若きトランペット吹きの悩み【2:1:0】【学園もの/部活/ラブストーリー/バッドエンド】
『若きトランペット吹きの悩み』
作・monet
所要時間:約20分
●あらすじ●
吹奏楽部に所属する仁は、2ndトランぺッターを務めている。
※当作品は陰鬱な要素を含みます。苦手な方はご注意ください。
仁/♂/長谷川 仁(はせがわ じん)。中学生。内向的で繊細な性格。自己肯定感が低い。吹奏楽部にて2ndトランぺッターを務める。頭の中だけで話していることが多いため、必然的にモノローグ多め。(※女性が演じても良い)
芳紀/♂/今野 芳紀(こんの よしのり)。中学生。仁の先輩トランぺッターで1stパート、吹奏楽の花形、いわゆる「トップ」を務める。完璧主義で才能もあり努力家。自分に出来て人に出来ないことは理解できないタイプ。プライドが高い。
千秋/♀/山口 千秋(やまぐち ちあき)。中学生。吹奏楽部の副部長でアルトサクソフォン奏者。同級生には厳しく後輩にはめちゃくちゃ優しい。見た目はかわいらしく性格も明るいマドンナ的存在であるが、小悪魔な一面も持ち合わせる。
●ここから本編●
仁:(M)僕は、何もかもが劣っていて。努力することでしか補えない出来損ないだ。最初から何もかもを持っている人間が羨ましくて。そして憎くて。妬ましくて仕方がない。
芳紀:どうしてお前は出来ないんだ!!どうしてお前は音を外す!!どうしていつも同じミスを繰り返すんだ!!個人練しておけと言ったはずだ!!
仁:……すみません。芳紀(よしのり)先輩。
芳紀:謝って何になる!!俺は、「どうして出来ないのか」を聞いている!!個人練をサボっていたのか!?
仁:いえ、サボっていたわけでは……
芳紀:(被せて)言い訳をするなと前にも言ったはずだ!!個人練したかどうかなんて今の出来を見ればすぐ分かることだ!!
仁:でも……
芳紀:何時間練習した?何回、何十回、何百回繰り返した!?
仁:…………。
芳紀:お前が仮に、血のにじむような厳しい個人練をしていたとしてもだ!!……結果が出なければ意味がない。分かるか?結果が全てなんだ。
それに至るまでの過程なんて、結果が出なければ無かったことと同じなんだよ!!
●夕暮れの教室●
(個人練をしている仁)
(教室の扉が開く)
千秋:あれ?まだ残ってたんだ。お疲れ様。相変わらず熱心だねぇ仁くんは。
仁:……ははは、僕には、才能がありませんから。
仁:(M)千秋先輩。サクソフォンパートのパートリーダーで、アルトサックス奏者。かわいらしい見た目と明るい性格で、我が吹奏楽部のマドンナ的存在だ。
彼女は副部長も務めているので、教室の施錠(せじょう)をするついでに、いつも居残り練習をしている僕に話しかけてくれる。
千秋:泣いてるの?
仁:泣いてませんよ。
千秋:……目真っ赤にしてよく言うよ。また芳紀(よしのり)に酷いこと言われたの?ごめんね。コンクール前だからピリピリしているのかも。
仁:いえ、事実ですから。
千秋:仁くん。……おいで。
仁:え?
千秋:仁くんは頑張ってるよ。とっても。今だけ胸貸してあげるから、思いっきり泣いていいよ。
仁:(M)僕は千秋先輩の胸の中で泣いた。思いっきり泣いた。自分に才能がないこと。それは分かり切っている。上手くならなければ芳紀先輩に認めてもらえないことも、分かっている。
さまざまな感情がない交ぜになる中、千秋先輩のあたたかさといい匂いだけが、僕の頭の中に残っている。
●部室●
(合奏練習中)
仁:(M)……あ、ここのアルトサックスのソロ。好きな旋律だ。千秋先輩の演奏は、いつも美しくて可憐で、それでいて力強さも感じさせる。本当に素敵だ……
芳紀:……仁!おい、仁!聞いているのか!?合奏中だぞ!?何をぼーっとしている。今入りが少し遅れただろ。
仁:は、はい!すみません!芳紀先輩!
