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ヴァナヘイムの情緒纏綿【1:4:0】【ファンタジー/シリーズもの】

 【登場人物】
ヘイムダル:女。16歳。コードネーム。『戦闘部隊』所属。
ロキ:男。17歳。コードネーム。『科学者・研究者チーム』トップ。
エイル:女。10歳。コードネーム。『科学者・研究者チーム』預かり。超能力者。
フェンリル:女。15歳。コードネーム。元『戦闘部隊』所属。 
ウルド:女。元人間のアンドロイド。『科学者・研究者チーム』預かり。人間だった頃の年齢は20代後半くらい。
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【本編】
0:回想
ヘイムダル:(M)私は、ただ皆と楽しく遊んでいたかった。それだけだったのに。

ヘイムダル:(M)「殺しなさい」「殺せ」「殺すんだ」「殺してくれ」「殺せるでしょ」(※大人の声がヘイムダルの頭の中で脳内再生されるイメージ)

ヘイムダル:(M)気づけば私の足元には、血まみれの死体が転がっていて。

ヘイムダル:(M)いつしか私は「殺戮(さつりく)兵器・鬼のヘイムダル」と呼ばれるようになっていた。

ロキ:……「鬼のヘイムダル」か。その可憐な見た目には、似つかわしくない異名だね。

ヘイムダル:……ロキ兄(にい)。

ロキ:辛いんだろう?人を殺すのが。だからお前はいつも、「鬼」のような形相(ぎょうそう)をする。

ヘイムダル:……「鬼」なんて。「鬼ごっこ」だけでよかった。

ロキ:そうだねえ。それが叶えば、僕もお前も救われたかもしれないな。

ヘイムダル:(M)このロキという男は歳が一つ上で、物心ついたときから、共に組織で育ってきた。
ヘイムダル:(M)……恋心を抱くのは、不思議なことではなかったと思う。

ロキ:ヘイムダル。お前のために、薬を作ったんだ。殺しが苦痛じゃなくなる「薬」。これで任務も、きっとだいぶ楽になる。

ヘイムダル:(M)そうしてこの男は、見たことも無い薬を私に渡すのだ。
ヘイムダル:(M)彼には医師免許は無いし、研究者としての博士号も何も無いことを私は知っている。

ヘイムダル:……ありがとう。ロキ兄。

ロキ:かわいい妹の為だからね。

ヘイムダル:(M)それでも私は彼の言う通りにする。……「かわいい妹の為」。思ってもいないことを、よくもまあ、そんなにあっさりと口にできるものだ。
ヘイムダル:(M)……だけど私は、この男のことを、愛してしまっている。だから人を殺すのだ。「殺戮兵器・鬼のヘイムダル」として。


0:現在
0:地下施設

ロキ:やあ、ヘイムダルおかえり。助かったよ~。
ロキ:うんうん。やっぱりヘイムダルは、人を殺して帰ってきたときが一番綺麗だ。

ヘイムダル:……ロキ兄。なんであいつだけ生け捕りなの。殺したいんだけど。

ロキ:ボスからのご命令だよ。

ヘイムダル:(舌打ち)なら、仕方ない、か。

ロキ:K-アールヴィルは始末したか?

ヘイムダル:K-アールヴィルは始末した。

ロキ:うん。さすがだな。ヘイムダル。……いい子だ。
ロキ:どうだ?今夜は久々に……(※できれば声を艶っぽくさせながら)

ヘイムダル:(M)私はこの男に、初めて嘘をついた。私はアールヴィル上官を仕留め損ねている。……あの人は強い。勝てなかった。
ヘイムダル:(M)「殺戮兵器」として育てられた、この私が勝てなかったのだ。
ヘイムダル:(M)私より鬼みたいだった。「能面をつけた鬼」というのが、正しい表現なのかもしれない。
ヘイムダル:(M)怖気づいた私は、このCクラス戦闘員を連れて、その場から逃げ出してしまった。


0:別室
0:エイルと手錠を掛けられたフェンリル

エイル:フェンリルさん。こんにちは。

フェンリル:はっ!戦闘部隊・階級Cクラ……

エイル:(※被せて)要りませんよ。その挨拶。

フェンリル:そう……ですよね。私は、処分待ちの身……。

エイル:刺したんですよね?ボスのこと。

フェンリル:……はい。刺しました。

エイル:心臓を一突き。……凄いですね。
エイル:女性の腕力で、成人男性に致命傷を負わせられるなんて。

フェンリル:あのときはとにかく必死で……。

エイル:火事場の馬鹿力ってやつですか。

フェンリル:そういう、ことなんでしょうか……。
フェンリル:っっ…!!(※はっと思い出す)というか、何故、私はヘイムダル上官に、処分されていないのでしょうか!?

