強い人だった」
ミチル:「イケメン?」
マリ:「ええ?それはどうかな、人によると思うけど」
ミチル:「なんでその人と結婚しなかったの?」
マリ:「そうねぇ…。なんでかしら。とても良い人だったし、私のことを凄く気にいってくれたけど、でも私、結婚はできなかったの」
ミチル:「どうして?」
マリ:「他にも大切なものがたくさんあったからかな」
ミチル:「…ふぅん…?よく分かんない。普通、好きな人とは結婚したくなるものじゃないの?」
マリ:「じゃあミチルちゃんは新一君と結婚したい?」
ミチル:「ええ?!まだ付き合ってもないのに、それは早すぎるよ」
マリ:「ふふっそうね、ごめんごめん」

ミチル:「伯母さんって、いつも優しいよね」
マリ:「そうかな?そんな事ないよ」
ミチル:「ううん、お母さんも言ってた。マリ伯母さんは昔から誰にでも優しくて、友達も大勢いたって。頭も良くて仕事も出来たのに、家族の事をいつも気にかけて、お母さんが離婚して地元に帰ってきてからは近くに住んで、私の子守りもよくしてくれたって…」
マリ:「そりゃ子供抱えて半べその妹がいたら助けるわよ。私は子供がいないし楽しかったわ。でもミチルちゃんも大きくなったし、今はもう安心ね」
ミチル:「伯母さんがずっと独り身でいるのはおかしいって…結婚しなかったのは自分のせいかもしれないって…」
マリ:「…あの子、そんな事気にしてたの」
マリ:「……」
0:目を伏せる
マリ:「昔、おじいちゃんがね」
ミチル:「おじいちゃん?」
マリ:「うん、ミチルちゃんにとっては曽祖父さんね。…あなたが産まれる前に亡くなってしまったけれど、すごく優しい人で、私、おじいちゃんの事が大好きだったの」
ミチル:「…」
マリ:「いつも穏やかで、声を荒げた所なんてみた事がない、よく出来た人だった。とても尊敬していたわ。…私、おじいちゃんに聞いた事があるの「どうしてそんなに優しくできるの?」って。そうしたら、おじいちゃん、私の頭を撫でてこう言うの。『僕はみんなの事が好きだから』って」
ミチル:「みんなの事が好き…」
マリ:「『マリちゃんも沢山人を愛して、優しくするんだよ、その優しさは必ず自分に返ってくるからね』…って。そう言って笑った顔を今でも覚えてる。実際、おじいちゃんは誰にでも平等に優しかったし、特別なんて作らなかった」
ミチル:「おばあちゃんは特別じゃないの?」
マリ:「…あの時代はまだ、自分だけではどうしようもない事がたくさんあったのね。おじいちゃんは長男だったし、結婚するのが普通だったから…」
ミチル:「だから結婚した…?」
マリ:「私はそう思ってる」
ミチル:「なんか変なの」
マリ:「そう?」
ミチル:「クラスの友達にだって特別仲が良い子はいるし、普通な子も、嫌いな子もいる。最初は嫌いでも途中から好きになる子もいるし…。お母さんも、伯母さんも私にとっては特別だよ?ほら。伯母さんだって、もし道端で知らない人が倒れてたら驚くけど、お母さんが倒れてたらもっと驚くでしょ?」
マリ:「…そう、ね…」
ミチル:「みんなの事が好きなんて、まるで誰の事も好きじゃないみたい」
マリ:「それは少し違うわ」
ミチル:「どう違うの?」
マリ:「たとえば、人が一生のうちに使える愛情の量が決まっているのだとしたら、じゃあこの子には5個、この子には3個って分けていくんだと思うの。でもおじいちゃんはね、みんなに1個ずつあげていく。一つ一つは少ないけど、それなら沢山の人に配れるわ」
ミチル:「でも、相手の子がおじいちゃんに10個あげてたら?10個あげても、20個あげても、おじいちゃんからはずっと1個しか返ってこなかったら悲しいよ」
マリ:「…そうね。だからおじいちゃんは、いつもどこか寂しそうだったのかもしれない」
ミチル:「伯母さん…」