芳紀:ったく、しっかりしてくれよ。運良くセカンドパート掴めたってだけで、俺は別に他の奴に任せても問題ないんだからな!自覚を持て自覚を!
仁:(M)芳紀先輩はトランペットパートのパートリーダーで、ファーストパート。つまりは吹奏楽の花形。「トップ」と呼ばれる役割を受け持っている。
僕はそのすぐ横で、芳紀先輩を支えるセカンドパート担当だ。……あ、芳紀先輩のソロに入る……。
仁:…………!
仁:(M)寸分の狂いもない正確さは、まさに完璧と言っても過言ではない。だからといって決して音が弱くなったりすることもない。……勇ましく勢いのある演奏。
毎日どれだけ怒鳴られようと、暴言を吐かれようと、僕はこの人のことを……芳紀先輩のことを嫌いになれないと思う。
だって僕は何よりも、芳紀先輩の吹くトランペットが大好きなのだから。誰よりも、芳紀先輩の演奏に魅入られているのだから。
●夕暮れの教室●
(個人練が終わり、帰り支度をする仁)
仁:(M)今日は千秋先輩、施錠に来なかったな。代わりに先生が来たけれど……何か予定でもあったのだろうか。
……疲れた。芳紀先輩に言われた課題は、まだ出来そうにない。本当に僕にはトランペットの才能がない。何のために、僕はトランペットを吹いているのだろう。
明日も早朝から練習だ。何のために吹いているのかと、疲れたときは見失ってしまいがちだが、僕はきっと、芳紀先輩に認めてもらいたくて吹いている。
(物陰から男女の声がする)
千秋:あはは!芳紀ったらもう!
芳紀:……千秋は本当にアホだなぁ!
千秋:アホって言うなー!
仁:(M)まるで隠れるようにして話す、楽しそうな男女の声は、僕がよく知っている声……千秋先輩と芳紀先輩だった。その瞬間、千秋先輩の胸を借りて泣いたときの感覚が蘇る。なんだ?この気持ちは……。
二人は付き合っているのだろうか。心の内側がざわつきだす。……二人が付き合っていたからと言って、何になるのだ。僕には関係ない。帰ろう。
しかし、千秋先輩のあたたかさといい匂いの記憶は頭から離れなかった。これは、もしかして……恋、なのか?
●渡り廊下●
(トランペットの練習をする芳紀と仁)
芳紀:どうしてまだ出来ていないんだ!!明日までに完璧にしておけと言ったはずだぞ!!なぜ練習をしない!!
仁:すみません。練習はしているのですが……
芳紀:(被せて)出来るようになっていないのなら練習していないのと同じだ!!何度言ったら分かるんだお前は!!
仁:……っっ。すみませ、ん。
芳紀:ほらどうした!?泣いている暇があったらトランペットを構えろよ!!一回でも多く練習しろよ!!
仁:(M)……分からないんだ。才能のある人には。僕の気持ちは分からないんだ。できないんだよ。どうしても出来ないんだ。
僕だって、芳紀先輩みたいにトランペットが吹きたい。でも、駄目なんだ……。才能が、無いんだよ。
●夕暮れの教室●
千秋:お疲れ様ー!仁くん!今日も残って偉いね……って、ええっ!?そんなに泣いてどうしたの!?
仁:千秋先輩。僕はもう、駄目なんでしょうか。一生出来損ないのままなのでしょうか。このままトランペットを構え続けていても、意味はないのかな……
千秋:(被せて)そんなことはない!!
仁:…………!
仁:(M)千秋先輩は、僕を抱きしめた。
千秋:そんなことはないよ!仁くんは頑張ってる!すごくすごく頑張ってる!毎日残って練習してるの、私が一番よく知ってるもの!……だから、そんなこと言わないで。
……芳紀は結果が一番だって言うかもしれない。でも私はそんなことないって思う。だってこれだけ一生懸命努力していることが、何の評価もされないだなんて、そんなのはおかしい!
仁:いいんですか。千秋先輩。
千秋:え?
