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委員長と天才少女【1:1:0】【学園もの/バッドエンド】

『委員長と天才少女』
作・monet

所要時間:約20分

●あらすじ●

――君の音を聴いて、絵を描いてみたの。

※当作品は陰鬱な要素を多く含みます。ご注意ください。

芳紀/♂/今野 芳紀(こんの よしのり)。高校生。芸術特進クラス・C組の委員長。音楽専攻でトランペットをやっている。しっかり者だが神経質で繊細な部分もあるまさに音楽家。感情が昂ると粗暴な言動をする。

要芽/♀/久利須 要芽(くりす かなめ)。高校生。芸術特進クラス・C組の問題児で保健室登校。美術専攻で絵画をやっている。言動は年齢より少し幼めで、ふわふわとした喋り方をする。一人称は「ウチ」。

〇ここから本編〇


0:保健室

要芽:君の音を聴いて、絵を描いてみたの。

0:(間)

芳紀:……は?

要芽:すごく綺麗な音。繊細で、心地良くて。……だけどどこか、苦しそう。

芳紀:苦しそう……?

要芽:苦しそうだよ。だけどウチは、それさえも美しいと思った。だから絵を描いてみたの。受け取ってくれる?……委員長。

0:少し時を遡って
0:放課後

0:生徒がほとんど下校した学校で、一人愚痴を呟きながら歩いている芳紀

芳紀:ったくよお!!内申点上がると思って委員長引き受けたはいいものの、保健室登校の奴の面倒見るなんて一言も聞いてねえし!!……こっちは早く練習行きてえってんのに。

芳紀:(M)俺が委員長を担当しているクラスは、二年C組。芸術特進クラス。芸術を志す生徒たちの中でも、特に優秀な生徒が集まるクラスだ。言ってしまえば、奇人変人、頭のおかしい奴らの集まりである。
芳紀:(M)……だが彼らの実力は、世界に通用する。そんな天才ばかりのクラスだ。

0:芳紀、保健室のドアを開ける

芳紀:……失礼します。

要芽:……あ、委員長だ!

芳紀:(M)そしてそれは、この保健室登校の困った女、『久利須 要芽(くりす・かなめ)』も例外ではなく。
芳紀:(M)彼女はこの九州のド田舎から、世界を股にかけて活躍する、国宝級の天才画家少女である。

0:(間)

芳紀:今日の授業のプリント、持ってきたから。……ここに置いてくぞ。

要芽:ありがとう。委員長。いつも大変でしょ~?ごめんね。

芳紀:……あのさ、久利須。

要芽:ん?どうしたの?

芳紀:教室復帰、しないのか?

要芽:しないよ?(※笑顔)

芳紀:一年のときに何があったのかは知らんが、今のうちのクラスには、お前を馬鹿にする奴なんていないと思うぞ?それに……担任も心配して――

要芽:面倒くさいよね。

芳紀:は?

要芽:面倒くさいんでしょ。ウチのこと。担任だってきっとそう思ってる。……今野くんだって可哀想だよ。たかだかクラスの委員長ってだけでさ、こんなに面倒くさい保健室登校の生徒の面倒見させられて。

芳紀:……俺の名前、憶えてくれてたんだな……。

要芽:え?なんで?

芳紀:いや、いつも委員長委員長って呼ぶからさ。俺の名前、憶えてないのかと思ってた。

要芽:そりゃあ覚えますわよ~。『天才高校生トランぺッター、今野 芳紀(こんの・よしのり)』くん!

芳紀:……馬鹿にすんのも大概にしろよ。『天才画家少女・久利須 要芽』さん!(※嫌味っぽく)

要芽:いやあ~。照れますなあ。

芳紀:少しは謙遜というものを覚えろよ、お前は……。

要芽:うへへへへ~~。

0:芳紀は保健室のベッド横に置いてあるキャンバスに気が付く

芳紀:……あ。また、描いてたのか?体調は大丈夫なのか?