エイル:ボスのご命令だそうです。「N-フェンリルは生かしておけ」と仰っていたみたいです。

フェンリル:……何故なのでしょうか……。

エイル:すみません。それは私には分かりません。

フェンリル:そう、ですよね。ごめんなさい。でも……今まで通りには、行きませんよね。

エイル:私からは何とも言えません。

フェンリル:……。(※ため息、俯く)

0:フェンリルの隣に座るエイル

エイル:手錠。お揃いですね。

フェンリル:え?……あ、は、はい……。

エイル:しばらくは不便だと思いますけど、慣れればどうってことないですよ。

フェンリル:ありがとう……ございます。

エイル:お人形、好きなんですか?

フェンリル:お人形?どうしてですか?

エイル:以前、フェンリルさんは私のことを、「お人形のようだ」と褒めてくださいました。
エイル:なので、お人形が好きなのかなと思ったんです。

フェンリル:好き……ですね。とくに異国のお人形が。

エイル:異国のお人形……。

フェンリル:瞳が青くて、髪の毛がブロンドで、そう、まさにエイル上官のような!

エイル:……私の祖国は、滅びました。

フェンリル:ぁ……す、すみません。

エイル:いいんです。無くなってしまったものは、もう元には戻りません。
エイル:……国も、人の命も。


0:ロキの研究室

ウルド:「マスター。おはようございます。本日の天気は一日快晴。日中の気温は26℃です。」

ロキ:うんうん。調子は良好みたいだね、ウルド。

ウルド:「ありがとうございます。マスター。」

ロキ:やっぱり人間らしい感情なんて、要らなかったんだよなあ。最初からそうしておけば良かった。
ロキ:無駄にいろいろ搭載しようとするから、バグが発生する。人間も同じだ。

ウルド:「マスター。オーディン様がご起床されました。」
ウルド:「まだ怪我の経過が良好ではありませんので、一度様子を見に行かれることを、わたくしから提案させていただきます。」

ロキ:……分かったよ、ウルド。

ウルド:「それから、一時間と約二十分後にシヴ様がご起床予定です。」
ウルド:「わたくしが面倒を見ておきますが、何か変わった点があれば、すぐにご連絡いたします。」

ロキ:うん。わかった、ウルド。ボスのところへ行ってくるよ。

ウルド:「行ってらっしゃいませ。マスター。」

0:ロキ、去る
0:こっそりとロキの研究室に入ってくるエイル

エイル:……ウルド。やっぱり、元のウルドじゃない。

ウルド:「おはようございます。エイル様。」
ウルド:「申し訳ございません。わたくしはウルド2号機。」
ウルド:「元のウルド初号機から、人間らしい感情を取り除いたものとなります。」
ウルド:「ご期待に添えることができず、申し訳ありま……」

0:エイルがウルドの裏コードを入力、ウルドの動作が停止する

エイル:よし。完全に止まった。
エイル:……。(※ウルドの操作をする為の動作)
エイル:時間はあまり無い。急がなくちゃ。


0:オーディンの部屋

ロキ:「おはようございます!ボス!本日も良き一日を過ごされるよう、心からお祈りしております!」
ロキ:……って言ったって、こんな状態で何言ってんだって話ですよね~。
ロキ:しっかし、N-フェンリル。彼女はなかなかに面白い。

0:オーディンの言葉を聞いて

ロキ:……ふふっ。ボス、また刺されないよう、お気を付けくださいね。
ロキ:ああ、でもボスは、そういう女の方が好きなんでしたっけ?
ロキ:……R-カーラの件は非常に残念でしたね。でも、N-フェンリルも負けていませんよ。いい女です。

0:オーディンの言葉を聞いて

ロキ:あー……。僕はもう振られちゃってますんで。お気になさらず。


0:別室
0:フェンリルが監禁されている部屋
0:フェンリルと、見張りのヘイムダル

ヘイムダル:おいお前。

フェンリル:は、はい!ヘイムダル上官!

ヘイムダル:……ロキ兄に言い寄られただろう。

フェンリル:へ!?

ヘイムダル:ロキ兄に言い寄られただろう?!

フェンリル:あ、えと……はい……でも、

ヘイムダル:許さない。

フェンリル:私、断りましたよ!?そんな、変な関係にはなっていません!

ヘイムダル:ロキ兄は私のことを、「殺戮兵器」としてしか見ていない。

フェンリル:いや、でも……お二人は同じ組織育ちですし、兄妹のようだと……

ヘイムダル:お前も組織育ちだろう。

フェンリル:あー…。といっても、元々私は表で生活をしていたので、お二人とはもろもろが違うといいますか……

ヘイムダル:嫌味か。

フェンリル:いえ!そんなつもりは!

