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舞台「オフィスの国のアリス」宮崎理奈プロデュースVol.3 元アイドルとしての矜恃

「不思議の国のアリス」は、ルイス・キャロルがアリス・リデルのために作った物語。ルイス・キャロルがアリス・リデル三姉妹の家族と一緒にピクニックに出かけて、その場で即興で語ったおはなしを、文字に書き留めて欲しいとアリス・リデルにせがまれて書いたものが「地下の国のアリス」。

そしてその物語をベースとして知人の勧めで出版されたのが「不思議の国のアリス」。たった一人の女の子のために書かれた物語が、世界中に知られる作品になったというユニークな成り立ちの作品。
そこに描かれているものは、ファンタジーでありながら不条理と不合理。夢の世界というよりも、むしろ悪夢に近いもの。作品全体に漂う死のイメージ。しかし、ディズニー映画によって「かわいい」のみが強調されて、ネガティブな要素は払拭されている。
それが、不思議の国のアリスに対する多くの人が持っているイメージ。

「オフィスの国のアリス」は、そういった「不思議の国のアリス」のイメージを、そのまま舞台の世界観の中に落とし込んでいる作りになっているところが面白い。
主人公の華村美里は、辛い現実から逃避する場所として、ディズニー映画の「ふしぎの国のアリス」的な夢の世界に没入してしまっている。そのアリス的世界観はとてもかわいいもので、ネガティブな部分が一掃されている。
しかし、実体は「死と隣り合わせの場所」。

演劇は、これまでの作品のオマージュや引用によって、作品の深さや奥行きがつくられるもの。シェークスピアやゴトーを待ちながらとか、昔話や伝説、最近だった誰もが知ってるようなマンガやアニメといったものまで、長い歴史の中で蓄積された文化のあらゆる要素の中から切り口をみつけて、物語が創造されて舞台上で表現されるのが演劇。

「オフィスの国のアリス」では、「不思議の国のアリス」のイメージを作品に投影することによって、演劇として深みを持たせていると感じました。
舞台の上で繰り広げられるのは一貫して全編に渡って、華村美里の心の中での出来事。唯一「現実」であると感じられるのは最後の会社のシーン。華村美里が元気よく「おはようございます」というところのみ。

華村美里が現実逃避して自らの心に閉じこもる中、たくさんの人たちからの働きかけで現実に向き合うと決心し、戦い、その結果、現実の中へと第一歩を踏み出す。
それまでは、現実逃避をしている華村美里の「ゆめうつつ」が、舞台の上で展開している。夢から醒めて会社に行っても、そこは華村美里が見て感じてる会社なので、とにかくこわい。現実と妄想がシームレスに展開し、事故にあい昏睡状態になって、自分自身の世界に引きこもる。
現実世界を拒否しているので、夢から醒めることはない。

自分で創り出した世界の中に閉じこもる。その流れの中で、すごいなと感じたのが、華村美里の剥き出しにしたエゴを描いていること。華村美里が座る椅子は、いわば「玉座」。自分の世界に君臨する女王。それはそのまま、ハートの女王の「首をはねろ!」と言い続ける不思議の国のアリスとリンクする。そして、自分が何者であるかも忘れ、ダークな部分を前面に出す脚本と演じる宮崎里奈さんがすごい。普通ならば、嫌な部分を出すと、観客の共感を得られなくなってしまう可能性もあるのに。でもだからこそ、物語の深みが増す。

そして、私を楽しませるための一発ギャグをしなさいという流れは、重さと軽さのバランスが絶妙で、とても面白い。
華村美里の思い描くアリスの世界は、とても表層的でキャラクターは全員が動物。「不思議の国のアリス」にウサギやネズミは登場するものの、原作とはかけ離れた印象。

そんな中、オリジナルキャラクターとして唯一登場するのはチェシャ猫。特異なキャラ揃いの中でも、とりわけ異質なキャラクター。しかし、原作では「どっちにいったらいいのでしょう?」というアリスの問いかけに、「どこへいきたいのかいきたいところ次第です」というような物語の中で唯一といっていいほど、まともなやりとりをしている。
アリスにアドバイスをするチェシャ猫が、そのまま舞台の物語にも投影されてるようにも感じられます。

舞台の彩木咲良さん演じる夏梅仁愛は、華村美里を印象的に見つめ「このままでいいの?」と語りかける。名前の「にあ」も、英語の「near」と重なるようにも感じられることが面白い。
そして、笑顔の消えたチェシャ猫が、笑顔を取り戻す物語と捉えることが出来るのも面白く感じました。

物語は、現実逃避から殻に閉じこもった自分自身を解放するストーリー。そこに「元アイドルとして」「元アイドルだからこそ」というポイントが随所に散りばめられている。舞台の冒頭「元アイドルだから」として社内で否定されて反発すること。そして、歌とダンスパフォーマンスによって、閉じこもっていたまやかしの夢の世界を壊そうとすること。劇中歌は、推し変をするファンのことが歌われていたり、アイドルとしての葛藤が歌われてる楽曲もある。

登場人物の多さを、動物を割り振ることでキャラクターを明確にする工夫をしていること。それが登場人物ひとりひとりに感情移入しやすいものにさせている。公演前に一人一人が輝く舞台と話していて、正直な話、それは難しいんじゃないかって思っていたのですが、それが見事なまでに成功してる。これも、元アイドルだからこその配慮と工夫。
だからこそ、最後のライブパートがとても楽しいものになる。元アイドルだからこそ可能にした演劇にしてエンターテインメント。

そして、この舞台が全体から伝わってくるものは、元アイドルとしての矜恃。全キャストの方々から伝わってくる熱量。舞台の最後の挨拶で、片山陽加さんが語っていたことがすべてなんじゃないかと感じました。

とりとめもない記事になってしまいましたが、それだけすごい舞台だったということ。演劇はこれまで、たくさん観てきましたが、その中でもトップクラスに感じられるほど、作り込まれた舞台に感じられました。
オリジナルメンバーでの再演希望。より多くの方に観て欲しい作品です。

夏梅仁愛演じた彩木咲良さんについての記事は別途書こうと思います。

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