coeur-tranquille(コールトランキル)【1:1:0】【ラブストーリー/狂気】
coeur-tranquille(コールトランキル)
作・monet
所要時間:約15分
0:登場人物
エリー:エリー・ペッシュ。シャン家に仕えるメイドで、メイド長。基本しっかりした性格。アンドレが幼い頃から共に育ってきた。出自は貧しい農村。身分が低い。
アンドレ:アンドレ・シャン。高貴なシャン家の嫡男で次期当主。親戚一同から期待されている。エリーとは同い歳だが少し子供っぽい。妹のクーレは船旅に出ている。
0:ここから本編スタートです。
0:◆
エリー:(M)そう。これはいけないこと。それくらい分かっていたわ。それでも私は、アンドレ様を愛してしまった。この想いは、誰にも止められない。
エリー:(M)せめて拒絶してくだされば良かったのに。どうしてアンドレ様は私を受け入れたの?
エリー:(M)思い上がってはいけないと頭では分かっていても、心では期待してしまう。身分の低い、ただのメイドの私が、シャン家の次期当主様と恋愛など――。
0:場面転換。
0:屋敷内。エリーを探しているアンドレ。
アンドレ:エリー!! エリーは居るかい!?
エリー:アンドレ様……! ええ、こちらに。
アンドレ:ああ、居た居た。エリー。少し仕事の事で相談があってね。
エリー:……私に、ですか?アンドレ様でしたらお一人で解決出来てしまうでしょうに。
アンドレ:ふふ。そりゃあそうさ。(※耳元で)だから、エリーを呼んだのさ。
エリー:(※逢引だと察する)っ……もう。アンドレ様ったら。仕方のないお人。
アンドレ:はっはっは。君も君だろう?
エリー:……。否定はしませんけれど、後ろめたい気持ちはございますわ。
アンドレ:後ろめたい気持ちもまた、いい「興奮材料」になるのでは無いのかな?
エリー:アンドレ様ったら――!
アンドレ:しっ。あまり騒いじゃ駄目だよ。おいで。
エリー:……もう。
0:別室
0:エリーとアンドレ以外誰も居ない書庫
エリー:や、お待ちになってくださ……
アンドレ:静かに。
0:エリーとアンドレは濃厚なキスを交わす
エリー:っ……、駄目、です。アンドレ様。
アンドレ:どうしたんだい?エリー。今日は随分と「控えめ」じゃないか。
エリー:(※恥ずかしい)やめてっ、くださいっ……。
アンドレ:僕の事が嫌いになったかな?
エリー:…………その質問は、ズルい、ですわ。
アンドレ:今のその顔、堪らなく可愛いよ。エリー。今すぐ滅茶苦茶にしたいくらいだ。
エリー:……もう、(※「辞めましょう」に続く)
アンドレ:ん?
エリー:もう辞めましょう。このようなことは。……せっかく縁談だってお決まりになったのですから。
アンドレ:……まだ結婚すると決まったわけではないさ。
エリー:ですが!それはもう殆ど決まっているようなもので――
アンドレ:なあ。……それは、エリーの本心かい?
エリー:っっ…!!
アンドレ:違う、だろう?エリーは昔からずっと僕の事が好きだった。そしてそれは今も変わらない。
エリー:……ですが、いけませんわ。このようなことを続けていては、いずれ不貞行為となってしまいます。
アンドレ:本当は辞めたくないのに?
エリー:……ずるいですわ。……だって。だってアンドレ様は、一度も私の事を「好き」と仰ってくださらないではありませんか。
アンドレ:それじゃあエリーは、僕の事を嫌いになる?
エリー:(※言葉を返したい気持ちをぐっと抑える)……仕事がまだ残っておりますので。失礼いたしますわ。(去る)
0:一人残されるアンドレ
アンドレ:エリー……。
0:数日後。
エリー:アンドレ様……! クーレ様からのお手紙ですわよ。……ふふっ。もう三か月ぶりになりますのね。
アンドレ:(※不機嫌そうに)ああ。クーレからか。そんな手紙いらないよ。破ってから捨てておいてくれ。
エリー:アンドレ様……。そこまで邪険にされる必要がおありですか?アンドレ様とクーレ様は血の繋がった唯一の兄妹(きょうだい)。いくらなんでも、クーレ様がお可哀想です。
0:アンドレ、急に声を荒げる。(※「肩で息をする」まで大きな声で)
アンドレ:お前はクーレの味方をするというのか!?エリー!!
エリー:(※びっくりして声が出ない)
アンドレ:血の繋がった兄妹だあ?!シャン家を捨て、全てを僕に押し付け、よく分からない成金男の為に出て行ったような阿婆擦れ(あばずれ)女だぞ!!
アンドレ:……僕はアイツを妹などとは、シャン家の人間などとは認めない!!絶対にな!!