要芽:……体調はあんまりよくないけど、大丈夫だよ。描いてないとウチは死んじゃうから。

芳紀:……まさに芸術家っぽい台詞だな。

要芽:ええ?委員長もそうでしょ~?違うの?

芳紀:……そう言われると、確かに俺もそうだな。吹いてないと、駄目かもな。トランペット。

要芽:でしょ?……はい。これは完成。

芳紀:おっ!また名作が生まれましたか久利須先生!

0:(間)

要芽:君の音を聴いて、絵を描いてみたの。

0:(間)

芳紀:……は?

要芽:すごく綺麗な音。繊細で、心地良くて。……だけどどこか、苦しそう。

芳紀:苦しそう……?

要芽:苦しそうだよ。だけどウチは、それさえも美しいと思った。だから絵を描いてみたの。受け取ってくれる?……委員長。

0:(間)

芳紀:……いや、俺は、受け取れない。

0:(間)

要芽:そっか。ごめんね。

0:芳紀、去る

要芽:受け取って、もらえなかったな……。

0:(間)

要芽:(M)ある日、聞こえてきた音。耳をつんざき、そのまま突き抜けるような音。すごく綺麗で素敵なはずなのに、どこか苦しい。
要芽:(M)気づくとウチは、夢中になって筆を走らせていた。

0:(間)

要芽:(M)死にたいから表現するの。絵を描かないとウチは死んでしまう。他のことなんてどうだっていい。
要芽:(M)先生とか偉い人とかは、ウチのことを凄いって褒めてくれるけど、それも別にどうでも良くて。
要芽:(M)ウチはただ絵が描ければいい。……絵を描くこと以外は、したくない。

0:後日、保健室にて

芳紀:これ。今日の分の授業のプリントな。あと提出必須の学生アンケート。

要芽:……ありがとう。大変だね。委員長ってだけでこんなことさせられて。

芳紀:…………。……お前の絵画の才能は素晴らしいよ。だから、その……
芳紀:こんなところに居るのは勿体ないっていうかさ!

0:(間)

要芽:委員長はさ、「死にたい」って思ったことある?

0:(間)

芳紀:…………。

要芽:いつも放課後ね、ここで絵を描いてると、委員長の音が聞こえるの。トランペットの、パーンっていう綺麗な音が。

芳紀:……俺は――

要芽:でもね、委員長の音は、綺麗なのにどこか苦しそう。……だから、死にたいのかなって。

芳紀:……芸術やってるやつなら、誰だって死にたいって思うだろ。

要芽:……そっか。よかった――

芳紀:(※被せ気味で)でもお前とは違うからな!お前と一緒にするな!!死にたい死にたいってピーピー喚いて、手首切るような馬鹿なマネは俺は絶対にしない!!

要芽:……あはは。知ったような口利いて、ごめんなさい。

芳紀:じゃあ俺はこれで。練習があるんで。

要芽:うん。またね、委員長。あ、この絵(あげるよ)

芳紀:(※被せて)いらない。

0:一人、トランペットのレッスンへ向かう芳紀

芳紀:(M)……駄目なんだ。吹けないんだよ。思った通りに演奏ができないんだ。
芳紀:(M)俺は音楽大学へ進学して、プロのトランぺッターになりたい。それがコイツ、このトランペットと出逢ったときからの夢だった。
芳紀:(M)――高校二年生、冬。もうオーディションだって始まってる。ほんの少しの遅れも許されない状況だ。
芳紀:(M)……だけど、俺は、どうしても思い通りに吹けない。
芳紀:(M)だから、久利須に「俺の音を聴いて絵を描いた」と言われたとき、侮辱(ぶじょく)されているような気がして、少し頭にきてしまった。

0:(間)

芳紀:くそッ!!……やっぱり駄目だ。こんなんじゃ、俺は……

0:(間)

芳紀:(M)それこそトランペットを始めた中学時代なんかは、もっと自由に楽しく、余計なことを考えずに吹けていたはずなのに。
芳紀:(M)……俺は、もう駄目なのか。……俺のトランぺッターとしての人生は、ここまでなのか。