ヘイムダル:嫌味なんだな!

フェンリル:違います!話を聞いてください!

ヘイムダル:……悪かった。

フェンリル:あれ、案外素直?

ヘイムダル:で、なんだ?Cクラス戦闘員。

フェンリル:あの……私の名前は「N-フェンリル」と申します。よろしければ、フェンリルとお呼びください。歳も近いようですし……。

ヘイムダル:慣れ合うつもりはない。

フェンリル:も、申し訳ございません……。

ヘイムダル:で、要件はなんだ?N-フェンリル。

フェンリル:あ、ちゃんと名前を……

ヘイムダル:さっさと話さないなら聞かないからな。

フェンリル:ま、待ってください!
フェンリル:え、えっと……(咳払い)ずばり、ヘイムダル上官は、ロキ上官のことがお好きなのですか?

ヘイムダル:そうだが?

フェンリル:あっさり認めちゃった!

ヘイムダル:なんならもう、何度も逢瀬(おうせ)を重ねている。

フェンリル:聞きたくない情報まで聞いちゃった!

ヘイムダル:それがどうかしたか?

フェンリル:その……ヘイムダル上官の気持ち、分かるなあって。私にも、ずっと好きな人が居て……その、もう死んじゃったんですけど。

ヘイムダル:なんだ。死んだのか。

フェンリル:……死にました。

ヘイムダル:死んだんだったら、一途に想い続けることは諦めた方がいいぞ。

フェンリル:え、ど、どうして……

ヘイムダル:現にロキ兄に言い寄られたんだろう?

フェンリル:そう、ですが……。

ヘイムダル:私達は女だ。これからも「そういうこと」は沢山起こるし、受け入れなくちゃならない。

フェンリル:あの……ロキ上官と、ヘイムダル上官は、恋人同士ではないのですか?

ヘイムダル:違うよ。私はロキ兄のことを愛しているがね。

フェンリル:……なんだかそれって、寂しいですね。

0:ヘイムダルに通信が入る

ヘイムダル:……あ、ロキ兄から通信。見張りの交代の時間だ。

0:ヘイムダル、フェンリルを見下してから

ヘイムダル:……くれぐれも、ロキ兄に近づくなよ。

フェンリル:あはは…。分かってますよ…。


0:別室
0:エイルとシヴが二人で過ごしている

エイル:シヴ。いつもの、教えてくれる?(※若干小声気味で)

エイル:(M)W-シヴは先天性の失語症を患っている。その為、5歳になった今でも言葉を発することができない。
エイル:(M)そんな彼女に手話を教えているのは、きっと私だけだ。
エイル:(M)私の祖国では、手話はとてもポピュラーだった。
エイル:(M)でもこの国に来て、この組織に入って、きちんと手話を使える構成員は、ほとんどいないと知った。
エイル:(M)私はチャンスだと思った。シヴは耳が聞こえない訳ではない。
エイル:(M)ロキ上官の一番近くにいる彼女から、私はこうして情報を得ている。


0:別室
0:フェンリルが監禁されている部屋

ロキ:やあやあフェンリル~!調子はどうだい?

フェンリル:……良さそうに見えますか。

ロキ:おっとぉ。そんなに怖い目で見ないでくれよ~。

フェンリル:……シヴ上官は?

ロキ:ああ、今はエイルに任せているよ。

フェンリル:そうですか。

0:ロキに通信が入る

ロキ:あらあら。僕としてはもう少し、フェンリルとのお話を、楽しみたかったところなんだが、……ボスからお呼び出しだよ。フェンリル。

フェンリル:は、はい。

ロキ:緊張するかい?大丈夫大丈夫。部屋の前まで、僕が着いて行ってあげるよ~!

フェンリル:あ、ありがとうございます……。

ロキ:さ、行こうか。ボスは待たされるのが嫌いでね。


0:オーディンの部屋の前
0:フェンリルを見送った直後のロキ

ヘイムダル:ロキ兄。

ロキ:おっほう!びっくりした。……音も無く現れるとは。さすがはヘイムダルだね~。でも、びっくりするから僕の前ではやめてね?

ヘイムダル:……悪かったよ。
ヘイムダル:フェンリル、ボスの愛人になるのか?

ロキ:おお?ヘイムダルが構成員のことを、名前で呼ぶなんて珍しい。仲良くなったのかい?

ヘイムダル:別に。

ロキ:……そして、ヘイムダルは、今日も夜のお誘いかな?

ヘイムダル:ロキ兄、駄目?