仁:芳紀先輩と、付き合ってるんじゃないんですか?
千秋:……あはは。どうしてそう思うの?
仁:見てしまったんです。……千秋先輩と芳紀先輩が二人きりで、楽しそうに話しているのを。
(千秋、少し迷ってから口を開く)
千秋:えっとね、課題曲で、アルトサックスとファーストトランペットの掛け合いの部分あるでしょう?あの部分をどうするか、二人で話していたの。ただそれだけよ。
仁:……そうですか。僕、あの旋律とても好きです。千秋先輩のサックスの音と、芳紀先輩のトランペットの音が、本当に綺麗に重なり合っていて。かっこよくて美しくて……それでいて切なくて。
千秋:ありがとう、仁くん。
仁:(M)そう言った千秋先輩の顔はとても寂しげで、いつもよりどこか儚く感じた。
●翌日●
(部活前の時間)
芳紀:……仁。話がある。少し時間いいか?
仁:?……はい!
●人の少ない階段●
芳紀:ここでならいいか。……よし、人もいねえし、座れよ。
仁:芳紀先輩、どうしたんですか?こんなところまで来て話って……練習は……
芳紀:お前は本当に、練習熱心だよな。
仁:え?
(芳紀、息をつく)
芳紀:父親が転勤することになってな。話し合いの結果、付いていくことになった。……お前には黙っていようかとも思ったんだがな。
仁:え?それって……
芳紀:ああ。俺は今年のコンクールが終わったら転校する。
仁:転校って……どこにですか!?
芳紀:……九州だ。
仁:東京から九州ってそんな!そんな遠いところ!
芳紀:そうだな。だが俺にはもうどうにもできねえよ。
仁:千秋先輩はどうするんですか!?
芳紀:ん?千秋が……どうした?
仁:付き合っているんでしょう!?千秋先輩と!!
(沈黙の後、芳紀が息をつく)
芳紀:……んだよ。何だよ気づいてたのか。隠していたつもりだったんだがな。……ははは。お前には何でもお見通しだな。
仁:え?
芳紀:いつも合奏中、隣で俺の体調を気遣っていただろう?調子がいい時も、悪い時も、お前は俺に恥をかかせないよう、なんとか合わせてくれていた。
ったく、俺はあれだけ酷いことを言ってきたというのに、お前が俺を見る目はいつも優しかったな。もっと嫌ってくれて構わないのによ……。
(仁、少し笑って)
仁:僕は、芳紀先輩の吹くトランペットが、大好きですから。
●コンクール三日前●
(ホールでの練習にて)
仁:(M)コンクールまであと三日。今日と明日は、部全体でホールを貸し切っての練習だ。顧問を含め、部内にはピリピリとした空気が張り詰め始める。
それはもちろん芳紀先輩も例外ではなく。だけれど今までと違ったのは、先日、芳紀先輩と二人で話が出来たからであろう。
僕の気持ちは……セカンドパートとして芳紀先輩を隣で支えたいという気持ちは、きちんと伝わっていた。こんなに嬉しいことが他にあるだろうか。
(少し間)
仁:(M)ホールを使っての全体合奏が終わり、自由時間になった。僕は個人練習をするべく、人の少ない場所へと移動する。
(泣きながら駆け寄ってくる千秋)
千秋:……ここにいると思った。君はいつも、人のいる場所を避けるから。頑張っているところをもっと人に見せたらいいのにって思うけれど、頑(かたく)なに見せたがらないよね。
仁くんの、そういうところ、好きだなぁ。
仁:……泣きながら言われても嬉しくありませんよ。
千秋:私、芳紀に振られちゃった。東京と九州じゃ、離れすぎているから付き合い続けられないって。私はそれでもいいって、思っていたのに……。
仁:芳紀先輩は、千秋先輩のことを思ってそう言ったんだと思いますよ。……優しい人なので。
千秋:……散々泣かされておいて、よく言うよ。芳紀のせいで、君が自殺しちゃわないか、いつも心配だったのに。
仁:心配してくれてたんですか。
千秋:当たり前だよ!
仁:じゃあ僕と付き合いますか?