エリー:アンドレ様……。ですが、
アンドレ:僕に掛けられた期待の重圧が分かるか!?分からないだろうなあ!!ああ、誰にも分からないさ!!勝手な真似をしたクーレは勿論、ただのメイドであるエリーにもな!!
エリー:(※「ただのメイド」と言われて)っ……。
0:アンドレ、肩で息をする。
エリー:……それでも。
アンドレ:なんだ?
エリー:それでも、お傍に居ては駄目ですか?アンドレ様。確かにアンドレ様が仰る通り、私にはアンドレ様に掛けられた期待の重圧は分かりかねます。
エリー:ですが、寄り添うことは出来ます。あなた様の隣で、痛みを分かち合うことはできます。……それでは駄目でしょうか?
アンドレ:……。
エリー:駄目でしょうか?
アンドレ:……それが駄目とは、僕は一言も言っていない。
エリー:ありがとうございます。
アンドレ:だけど、見合いは受けないぞ。
エリー:何故です?「ケルクチュール家のご令嬢との縁談」。こんなにいいお話、他にありませんのに。
アンドレ:……エリー。君はこの間、僕が君の事を一度も「好き」と言ったことが無いと言ったね?
エリー:え、ええ。言いましたわ……。
エリー:その節は、取り乱してしまい、その――
アンドレ:僕も好きなんだ。
エリー:(※何が起こったか分からず、少し呆ける)……えええ!?
アンドレ:静かに。(※エリーを黙らせるキス)
エリー:んんっ!
アンドレ:遊びだと思っていたんだろう?……無理もない。雇い主と使用人の関係だ。ま、雇い主は父だがね。それでも僕は、エリーのことが好きなんだ。愛してしまっている。
エリー:……でも、そんなの、いけ、ま、せん……(※「いけません」が上手く言えない)
アンドレ:とにかく、「ケルクチュール家のご令嬢との縁談」は断るよ。それくらいはどうにかなる。
エリー:ですがアンドレ様は、その後、私を恋人にするなど、出来ないではありませんか……。
アンドレ:ああ、そうなるね。
エリー:だったらそんなの――!
アンドレ:駄目かい?僕はずっと、エリー。君と愛し合って居たい。
エリー:っっ…。酷いわ!アンドレ様ったら、私の気も知らずにっ……!!
0:エリー、涙をこぼしながら走ってその場から退場。
アンドレ:(※頭を抱えるアンドレ)僕にもどうしたらいいか分からないんだよ。ごめん、エリー。君を傷つけてばかりだ。最低な男だな。僕は。
エリー:(M)アンドレ様は私の事を「愛している」と言ってくれた。嘘偽りのない、本当の言葉で。だけど私達は身分の差のせいで、結ばれることはできない。
エリー:(M)私がもし、伯爵家の娘だったら?貧しい農村の生まれなどではなく、もっと高貴な生まれだったなら?私はアンドレ様と、一緒になることができていたのかしら……。
エリー:(M)ああ、でも。そんなこと。考えるだけ無駄だわ。幾ら切望したとて叶わない絵空事。……期待してしまっては駄目よ、エリー。
エリー:(M)――今日もシャン家のメイドとして、メイド長として、仕事をこなさなければ。
0:仕事中のエリー。
0:新人メイドに指導をしている。
エリー:ああ。ブロンシュ(※人名)?掃き掃除は上の方からやりなさいとこの間も言ったでしょう?
エリー:あなたもシャン家のメイドとして働くなら、これくらい覚えなくては駄目。
エリー:……大丈夫。ブロンシュにはセンスがあるわ。きっといいメイドになれる。自信を持ってね。
0:(間)
0:雇い主(シャン家当主)の部屋に入るエリー。
0:ノック。
エリー:失礼いたします。……旦那様。珈琲をお淹れいたしました。お仕事の調子はいかがですか?何か必要な物があれば、仰ってくださいね。
エリー:……それでは私はこれで。(※何も用が無いことを察すると、部屋から出ていく)
0:(間)
0:面接に来たメイド希望の者を応接間に通して対応をしている。
エリー:あら、初めまして。お待たせしてしまってすみません。どうぞ、そちらのソファにお掛けになって?
エリー:私がメイド長をしております。エリー・ペッシュと申します。旦那様と面談なさる前に、まずは私から、何点か質問をさせて頂くわね?
0:(間)
0:他のメイド達と食事を用意しているエリー。
0:どうやらトラブルが起こっている模様。
エリー:……ええっと。……どうしてこうなってしまったのかしら?と、問いたい気持ちはあるのだけれど……。
エリー:……そうよね。こうなってしまった……のだものね。仕方がないわよね!
0:下っ端メイドに謝られる。
エリー:ああ、いいのよ謝らなくて!誰にだって失敗はあるわ。ただ……そうね。今日の献立は、変えなくてはいけなくなってしまったわね。
エリー:……大丈夫よ。私から旦那様に説明しておくわ。きっとお許しくださるはずよ。
エリー:フリュー(※人名)……。泣かなくてもいいのよ。きちんと今日の事を反省して、教訓にするの。いい?分かったわね?