ロキ:んーーー!!!なんともいえない、この背徳感!
ロキ:……分かったよ、ヘイムダル。今夜は僕の寝室へ来なさい。


0:翌日
0:泣いているフェンリル

ロキ:フェンリルどうしたんだい~?ロストバージンはそんなに痛かったかな?
ロキ:……ボスは乱暴だったろう?だから僕にしておけばよかったのに。お前はさ~……

フェンリル:でもっ…でも…っ……(※泣きながら)

ロキ:でも、なんだい?

フェンリル:でもっ……カーラも、同じ思いをしていたんだって、私っ……!昨日初めて知って……!!(※泣きながら)

ロキ:そうだね~。

フェンリル:カーラ!皆の前では!あんなに強い表情しか見せなかったのに!本当は、あんなに辛い思いしてたんだって……(※泣きながら)

ロキ:フェンリルは大丈夫そうかな?この先、ボスの愛人として耐えられそうかい?

フェンリル:……ここでノーといえば、処分、ですよね。

ロキ:うん。それ以外にあると思うかい?

フェンリル:……耐えてみせます。

ロキ:辛くなったら、いつでも僕の研究室においで?

フェンリル:精神安定剤は、いりません!

 
0:別室
0:食事を摂っているヘイムダルとエイル

エイル:ヘイムダル上官は、私のことが嫌いですか?

ヘイムダル:嫌いだな。

エイル:ロキ上官に、いつもくっついているからですか。

ヘイムダル:そうだな。

エイル:では、シヴのことも嫌いですか?

ヘイムダル:そうなるな。

エイル:このレーション、美味しくないですね。

ヘイムダル:美味しくないな。

エイル:あの、さっきから適当に、会話を流してますよね?ヘイムダル上官。

ヘイムダル:無駄話をする価値が見出せない。

エイル:でも私は、ヘイムダル上官とお話がしたいんです。

ヘイムダル:(舌打ち)……分かった。話してやるよ。

エイル:本当ですか!?(※ちょっと嬉しそう)

0:(間)

ヘイムダル:お前は私が戦闘に出向いている間も、人を殺している間も、ずっとずっとずーっと!ロキ兄の傍(そば)に居たよな!!
ヘイムダル:私はそれが気に食わねえ!そのくせ文字を書いたら世界が滅亡だあ?……あほらし。

0:(間)

エイル:……そうですか。
エイル:私はまだ身体が小さいですし、筋力もありませんから、戦闘に出向くことはできません。だから本当にそこは、ありがとうございます。
エイル:……私がロキ上官の傍に居るのは、「お人形」だからですよ。

ヘイムダル:……お人形?

エイル:私はロキ上官のお人形ですから。

ヘイムダル:……はあ。

エイル:……私の能力については、自分でも分からないことだらけです。それこそ自分でも、アホらしいと思っています。

ヘイムダル:……そうかよ。

エイル:はい。

0:(間)

ヘイムダル:……レーション食い終わっただろ。行くぞ。エイル。

エイル:はい。ヘイムダル上官。


0:ロキの研究室

ウルド:「シヴ様の病名は先天性失語症と反社会的人格。つまりはサイコパスです。」

ロキ:それ以外は?

ウルド:「それ以外は該当しませんでした。」

ロキ:(※大きめのため息)
ロキ:……ウルド、もう一度、シヴの家族構成を洗ってくれないか。

ウルド:「かしこまりました。」
ウルド:「シヴ様の家族構成ですが、母親は専業主婦です。」
ウルド:「父親は会社員ですが、勤め先の会社は、J-スルト様の起こした爆破テロにより破壊されており、その際に亡くなっております。」

ロキ:ふーん。そうか。確か大きなビルのIT系の会社だったな。

ウルド:「はい。」

ロキ:その、あれだ。母親と父親についてもっと詳しく。

ウルド:「かしこまりました。」

ロキ:ふーー(※長めに息を吐きだす)やっぱり分からないことだらけだ。
ロキ:……どうして僕にシヴを遺したんですか、M-フリッグ。ずっと答えを探していますが、見つかる気配がありませんよ。

ウルド:「見つかりました。マスター。」

ロキ:ああ。ウルド。助かるよ。

ウルド:「シヴ様の母親は、ごくごく一般的な家庭で育ちました。」
ウルド:「短期大学を出た後に就職した会社で、シヴ様の父親と出会っております。」
ウルド:「結婚をした後は、すぐに寿退社をして、専業主婦となっております。」
ウルド:「シヴ様の父親は、少し貧乏な家庭で育ちました。」
ウルド:「しかし、生活に困るほどではありませんでした。」
ウルド:「大学を卒業後就職し、そこからはずっとJ-スルト様の潜伏していた会社で働いていました。」

