見出し画像

階段少女は二度笑う【よせあつめカルテットの怪事件遭遇記】

芸術家テオ・アルカムの展覧会に訪れたルードとナザトは、他の誰にも見えない少女と出会う。少女に導かれるまま、非日常へと迷い込んだ2人が目にしたのは、異形の怪物だった。

「俺は飛んだ。異形の、非日常の、俺たちの平穏を奪うものの、背中へ」

+++++

 館内は喧騒に包まれている。受付にチケットを手渡して足を踏み入れるも、あまり視界はよくなかった。光量を絞ったかすかな明かりと、壁の端々から差しこむ日の光だけが光源だ。

 遊園地のアトラクションのように、規則的に照明が設置されているわけじゃない。建物そのものはごく普通の民家の様相で、玄関や廊下など、生活上必要な場所に、きちんと照明は残っている。それでこの暗さなんだから、設計者の計画内ってことだろう。

 館内の奥で携帯なんて取り出そうものなら、雰囲気を壊して周りに迷惑をかけそうだ。期待を胸に奥へと進んでいく人の流れを横目に、俺は携帯を確認した。

 ディスプレイには、何も表示されていない。意識を携帯から離してポケットに押しこむと、同じことを考えていたのか、傍らのナザトがのんびりと言った。

「ニールさんとチセさん、いつくらいになるんだろうね」

 ナザトの薄い金の髪は、薄暗い中でもぴかぴかと光って見える。俺の目の高さにあるつむじを見ながら、何気なく返した。

「先に入ってろって連絡来たし、そんな遅れはしねえと思うけど」

「僕たちが一周した後に来たら、もう一回みんなで回ろっか」

 楽しそうに笑うナザトは、今日もお決まりの白いブラウスにスーツカットのパンツ。人に似合うものを選ぶのは得意なくせに、自分は洒落っ気ないんだよな。今日は美術鑑賞なんだし、きちんとした服着てて間違いはないと思うけど。

 ナザトは俺を見上げた。

「ルード。さっきもらったリーフレット見せて」

 俺は言われるまま、受付からもらったリーフレットを差し出した。

 ナザトは礼を言ってそれを受け取ると、字を追って小さく読み上げた。

「テオ・アルカム。××年生まれ。現在は××を拠点に活動。廃墟や空き家を中心とした建築物に手を加え、日常から切り離された異空間を製作する。代表作に、『森の奥(ゴーストタウン・高層ビル)』『食卓(廃病院)』など」

「病院に手を加えて『食卓』って、趣味良すぎるだろ」

「ちょっと怖いよね」

 俺は略歴に顔をしかめた。ナザトも似た思いだったのか、苦笑を漏らす。

 今回訪れたこの「作品」としての建物は、外から見た限りだと、敷地の広い一軒家だ。こぎれいな庭に、公開するに当たって作られたであろう控え目の受付。そこは、本来玄関だったんだろう。大がかりな美術館や博物館じゃないんだから、あまり大人数が入るようなつくりじゃないのは、当たり前だ。

 玄関を過ぎると、曲がって伸びる廊下。左右にいくつか開いている扉があるから、部屋だの客間だのがあったんだろう。廊下の隅っこにはいくつもぬいぐるみが置かれている。あのぬいぐるみはどういう意図があるんだ。それも奥まで見て回ったらわかるのかもしれない。

 廊下の先はどうなってるのか知らないが、ここの目玉は階段だ。

「行くか」

「うん」

 俺の声かけに応じて歩きだしたナザトは、リーフレットの解説文を続けて読みはじめた。

「『階段』。テオ・アルカムの処女作。元は一軒家で、最奥の大階段を中心に製作された。当時二十歳だったアルカムは、この一軒家を買い取るために知己に借金をして回ったというエピソードが残っている」

「アルカムの作品は色んなとこに点在してるからな。ずっと伏せられてた処女作が近くで公開って、できすぎてる」

「僕も気になってたから、誘ってくれて嬉しいよ」

 本来あった窓は塞がれているようだ。壁に何かを隠すような装飾が施されている。窓枠は残されていたりするから、これも「作品」としての設計なんだろう。

ここから先は

27,725字 / 1画像

¥ 400

サポートありがとうございます!とても励みになります!! こちらは、今後の制作や研究、出展に充てさせていただきます。