0:オーブンの音がなる

マリ:「あ、クッキーが焼けたわね。ミチルちゃん、焼けてるか見てみよう」
ミチル:「伯母さん、」
マリ:「ん?どうしたの?」
ミチル:「……ううん、なんでもない。クッキー上手に焼けたかなあ」
マリ:「きっと大丈夫よ」
ミチル:「わあ!綺麗に焼けてる!」
マリ:「本当、とっても上手に出来たね」
ミチル:「端っこはちょっと焦げちゃったけど、まあいいか。味見しちゃお、ん〜!焼きたて美味しい、伯母さんも食べて食べて!」
マリ:「うん、いただきます。ん、美味しい」
ミチル:「教えてもらわなきゃこんな上手に作れなかったよ、手伝ってくれてありがとね」
マリ:「こちらこそ、今日は楽しかったわ。明日、喜んでもらえるといいね」
ミチル:「…うんっ」
マリ:「よし、生地の発酵もいい感じ。ミチルちゃん、丸めるの手伝ってくれる?」
ミチル:「うん!」

ミチル:(M)マリ伯母さんの焼いたパンは、相変わらず美味しくて、少し甘い味がした。だけど天板の端っこで焦げたクッキーは苦くて、私は何故かその味を忘れる事が出来なかった。

0:後日、チャイムの音
0:扉が開く音

マリ:「あら、ミチルちゃん。いらっしゃい」
ミチル:「こんにちは、マリ伯母さん!」
マリ:「上がっていく?」
ミチル:「ううん、今日は直ぐ帰るから」
マリ:「そう?」
ミチル:「あのね新一君、クッキー喜んでくれたよ」
マリ:「まあ、よかったわね」
ミチル:「それでね、お礼に今度遊びにいこうって」
マリ:「凄いじゃない!」
ミチル:「伯母さんのおかげだよ」
マリ:「そんな事ないわ」
ミチル:「ねえ、私。喜んでいいんだよね?」
マリ:「当然でしょう、ミチルちゃんが新一君のために頑張って作ったんだから。良かったわね」
ミチル:「うん、でもね、初めは新一君のことしか考えてなかったけど、作ってる間に、他にも食べて欲しい人ができたの」
マリ:「?」
ミチル:「はい、マリ伯母さん。あげる」
マリ:「私に…?いいの?」
ミチル:「うんっ」
マリ:「…ふふ、ありがとうミチルちゃん」
ミチル:「私があげたいの、だからいいよね?」
マリ:「ええ、勿論。お茶を淹れて大事にいただくわ」
ミチル:「…うんっ。じゃあ私行くね、また直ぐ遊びにくるから〜!」
マリ:「ちゃんと前みて走るのよ、気をつけてね」
ミチル:「うん!またねっ」

0:走っていく


0:部屋に入り、クッキーの袋を開く

マリ:「ハートのクッキーが6枚…。ふふ、とっても美味しい…美味しいわ。ありがとうね、ミチルちゃん」

0:目元を抑えて肩を震わせる

ミチル:(M)それから数週間後、洗礼を受けたマリ伯母さんは、シスターとして修道院に入院した。伯母さんは最後にクッキーのお礼として、手紙と一輪の花で作った栞を私にくれた。手紙には…。

マリ:『誰も、何も、間違いじゃない』
マリ:『あなたはあなたが思う道を進んで』

ミチル:(M)そう書かれていた。
ミチル:マリ伯母さんは、やっと心から安心できる場所に辿り着けたんだろう。あの寂しげな笑顔も、きっと今は、大空のように青く澄んでいるのだろう。…なんとなく、私はそう思うのだ。

0:終わり




お疲れ様でした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。

「薄力粉×博愛」のワードが最初に浮かんで、薄力粉ならお菓子作りだな〜って連想したところから産まれた話でした。二人の日常の一コマの中に、何か感じてもらえる所があれば幸いです。

(見出し画像、ハート型のチョコチップクッキーの写真がなくて、ただのナッツクッキー🍪)

それでは、またどこかで。

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