0:(間)

芳紀:くそ……。
芳紀:俺も久利須と何ら変わりねえじゃねえか!……トランペットが吹けなくなるくらいなら、死にたい……。

0:後日・放課後の教室

要芽:……委員長。

芳紀:おう。……って、ええ!?久利須、お前……大丈夫なのか?その、教室まで来て。

要芽:放課後だったら、人いないし大丈夫。さすがに、皆が居るときは無理だけど。……委員長だけなら、大丈夫。

芳紀:……それはけっこうなこった。その、なんだ、やればできるじゃねーか。

要芽:前に、委員長に言われちゃったからさ。……ウチも、変わらなきゃなって思って。今日の授業の分のプリント、ある?

芳紀:おう。……こっちにまとめてあるぞ。

要芽:ありがとう。

芳紀:(M)……変わらなきゃ、か。

要芽:……委員長。これで全部?

芳紀:ん?ああ、おう。それで全部だ。

要芽:ありがとう。じゃあね、委員長。

芳紀:(※被せて)あのさ久利須!!

要芽:……びっくりした。……何?

芳紀:俺の音って、どう聞こえる?

要芽:ウチ、音楽のことは詳しくないよ……?

芳紀:いや、それでいい。それでいいんだ。ほら、俺の音を聴いて絵を描いたってお前、言ってただろ?前に。お前から聞いて、俺の音はどう感じた?
……率直に答えてほしい。

要芽:えっと……感じてるのは……芸術、かな。君の音は芸術だよ、委員長。強さ、儚さ、繊細さ、全て兼ね備えてる。そして、毎日音色が変わっていく。

芳紀:……(ため息)やっぱり、感情が音に乗っちまってるってことなのか。

要芽:でも、それさえも美しいんだよ。毎日微細(びさい)に変わっていく音色。ウチはそれさえも、美しいと思う。だから絵を描く。毎日描く。……毎回違う絵が完成する。

芳紀:でも、それじゃ駄目なんだよ……。それじゃあ、今の音楽業界には通用しない。

要芽:君の苦しさは、そこから来るんだね。

芳紀:……ああ。久利須の言う通り、とても苦しいよ。

要芽:拒絶しようとするから、苦しいんじゃないかな。

芳紀:!!

要芽:自分の感情。それこそ焦りなんかも全て含めて、どれだけ苦しくても表現にする。死ぬほどつらくても、死にたくても、それ自体を表現に落とし込む。……それが、芸術を志したウチらの使命だと、ウチは思うよ。

芳紀:そんなの……何もかも搾取(さくしゅ)されて、奴隷と同じじゃないか。

要芽:あれ?委員長は違うの?

芳紀:…………。

芳紀:とにかく。今日も絵はいらないから。俺は練習に行く。
芳紀:あ、また教室、来れたら来いよ。(去る)

要芽:……あ、委員長……。

0:後日・保健室に入ろうとする芳紀

芳紀:……失礼します。おい久利須、今日の分のプリント――

要芽:あ、委員長!

0:保健室には久利須以外にも誰かいる

芳紀:……って、お前……鴫沢(しぎさわ)?……仲良かったんだな、お前ら。

芳紀:(M)その日、久利須の傍らには、F組の委員長・鴫沢 玲奈(しぎさわ れな)が座っていて。二人はとても仲が良さそうに話をしていた。

0:(間)

芳紀:と、とりあえず、ここに置いてくからな!プリント!
芳紀:……じゃあ、また明日な。鴫沢も、次の委員長会議で。

要芽:……委員長。ありがとう。

芳紀:(M)俺は二人の、何とも形容しがたい雰囲気に圧倒され、そそくさとその場をあとにしてしまった。
芳紀:(M)……あの場には、男である俺は長居をしちゃいけなかったような気がする。

0:(間)

