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志津子さんのこと

       ~私のなかに残る、美しい秋の光景~      

                              ゆきひら

 これは私が看護の実習生の時に見た、思い出深い、美しい光景である。

 実習日の朝のことである。いつもと同じく、志津子さんの姿は四畳半の畳の上にある。格子のおりた窓から射す、秋の日差しが彼女を照らしていた。

 もうすぐ80にもなろうとする、痩せて、小柄な志津子さんの体は、軽く握った両手を左右の膝の上に置いて、白い光のなかでふんわり、丸く、鎮座していた。

 世話役だった夫を亡くして以来、志津子さんは持病の精神病のために、長くその病院に入院していたのだった。

 彼女の目の前には、若い青年看護師の姿がある。志津子さんと同じく、白衣の彼もやはり、居住まい正しく正座していた。

 私は毎朝、お二人の様子を見学させていただくのだった。

 上半身をすっと伸ばし、軽く前のめりになる形で、青年看護師は志津子さんと向かい合っていた。

 細く、骨張った青年の左の人差し指と親指が、彼女の小さな頤をそっと捉えていた。青年の右手の紅筆が、志津子さんの肉の薄い口唇の輪郭をゆっくりなぞっていく。青年の指の上で、志津子さんの小さな頤が、大人しい手のりの文鳥のようであった。

 毎朝、このように青年看護師の手で、淡い化粧を施されるのが、志津子さんの日課であった。

「ほら、こんなに・・・」
 彼女が握っていた手を開いた。
「こんなに手が震えて・・・」
 私に向けられた両手の指先は、志津子さんの言うとおり、かすかに震えていた。
 「お薬の副作用なんですって・・・」
 
 困るわ、とつぶやいている口唇が、青年看護師の操る紅筆の先で、しっとりと紅く色づいてゆく。うっすらと両の瞼を閉じた志津子さんは、つきだした口唇を素直に青年の手元に預けている。そういう行為を恥ずかしがる風はない。まっすぐな処女のように、少しのためらいも怖じけもないのだった。

 

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