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ex.たこやきレインボーラストフリーイベント・たこやきレインボーとしての矜持

2022年、5月4日の南港は晴天でした。
当初、最後がフリーイベントであることに抵抗があったんですよね。彼女たちのパフォーマンスを無料でみるということに。ご挨拶させていただくということに。
でも、5月4日を一日、南港で過ごして、たこ虹メンバーひとりひとりの挨拶や、MCの方の言葉のはしはしから伝わってくるもの。空気感。そういったものもひっくるめて、これでよかったんだなと感じました。

待機列で並んでいる時間。抽選券を引いたときの番号を見たときの感じ。tacotureで高まる高揚感。生で聴く五人のボーカルの圧のすごさ。疾風からWhoop It Up!への展開。五人ひとりひとりの挨拶。そして、アンコールからのなにわのはにわで終わるところ。
ごあいさつ会の待機列でのワクワクドキドキ感。実際に会話する数秒間。あとになって、あのことを言っておけばよかったって思うほんのちょっとの後悔。メンバーを眺めつつ、親しい虹家族の方々と会話する。
たこやきレインボーのイベントでしか味わえない空気感と多幸感を丸一日堪能しました。

たこやきレインボーって、演劇っぽいなとずっと思っていました。一曲パフォーマンスする情報量がとても多い。それは今回一曲まるまる撮影可能な、レインボータイムで撮影されたタイムラインにあふれる写真からも伝わってきます。
ボーカルそのものの情報量もすごい。ダンスパフォーマンスの伝わってくる感じもミュージカルに近いものがある。
それは昔から一貫してて、さくちゃんとれんれんにミュージカルの指向性が強いこともあると思うのですが、なにわン2014から続く、なにわンダーランドのコンセプトライブは、ロックミュージカルだし、なんぼやツアーもとても演劇的な手法でのメッセージ性の強いものでした。
家にいるTVも、とても演劇的でメンバーの会話そのもの自体が、視聴者に面白く伝わるように意識されて、リズミカルで、笑いがあるののになっている。さくぴょん回にいたっては、オンラインの即興劇(インプロ)そのものといっていい。

もしかしたら、私はとても長い時間、数年わたって、たこやきレインボーの演劇をみていたんじゃないか。そんなふうに思えてきたんですよね。
たこやきレインボーそのものが演劇だったのではないか。
演劇っていうと、役者が舞台の上で役を演じて観客がみるだけのもの。と受け取られかねないのですが、そんな軽いものではないです。
演劇でいちばん大事なことは演劇空間。演者と観客が時間と場所を共有し、そこで紡がれる物語や事象から、泣いたり笑ったり、感情がゆさぶられたり、考えさせられたりする。演劇とは観客が思う以上に双方向なもので、観客の空気感で同じ演目でもまったく違ったものにもなったりするわけです(だからマナーが大事なんですよね)
演劇には入念な準備が必要。だからメンバーは地道にレッスンを重ねていた。でも演劇である以上、そういったところをみれられない。なぜならエンターテイメントとして純粋に観客の方々に楽しんでいただきたいから。だから、たこ虹のメイキングムービーやオフショットムービーは驚くほど少ない。
私が大好きなエピソードで、ずっと昔のイベントで、ステージ上にいるメンバーに「あんたらエンターテイナーやろ!」と叱咤したという話があるんですけど、そういったことともつじつまが合う。
長い年月、メンバー5人は寝食をともにして、演劇空間の中に身をおくことによって、猛烈なスピードで進化していったんじゃないかと思うのです。

5/4の南港にいた不思議な多幸感は、たこやきレインボーのメンバーとスタッフさん、そして、観客である虹家族が作り出す「演劇空間」の中にいたから感じられたことだと思うんですよね。

5/4で、たこやきレインボーという演劇の幕はおりたということ。
でも、それはこれから続くであろう物語の第一幕にすぎないのではないか。

ぶっちゃけちゃいますけど、私は何一つ納得できていません。なにがあったのかもわかりません。しかし、そんなことを憶測ではなしてもさほど意味があることとは思えない。納得できない気持ちもそのままおいておけばいい。

メンバーのこれからがすべてだと思いますし、たこやきレインボーの活動を通じて、ひとりひとりが十分すぎるほどに戦える武器とチカラを備えているのですから。

そんな中、さくちゃんが髪をバッサリ切って、そういうところがやっぱり、最高だと思うし、私にとっての誇るべき推しです。

これからは、しばらく幕間。インターミッションということになるのかもしれません。
でも、インターミッションといえどもいろいろあるのが演劇です。

演劇はとても自由なもの。演者の表現したいという気持ちと観客の見たいと切望する気持ちさえあれば、どうとでもなるものだと思いますから。そういう意味でも、応援広告は、これ以上ないメッセージだと思っています。

どこまでも続く終わりのない物語を、私は楽しみにしています。




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