千秋:……仁くんって、意外と意地悪ね。
仁:千秋先輩に言われたくありませんよ。
●コンクール後●
(部全体での打ち上げ中)
(一人部室で荷物をまとめる芳紀)
芳紀:……えっと?予備のマウスピースも入れたし、……あとはミュートと教本、そしてグリス……あとは、……おっ!?懐かしい楽譜!こんなんやったなあ。あの時の俺は先輩に泣かされまくってたな。……懐かしいぜ。
(扉を勢いよく開けて入ってくる仁)
仁:芳紀先輩!!本当にこれでいいんですか!!
芳紀:何がだ?……どうしてここにいる。コンクールの打ち上げはどうした。
仁:千秋先輩は、泣いていました。
芳紀:そうか。……でも仕方ないな。コンクールは終わったんだ。俺は東京を去る。
(少し間)
芳紀:……お前が千秋と二人で話していたことは、知っていた。
仁:えっ……いや、その、僕は……
芳紀:千秋がお前に寄せていた好意も、だ。
仁:え?
芳紀:もともと世話焼きな性格だからな、千秋は。……幼馴染で、昔からカーチャンみてぇで。
「仁くんをあまり怒鳴らないであげてー!」とか、「良かったところを褒めてあげないと後輩は伸びないんだよー!」とか、いっつも上から目線で。お前のことについて話してきていた。
千秋がお前に心を奪われていることに気づいたのは、そう最近でもなかったよ。
仁:芳紀先輩……。
芳紀:別に公(おおやけ)に付き合っていると言っていたわけじゃない。むしろ隠し通せと俺が千秋に言っていた。……ったく、我慢させてばかりだったな。千秋には。俺は何を気にしていたんだろうな。
無駄にプライドだけ高くても、大事にするべきものを間違えちゃ意味がない。
仁:芳紀先輩は、千秋先輩のこと、大事にしていたと思いますよ。
芳紀:当然だ、お前に言われなくても大事にしていたさ!だからこそコンクール前に振った。あの不安定な時期に別れを告げれば、まあまず間違いなく千秋はお前に縋(すが)りつくだろう。
仁:まさか……芳紀先輩……
芳紀:千秋のこと、幸せにしてやってくれ。
仁:……でも、芳紀先輩、それはできないんですよ……
(勢いよく扉が開く)
千秋:芳紀!!なんで何も言わないの!!
芳紀:千秋……どうして部室に?打ち上げはどうなった。
千秋:仁くんからメール貰って。それでここに来たの。
芳紀:仁、お前は何を考えているんだ。
仁:二人とも、このままじゃ駄目ですよ。ちゃんと思っていることを伝えて、本当の気持ちで話し合った上でお別れをしないと。このまま別れたら、絶対に二人とも後悔します。
千秋:仁くん……。
仁:最後の二人の時間を、楽しんでください。僕はこれで、失礼しますので。
(一人ふらふらと歩く仁)
仁:……二人とも、上手くいったかなあ。……芳紀先輩、僕はホール練習のあの日、千秋先輩に振られているんですよ。
千秋:(声だけ)『……ごめんね、仁くん。私やっぱり、芳紀のことが好き。仁くんのこといいなって思ったときもあったけれど、やっぱり一番は芳紀なの。だから気持ちは嬉しいけれど、ごめんね……』
仁:とんだ悪い女に、引っかかってしまいました、芳紀先輩。
芳紀:(声だけ)『……お前には期待している。俺の隣でセカンドパートを吹いていいのはお前だけだ。そして俺が転校したあとは、きっといいファーストパートが吹けるトップになる。頑張れよ、仁』
仁:好きになった人にはこっぴどく振られ、目標にしていた先輩はいなくなってしまう。僕はこれからどうすればいいんだ。どんな顔をして、トップの席に座ればいいんだ。どんな顔をして、千秋先輩と旋律を奏でればいいんだ。もう分からない。分からない。
(少し間)
千秋:(声だけ)『……君が自殺しちゃわないか、いつも心配だったのに……』
仁:自殺……自殺か。自殺しようかな。僕がトランペットを吹く理由は、もう無い……。
●終演●
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