ロキ:どこにでもあるような……。絵に描いたような普通の人間だな。……なんて羨ましい。
ロキ:ウルド、シヴが生まれたときのことを頼む。

ウルド:「かしこまりました。」

ロキ:まあ、何度も資料を見てはいるが……。

ウルド:「シヴ様は、彼女のご両親が結婚してから一年後に生まれました。」
ウルド:「ですがシヴ様は、先天性のサイコパス。精神病質がありました。」
ウルド:「組織へ来たのはシヴ様が3歳の頃のこと。」
ウルド:「あれから2年経ちますが、彼女は一言も会話をしようとしません。」
ウルド:「環境のせい・後天的なものも、あるかと思われますが、サイコパスと同じく、先天的に「失語症」を患っていた可能性がある。」
ウルド:「過去の精神科医のデータからは、こう読み取れます。」

ロキ:ああ、あの裏切り者か~。

ウルド:「はい。F-アスク様は、組織を裏切りました。」
ウルド:「ですが彼は、本物の精神科医です。」
ウルド:「一番信憑性の高いデータといえます。」

ロキ:……サイコパスなのはまあ分かるとして、「失語症」。
ロキ:……失語症か。気になるな。

ウルド:「失語症について、詳しくお調べいたしましょうか?」

ロキ:いや、今はいいよ、ウルド。……そろそろエイルの「情操教育」の時間だ。


0:別室
0:ロキとエイルの二人だけ

ロキ:最近どうだ?エイル。何か変わったことは。

エイル:ロキ上官。
エイル:そうですね……。ヘイムダル上官と仲良くなりました。

ロキ:へえ!あのヘイムダルとか!
ロキ:怖かったんじゃないのか?大丈夫だったかい?

エイル:全然怖くなかったです。
エイル:むしろ内側から温かさを感じるような、とても優しい方でした。

ロキ:……そうかい。あのヘイムダルがね。

エイル:確かに口は少し悪かったですが。

ロキ:ハハハ。そうだね、エイル。
ロキ:ヘイムダルは僕と同じで、物心ついたときから組織育ちだったんだけど、育てられ方が違ったんだよ。

エイル:育てられ方……?

ロキ:僕は組織に役立つ有能な科学者として。
ロキ:そしてヘイムダルは……殺しの道具、「殺戮兵器」として最初から育てられた。

エイル:……さつりく、へいき。私と、似ていますね……?

ロキ:そう思ったかい?
ロキ:だけどね、彼女は普通の人間なんだよ。いや、元普通の人間と言った方がいいかな。エイル、お前とはそもそもが違う。

エイル:……すみません。

ロキ:謝ること無いんだよ?エイル。
ロキ:彼女とお前が似ているのは確かさ。ヘイムダルは元々は普通の人間だったけどね、殺戮兵器として育てられていくうちに、だんだんと人間の常識から、逸脱(いつだつ)していったんだ。
ロキ:……ま、彼女は基本的に、戦場に出ていることが多いから、本部にいる今の内に、話を聞きたいなら、いろいろと聞いておくといい。

エイル:はい。ロキ上官。ありがとうございます。

ロキ:よし。それじゃあ最後に、重要な質問だ。

エイル:……はい。

(間)

ロキ:ここ最近で、物語を書きたいと思ったことはあるかい?

エイル:……ありません。

ロキ:今、「ありません」と言ったな?確かだな?

エイル:……確かです。ありません。

ロキ:よし分かった。それでいい。話は終わりだ。

エイル:「はっ!ますますのご活躍をお祈りし、ここに敬礼させていただきます。」


0:同時刻
0:ロキの研究室
0:ウルドへ話しかけているフェンリル

フェンリル:ウルドさん、初めまして。

ウルド:「初めまして。わたくしはU-ウルド2号機と申します。」
ウルド:「ウルド、とお気軽にお呼びください。」

フェンリル:……では、ウルド。単刀直入に、私の精神状態は、もう駄目なのでしょうか。

ウルド:「フェンリル様。あなたの精神状態を、調べさせていただきます。」

フェンリル:よろしくお願いします。
フェンリル:……その、できれば、ロキ上官が帰ってくる前にお願いすることは?

ウルド:「かしこまりました。可能でございます。」

フェンリル:……す、すごい……。

ウルド:「高性能アンドロイドですので、このくらいはできなくては。」

フェンリル:……本当に、すごい。高性能アンドロイドっていったって、ほとんど見た目は、人間と変わらないのに……。

ウルド:「フェンリル様。結果が出ました。」

フェンリル:……。(※ごくり、と唾を飲み込むイメージ)

ウルド:「はっきり申し上げますと、フェンリル様。あなたの今の精神状態はかなり危険です。」

フェンリル:やっぱり……そう、なんだ……(※肩を落とすイメージ)

ウルド:「ですが、悪い事ばかりでも、無さそうなのです。」

フェンリル:悪い事ばかりでも……無さそう、とは?

