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TOMOIKEプロデュース公演「追憶ベイベー!」根岸可蓮出演

根岸可蓮さんの出演が決まったとき、とても嬉しかったんですよね。たこやきレインボーのメンバーの仕事が演劇にシフトしていく中で、いつか下北沢の劇場に立ってくれないかなぁ・・とずっと思っていたので。その念願がかなったことに。
1980年代、インターネットがなかった時代。映画や音楽、演劇の情報を入手するのは「ぴあ」でした。その雑誌の公演情報や記事を頼りに心惹かれるものに行っていたわけですが、中でも強烈な記憶として残っているのが夢の遊眠社の「野獣降臨」と「半神」を下北沢の本多劇場で観たこと。舞台を観ながら、高校演劇を続けていたら、また違った人生だったろうなって考えてしまったこともあったりして。今はどうなのか分かりませんけど、私にとっては下北沢は小劇場の演劇の中心地にして特別な場所。
それから長い年月が経過して、夢の遊眠社の初期メンバーで「野獣降臨」で主演されていた上杉祥三氏と彩木咲良さんが2021年12月、大阪松竹座の舞台で共演したとき、とても不思議な気持ちになったこと。私の過去の記憶と現在がリンクする面白さ。私は目撃者に過ぎないわけですが、特別なものとして感じられるありがたさ。なかなか伝わらないことではあると思うのですが、私の中ではこの面白さは無二のものなんですよね。

そして、この舞台を観るために数十年ぶりに下北沢駅を降りて改札を出たら、目の前の風景に私の記憶している下北沢ではないことに頭が混乱してしまって。
『 駅前劇場』は、改札を出てすぐの場所にあったはず。ピーコックは下北沢にある記憶はあっても、駅を出て見えるところになかったはず。
数年前に駅が改装されて、駅前周辺が再開発されたことにすぐに気がついたものの、記憶と現実の違いに瞬間的にパニックになってしまったのでした。

そして、この時点で「追憶ベイベー」という舞台を楽しむ私自身の準備が、仕上がっていたんだろうなって思うのです。もしかしたらタイムスリップした瞬間の感覚って、このような感覚なのかもって思ったりして。さらにこの日、チケットを抑えていたのが翌日だったということに会場入場時に気がついて。結果的に、土日のマチネー2公演を観ることができたのですが、伏線がてんこ盛りで、時系列がパズルのように構成されているこの舞台。生で観ることができてホント良かった。

あの時、こうしてたら。していなかったら。あの人にあのことを話していたら。逆に話してしまったことに後悔している。そんな経験がひとつでもあるのなら共感できて、2020年から延々と続く現在の状況に、ついつい違う世界線を思い描いてしまう人には、強く訴えかけるものになっていると感じました。しかも、他の舞台公演の中止が発表されるような中、この公演も初日を迎える直前に出演者の交代を余儀なくされたにも関わらず、全公演を完走し、更には直前にキャストの交代があったことを一切感じさせず、出演者全員がハマり役。実際の舞台の熱量が、そのままSNSに流れてくるようにも感じられて、そのようなことも含めて、特別な演劇体験をだったように感じました。

この舞台、共感できるところがたくさんあって、たとえば、時系列にほどよい複雑さと、てんこ盛りな伏線があるものの、描いているのは、過去に執着している中年男性が最終的に一歩踏み出す物語になっているところ。そこに親と子の関係性やタイムスリップやパラレルを盛り込んでいるわけですが、そういった要素部分で考えると、エヴァンゲリオンが「少年が成長して大人になる物語」というシンプルな物語を、人類補完計画やアダムやイブや死海文書、パラレルといったありとあらゆるものをぶりこんで、ありえないくらいに壮大にして描いたのと構造的に似ているように感じました。
そして、少年ではなく、おっさんが一歩踏み出すというところが面白い。
でも、おっさんが一歩踏み出したことで世界は変わるのか。未来はさほど良いものとは思えない。でも、今井ちゃんの衝動的で無自覚な「いたずら」が、未来を変えるひっかけになるのかもしれない。
そいいったところが感じられるところがいいなーと思うのです。
面白いことになるのは、いつだってもっとも意外なことからなのですから。

そして、共感できたのは、男性と女性の描き方。性差について書くと思わぬところから石が飛んでくる危険があるので深くは書きたくないのですが、ヒサオは過去に執着し、女性は全員、現実と未来を見据えているところ。子供を産めるという現実を身体に宿しているわけで、そういう意味でも現実的なのが女性だと思うのです。
現実が見えてないから、ヒサオは親の葬儀でも絵を描き、その絵が評価されても授賞式に欠席する。そういうヤツだから、彼女にもいきなり別れを切り出されてしまう。実は、「いきなり」って感じるのは男性だけで、舞台では別れのシーンだけ描かれていますけど、そうなる原因は山ほどあったんだろうなぁ・・と思うのです。(私自身、そういうところにたくさん共感してしまうのですが・・)
でも、ヒサオと別れても、同じ芸術家と付き合うことになる雫さんも、雫さんなんですが・・(笑)

根岸可蓮さん演じる今井雅美は、舞台の中で誰にもなじんでいない、物語をひっかきまわす、言わば「真夏の夜の夢」に出てくる妖精パックのような存在。脚本・演出の友池一彦氏は根岸可蓮さんの代表作になってもらえれば・・というようなことをツイートされていましたが、この役柄に根岸可蓮さんをキャスティングしたことが凄いと思ったんですよね。

根岸可蓮さんは巨大なエンジンを内に秘めている人だと思うのです。これまでにそのエンジンがフルスロットル全開になって周囲を驚かすほどのパフォーマンスを見せた瞬間を何度もみている。
それは、たこ虹のライブの中であったり、テレビ番組「ムチャミタス」で、誰よりも高く凧をあげたり、ロケ中に伝説のウナギを釣り上げたり、スタジオ内で投げたブーメランが手元に戻ってきたり、ニコ生のアニメ番組で圧倒的な存在感をみせて配信後のアンケートで100%になったり。その突き抜けたシーンを幾度となくみてきています。
そのパワーや強さと同時に、森林浴のような、真綿のような柔らかさ、周囲一帯を癒すような包容力、独特なオーラ感もある。
そのようなパワーと柔らかさの両方を兼ね備えているところ根岸可蓮さんの魅力。そのような強烈な個性を引き出して活かせる場所が演劇だと思っているのです。
そして、「追憶ベイベー」の今井雅美は、無軌道といえる欲求から時間をも超えるパワーを持ち、同時に母親になることを運命づけられている役柄。
つまり根岸可蓮さんの個性にぴったりハマった役ということになる。

「追憶ベイベー」でのキャスティングの経緯は分かりませんが、根岸可蓮さんの持ち味をこれ以上ないほどに引き出したターニングポイントとなった作品であることに間違いないと私は思っています。


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