エリー:(M)働く。働く。働く。……ただひたすら、何も考えなくて良いように。……そう。忙しくしてさえいれば、悩む暇なんて私にはない。だけど――
0:廊下ですれ違うエリーとアンドレ。
アンドレ:ああ、エリー。今日は顔を見なかったから元気かどうか心配したよ。
エリー:(※淡々と)……少々忙しくしておりましたもので。何か、御用でしょうか?
アンドレ:はは…。こないだのこと、まだ怒ってる?
エリー:……私からは何も。
アンドレ:分かった。……それじゃあ後で僕の部屋に、紅茶を持ってきてくれないかな。
エリー:いつものダージリンで宜しいですか?
アンドレ:ああ。よろしく頼むよ。
0:一人で紅茶を準備するエリー。
エリー:(M)「毒でも盛ってやろうかしら」なんて考えてしまった自分を酷く恥じた。もしアンドレ様が、私の盛った毒で死んだとしても、私のものにはならないのに。
エリー:(M)……「私のものにはならない」?本当にそうかしら?快楽殺人鬼は愛の為に人を殺すと聞いたことがあるわ。それは、そう――「愛する人とずっと一緒に居る為」。
エリー:(M)……ああ、でも駄目よ。そんなの駄目。アンドレ様を殺すだなんて。だけどこのままでは私とアンドレ様は幸せにはなれない。
エリー:(M)ケルクチュール家との縁談は断ると言っていたけれど、きっと最終的には他の家のご令嬢が我がシャン家に嫁いで、そして私はただの愛人となるのだわ。そんなの……そんなのッ!
0:アンドレの部屋に入るエリー。
0:ノック。
エリー:失礼いたします。
アンドレ:……ああ。エリー。遅かったじゃないか。待ちくたびれたよ。早く君の淹れた紅茶が飲みたくてね。
エリー:ありがとうございます。遅れてしまい、申し訳ありません。……実は、先日仕入れたばかりの新しいダージリンがございまして。
アンドレ:へえ。新しいダージリン?
エリー:何でも海外の、高級品だそうですわ。滅多に手に入らないとか。……ですが、アンドレ様は「いつもの」ダージリンがいいと仰ってましたので、迷ってしまいましたの。
アンドレ:そうかそうか。それで遅かったんだね。ありがとう、エリー。僕の為に悩んでくれて。せっかくだから、その新しいダージリンを頂くよ。
エリー:……はい。
0:ティーカップを口に運ぶアンドレ
アンドレ:海外の、というのは本当みたいだね。嗅いだことのない不思議な香りがするよ。
エリー:そうでしょう?……特別なんですのよ。
0:(間)
0:アンドレが紅茶を飲んでいる間。
エリー:いかがです?アンドレ様。もし気に入って頂けたようでしたら、今度からのダージリンはこちらにいたしましょうか?
アンドレ:……いや。ごめん、エリー。せっかく淹れてくれたところ悪いんだけど、僕はいつもの方が好きみたいだ。
エリー:……そうでしたか。それは大変失礼いたしました。
アンドレ:(※だんだんと苦しそうに)それに、なんだか、この紅茶……僕の身体には、合わないみたいで、少し……苦しいような……
エリー:あら、それは大変。
アンドレ:あ…あれ…おか、しいな。手足が……痺れて……
アンドレ:(※椅子から転げ落ちる)がッッッ!!!ぐっ、、カッ、身体が!身体が動かないんだッッ!!!エリー……医者を!!医者を……!!呼んで、くれ……ッッ!!
エリー:……医者、を。
アンドレ:……?え。エリー……?!医者を、ヒューッ、ほら、呼んで!ゴホッ!!くれ、呼んで、くれないか……がハッ!!!
0:地面に伏せり、苦しそうにのたうち回るアンドレを呆然と見つめるエリー。
エリー:…………呼びませんよ。医者なんて。
アンドレ:(※もうだいぶ呼吸が浅い)ヒューッ、な、なんで
エリー:あなたは今から、死ぬのですから。
アンドレ:……は。
エリー:紅茶、飲みましたでしょう?ダージリン。海外の高級品だなんて真っ赤な嘘です。私が毒を入れました。
アンドレ:……どう、して、
エリー:殺す為です。私がアンドレ様を殺せば、私とアンドレ様はずっと一緒。
アンドレ:……おか、し、い、よ
エリー:何がおかしいのです?
エリー:――「僕はずっと、エリー。君と愛し合って居たい。」
エリー:そう言ってくださったではありませんか。
アンドレ:(※もう息は無い)
0:アンドレに口づけをするエリー。
エリー:さあ。アンドレ様。愛し合いましょう?
エリー:――私とずっと一緒に。
0:END
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