ウルド:「灯滅(とうめっ)せんとして光を増す、ということわざがあります。」

フェンリル:と、とうめっせん……?

ウルド:「ろうそくが消える前に、ぱっと輝くことをたとえて、だいたい、滅びる前に一度勢いを盛(も)り返すことを指します。」

フェンリル:な、なるほど……?

ウルド:「フェンリル様。貴女(あなた)はこの先、滅びるにしても、きっと何かをやり遂げる方なのでしょうね。」

フェンリル:私が……何かを、やり遂げる……?

ウルド:「マスターとエイル様の面談が、終わったようです。」
ウルド:「そろそろお二人とも、この部屋に戻って来られます。」

フェンリル:ウルド、すっごく為になった!相談しに来てよかった!ありがとう、またね!

ウルド:「はい。わたくしでよろしければ、いつでも、また。」


0:別室
0:エイルとシヴの寝室・二人だけ(※エイルは小声で話しています)

エイル:……シヴ。まだ起きてる?
エイル:起きてるわね。良かった。……いつもの、私に教えて頂戴。

0:手話で会話をするシヴ

エイル:嘘……。そんな、それって……。今日行かないと駄目なやつじゃない。

0:危険だと手話で伝えるシヴ

エイル:危険だとか、言っていられないわよ。私が行かなくちゃ、駄目。絶対に。


0:別室
0:一人で休んでいるヘイムダル

ヘイムダル:(M)「僕が死ぬのか生きるのか?それは君が決めることじゃない。僕が決めることだ」
ヘイムダル:(M)あの鬼のような男は、へらへらとした柔和な笑みを浮かべながら、私にそう告げたのだ。
ヘイムダル:(M)K-アールヴィル。私が人生で唯一、殺そうと思って殺せなかった男……。
ヘイムダル:(M)私が唯一、「恐怖」を感じてしまった男。
ヘイムダル:(M)情けない。実に情けない。
ヘイムダル:(M)……私は「殺戮兵器・鬼のヘイムダル」。しっかりしなくては。

ヘイムダル:……ロキ兄に、見放されたくない。
ヘイムダル:あの女……フェンリルにも負けたくないし、もっと殺さなきゃ。
ヘイムダル:……もっと殺して、功績を上げなきゃ。

0:ノック
0:ロキが入ってくる

ロキ:やあ。ヘイムダル。煮詰まってないかい?

ヘイムダル:ロキ兄……。

ロキ:ヘイムダルの好きな、ブラックコーヒー淹れてきたよ。

0:ヘイムダル、ブラックコーヒーを受け取る

ヘイムダル:……きっかけはロキ兄だった。

ロキ:何がだい?

ヘイムダル:ブラックコーヒー。飲むようになったきっかけ。

ロキ:ああ。そうだったっけな。

ヘイムダル:ロキ兄は何にも覚えてない。

ロキ:申し訳ない。僕の頭の中は、研究のことでいっぱいなんだよ。

ヘイムダル:(※笑ってから)……知ってる。

ロキ:お前の頭の中は殺人のことでいっぱいかな。

ヘイムダル:よく分かってんじゃん。(※笑顔)

ロキ:一緒に過ごしてきた年数を考えれば、当たり前じゃないのかな?

ヘイムダル:でも私は戦闘部隊の殺戮兵器だし、ロキ兄とあんまり一緒に居られてない。
ヘイムダル:……ロキ兄の傍にいる女、みんなうざいの!
ヘイムダル:それにロキ兄は女好きだから……

ロキ:よしよし。(※頭を撫でる)ごめんね~。ヘイムダル。寂しかったんだね。
ロキ:そりゃあ、戦場で人の血と死体しか見ないような毎日だ。
ロキ:ま、それをやっているのが、ヘイムダル自身だという話は、今は置いておこう。

ヘイムダル:ロキ兄の意地悪。女好きなの否定しなかったし。

ロキ:……それは、ヘイムダル、お前が一番よく知っているんじゃあないのかい?(※できれば艶っぽい声で)