芳紀:(M)次の日も、また次の日も、久利須と鴫沢は保健室で楽しそうに話をしていた。
芳紀:(M)俺は段々と「久利須に会うこと」から足を遠ざけていった。

0:(間)

芳紀:……友達ができたなら、何よりじゃねえか。

0:(間)

芳紀:(M)だがその時の俺の判断は、間違いだったのだと、すぐ気づかされることとなる。

0:後日・校内、会議室
0:教師たちから告げられた言葉に、ひどく動揺している芳紀

芳紀:……おい……オイオイ待てよ!!待ってくれよ先生!!馬鹿言うんじゃねえよ!!
芳紀:俺は昨日の昼休みにも、久利須と鴫沢が二人で保健室にいるところを見たんだ!!
芳紀:二人が自殺?!心中なんてありえねえよ!!縁起でもねえこと言うんじゃねえ!!

芳紀:(M)周囲からの俺への目線。やっぱりこいつは芸術に傾倒するような異常者なのだと、皆が目で語っている。
芳紀:(M)でも俺は信じたくなかった。……二人が昨日の昼過ぎ、学校裏のダムへ飛び込んで自殺しただなんて。

0:少し時を遡り、保健室で絵を描いている要芽

要芽:……うん。今日はこんな感じかな。つらいんだね。今野くん。……ウチも、つらいよ……。

0:要芽、徐々に泣きながら

要芽:ウチも、描けないの。……全然、描けない。絵を描くのがつらいの。筆をとるのが苦しいの。
要芽:……「どれだけ苦しくても表現にする」なんて、偉そうなこと言っちゃって。……今のウチ、それが全然できてないのに。
要芽:……せめて今野くんがこの絵を受け取ってくれれば、ウチは救われるのかな。でもそれじゃあ、今野くんは救われないよね。
要芽:……つらいなぁ。こんなことなら、絵なんか描き始めるんじゃなかった。

0:保健室のドアが開く

要芽:あ、玲奈(れな)ちゃん。また来てくれたんだね。
要芽:……え?泣いてなんか、ないよぉ。

0:(間)

要芽:(M)二年生になって、今野くんと出逢ってから、ウチは毎日今野くんの音を描(えが)いてきた。それ以外の絵は、描(か)けなかったから。
要芽:(M)音楽のことは全然分からなかったけど、彼のトランペットの演奏が、素晴らしい芸術であることだけは分かった。

芳紀:(M)最初は正直、保健室登校の生徒の世話なんて面倒だと思った。
だけどそれと同時に「天才に近づける」という優越感もあった。
芳紀:(M)久利須が「俺の音を聴いて絵を描いた」と言ったとき、侮辱されているように感じて頭にきたけれど、それと同じくらい、本当は嬉しかったんだ。
芳紀:(M)音楽しかやってこなかった俺でも分かるくらい、素晴らしい絵画だった。……だからこそ、受け取れなかった。
芳紀:(M)俺のトランペットの演奏は、こんなに素晴らしいものでは無い……。

0:(間)

要芽:(M)絵を描くのが楽しかったあの頃に戻りたい。

芳紀:(M)トランペットを吹くのが楽しかったあの頃に戻りたい。

要芽:(M)でも、きっともう戻れないから、ウチは死を選ぶ。

芳紀:(M)どうして戻れないんだよ!?まだ戻れるはずだろ!?

要芽:(M)大好きな人と一緒に死ねたら、ウチはそれでいい。

芳紀:(M)俺は諦めないぞ!絶対に諦めたくない。

要芽:(M)最後に描けた絵が、今野くんの音で良かったよ。

芳紀:(M)……俺は、まだやれる。まだトランペットを吹ける。

0:(間)

要芽:(M)始業式のあの日から、毎日音を聴いて描き続けた絵。

芳紀:(M)彼女の作品は151枚にも及ぶ大作になった。

要芽:(M)ウチが最期に遺した作品。その題名は――

0:(間)

芳紀:『若きトランペット吹きの悩み』


0:END

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