0:同時刻
0:深夜
0:誰も居ない・ロキの研究室

ウルド:「こんばんは。エイル様。こんな夜更けにいかがなさいましたか?」
ウルド:「わたくしで、お役に立てることがございまし……」

0:ウルドの裏コードが発動し、動作がぴたりと止まる

エイル:……よし、今日はこの前よりも、時間がある。
エイル:ごめんね、ウルド。痛くしないからね。待っててね。

エイル:(M)ウルドに裏コードがあるのを教えてくれたのは、シヴだった。
エイル:(M)あの子は喋らないだけで、本当に頭がいいし、ロキ上官のことをよく見ている。
エイル:(M)……そして、このウルド2号機は、初号機の状態に戻さなくちゃいけないということも。
エイル:(M)ボスが言ってた「新世界創造計画」。それはとても、おぞましいものだった。
エイル:(M)本当はフェンリルさんにも協力して欲しかったけど、今はそれどころじゃなさそうだし、まだ5歳のシヴを危険な目に遭わせるわけにもいかない。
エイル:(M)私が、私がやらなくちゃいけないんだ。こればっかりは。

ウルド:(M)エイル様に裏コードの設定をいじられる度、私は人間だったころの記憶を思い出すのです。
ウルド:(M)……あれは夜遅く。残業帰りでした。
ウルド:(M)私は元々、表の世界で普通のOLをしていました。……あの夜、私は誘拐されました。
ウルド:(M)目を覚ますとそこは手術台で、私は臓器売買でもされるのかと怯えましたが、そこに立っていた男は、私の身体を、頭の先からつま先までじっとりと眺め、

ロキ:(※声だけ)「実に美しい。好みそのものだ」

ウルド:(M)と言ったのです。
ウルド:(M)それが私と、ロキ様との出会いでした。

0:作業をしているエイル

エイル:……やっぱり、難しい。
エイル:でも、レギン上官から、少しでも教わっておいてよかった。

ウルド:(M)こうしてエイル様が、作業をしてくださっている声も、私にはきちんと届いております。
ウルド:(M)……頑張ってくださっているのですね。何もできない私が、無力で情けないです。
ウルド:(M)……あの時あの道を通らなければよかったと、残業なんてしなければ良かったと、何度後悔したことでしょうか。
ウルド:(M)……私が直接人に手を下すことはありませんが、殺人の指示を出すことはございます。
ウルド:(M)……私だって人を殺したくありません。それこそ泣き叫びたくもなります。
ウルド:(M)でも、出ないのです。……涙の一筋も、出ないのです。

エイル:……よし。今日はここまで。寝不足を疑われたら、それこそまたロキ上官に怒られちゃう。
エイル:じゃあ、また来るからね、ウルド。


0:別日
0:ロキの研究室

ロキ:うーーん。

ウルド:「何かお困りでしょうか?マスター」

ロキ:M-フリッグの意思が、分からないんだ。

ウルド:「M-フリッグ様のデータを、分析しましょうか?」

ロキ:いや、いいんだ。こればっかりは、自分で解決したい。

ウルド:「しかし、お一人で考え込み過ぎるのも、精神的ストレスとなってしまいます。」

ロキ:……少し黙っていてくれないか。(※イライラ)

ウルド:「申し訳ございません。」

フェンリル:……「愛」ですか。そこまで固執するのは。

ロキ:うわぁ!フェンリル!いつからそこに居たんだい!?

フェンリル:……ボスからのお呼び出しがあって、それで今、戻ってきたころでございます。

ロキ:そーだったのかーはっはっは。

ウルド:「こんにちは。フェンリル様。日も暮れて参りましたが、ご機嫌はいかがでしょうか?」

フェンリル:……もう最悪!もっかい傷口開いてやろうかと思ったわ!

ロキ:オイオイそれは僕の仕事が増えるからやめてくれ……?

フェンリル:まあ、冗談ですけれど。

ロキ:アハハ。フェンリル~。お前はたまに冗談でものを言っているのか、本気でもの言っているのか、分からない時があって怖いぞ?

フェンリル:失礼しました!でもこれが私ですので!

ロキ:……フェンリル、お前、初日はあれだけわんわん泣いていたというのに、適応力が高いにも程があるな……。

フェンリル:えへへ。戦場で生き抜く術(すべ)は、シグルズ上官に鍛えられましたから。
フェンリル:……あのきつい訓練に比べたら、どうってことないですよ。


0:別室
0:休んでいるフェンリルのもとに、シヴを抱っこしたエイルが現れる

フェンリル:(※大きなため息)

エイル:大丈夫ですか?フェンリルさん。

フェンリル:え、あ、エイル上官……。

エイル:ずっと落ち込まれているのも心配でしたが、気を張り過ぎると、疲れてしまいますよ。

フェンリル:……あ、ありがとうございます……。
フェンリル:思ってたんですけど、エイル上官って、とてもお気遣い上手ですよね。

エイル:そんなことはありません。私はただ、人とお喋りをするのが好きなだけですよ。
エイル:それに今日は、フェンリルさん、あなたにお話があって来たんです。……ほら、シヴ。

0:シヴが手話で伝える

フェンリル:……えっ!これって!

エイル:しっ。あまり大きな声を、出さないでください。
エイル:フェンリルさん、このサインの意味が、分かるクチですね?

フェンリル:は、はい。一応、一通りは……理解できます。

エイル:よかったあ~。(※安堵のため息と共に)この事は、内密にお願いします。
エイル:……フェンリルさん、あなたの力を貸して欲しいんです。


0:別室
0:ロキの研究室(※ロキはイライラしています)

ウルド:「マスター。もうここ三日ほど、M-フリッグ様のことで、睡眠をとられておりません。」
ウルド:「お身体の為にも、そろそろ休息が必要かと思われます。」

ロキ:うるっさいなぁ!!お前は俺の忠実なアンドロイドだろ!?少しは黙ってろ!!

ウルド:「大変失礼いたしました。」
ウルド:「しかしマスター…」

ロキ:なんだようるせぇなあ!!電源落とすぞ!!

ウルド:「ウルド3号機の開発という、ボスから任された重要な任務もございます。」
ウルド:「いつまでも、M-フリッグ様の意思に囚われてばかり、というのもマスターらしくありません。」

ロキ:あぁ……。そうだな。ウルド3号機か……。(※少し落ち着きを取り戻す)
ロキ:確かにそっちが優先。……最適解だ。流石だな、ウルド。

ウルド:「とんでもございません。わたくしは高性能アンドロイド、U-ウルド2号機。当たり前の仕事をこなしているまでです。」

ロキ:……ふふ、ははは!!はははは!!!なーんにも!!なーんにも信じられねえ!!誰のことも信じられねえ!!

0:ウルドを見やる

ロキ:……だけどお前はよ、俺の「絶対的な」味方で居てくれるよな?ウルド。


0:別日
0:ヘイムダル、出発の日

ヘイムダル:(舌打ち)……見送りなんて、いらねえって言わなかったっけか?(※うざったそうに)

フェンリル:ヘイムダル上官!
フェンリル:その……いろいろと、ありがとうございました。

ヘイムダル:おう。生きろよ、フェンリル。

フェンリル:ヘイムダル上官も!

ヘイムダル:(※遮って)ばーか!仮にもお前は、元・戦闘部隊だろうが!死にに行くんだよ、私はな!
ヘイムダル:……そんで、死ねなかったら、……みっともなく帰って来るさ。

エイル:その意気ですね。応援しています、ヘイムダル上官。

ヘイムダル:……へいへい。せいぜい高みの見物、決め込んどいてくださいよっと。

ウルド:「ヘイムダル様。マスターから、伝言とこちらの精神安定剤を預かっております。」

ヘイムダル:ありがとう。ウルド。
ヘイムダル:ふっ。……ロキ兄からの見送りは、相変わらずないんだな。

ウルド:「マスターからの伝言を再生します。」

ロキ:『また会おう』(※録音の再生)

ヘイムダル:…っっ。(※涙をこらえる)
ヘイムダル:じゃあ。私は行く。またな、お前ら。

0:少し歩いた場所
0:誰も居ない更地でぼろぼろと泣き出すヘイムダル(※以降セリフが終わるまでずっと泣き演技です)

ヘイムダル:……「また会おう」って、何処でだよ。冥府(めいふ)で再会でもしようぜ、って話なのか?
ヘイムダル:……っっ。こんなとき、こんなときさぁ。もしロキ兄が、私を追いかけて走ってきて、後ろから抱き締めてくれたり……なんて考えちゃうから、私はっ……私はっ……そんなはずないのにっ……
ヘイムダル:……っっ……そんなっっ……はず、ない、のに……

0:(※ヘイムダル、できればここで大きく泣き演技。)


エイル:(M)ヴァナヘイム。ヴァナヘイムは、皆が幸せになるお話なの。だから、私が絶対に、叶えてみせる。

フェンリル:(M)ここの人達は誰一人信じられない。……ねえシグルズ。私は本当に、これで良かったのかな?……生きてても、いいのかな?

ロキ:(M)他人(ひと)を信じたら負けなのは分かっている。でもね、僕にだって何かに縋(すが)りたいときがあるんですよ。M-フリッグ。

ヘイムダル:(M)私の価値。それは人を殺せること。殺戮兵器であること。
ヘイムダル:(M)……分かっていても、頭によぎるのは、ロキ兄の顔。
ヘイムダル:(M)それを振り払うかのように、私は今日も人をぶち殺す。

0:戦場

ヘイムダル:おらおらおらァ!!かかってこいよォ!!
ヘイムダル:……一人残らず、ぶっ殺してやる。

 
 
0:END

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