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委員長と水芭蕉【1:1:0】【学園もの/いじめ/トランスジェンダー】

『委員長と水芭蕉』
作・monet

所要時間:約20分

●あらすじ●

――頑張りたいって思ってるの。委員長の仕事。

※当作品には陰鬱な要素が多く含まれます。ご注意ください。
※あくまで空想上の作り話ですが、LGBT、ジェンダーについて取り扱った作品になります。

※陽翔の演じ方についてですが、特に作者からの指定はございません。

玲奈/♀/鴫沢 玲奈(しぎさわ れな)。高校生。理系特進クラス・F組の委員長。数学は得意。レズビアン。同じ学校の生徒、特に男子からはとても嫌われていて、いつも一人で居る。

陽翔/♂(心の性別は♀)/佐伯 陽翔(さいき はると)。高校生。理系特進クラス・F組のわりと落ちこぼれ。性同一性障害を患っていて、身体は男性だが心は女性。普段は男子生徒として、本当の自分を隠しながら生活している。その為、いつも一人。

●ここから本編●

 ●ホームルーム●

 (一人でクラスメイト達の前に立つ玲奈)

玲奈:この度、二年F組の委員長になりました。
鴫沢 玲奈(しぎさわ れな)です。
一年生のとき同じクラスで、知っている人もいるかと思いますが、改めてよろしくお願いします。

陽翔:(M)まばらな拍手だった。特にこれといって関心を見せないクラスメイト。――鴫沢、玲奈(しぎさわ れな)。
うちの学校の生徒は彼女のことをこう呼ぶ。
「数学好きの変態クソビッチ」。

 ●放課後の教室●

 (一人残って勉強をしている陽翔)

陽翔:(ため息)。やっぱり理系特進クラスなんて、無理し過ぎたかなあ。
昔から理系科目は得意なつもりだったんだけど、まったくついていけないよ……。……明日の再試、受かる気がしないなあ。

 (教室に入ってくる玲奈)

玲奈:あら?まだ鍵開いてると思ったら、佐伯(さいき)くん。残ってたのね。

陽翔:……ああ、うん。委員長。明日再試だし……ちょっと詰めないとだから。

玲奈:大丈夫なの?一学期の中間テストから再試だなんて。

陽翔:あんまり大丈夫じゃ……無いかも。
ホント、入るクラス間違えたよ。
自分には、特進クラスなんて、お門違いだったなあ……

玲奈:(※遮って)貸して。

陽翔:え。

玲奈:苦手なのは、数学?

陽翔:……は、恥ずかしながら。

玲奈:教えてあげようか?

陽翔:そ、そんなの……いいの……?

玲奈:数学は得意だし、人に教えたりも、してみたかったのよ、私。

陽翔:(M)結局その日は鴫沢さん……いや委員長に数学を教えてもらった。

 ●翌日・放課後●

玲奈:佐伯くんっ。

陽翔:うわっ!

玲奈:……何その驚き方。傷つくんだけど。

陽翔:ご、ごめん……。

玲奈:再試、どうだったの?手ごたえはあった?

陽翔:……お陰様で、合格できそうです。

玲奈:良かったあ!
クラスメイトの悩みを解決してあげるのも、委員長の仕事だからねえ。

陽翔:……委員長の、仕事。

玲奈:そ。A組の綾間(あやま)さんとかまでのレベルはちょっと無理だけど、私もできる限りで、クラスの皆の役に立ちたい。
ほら、相談とか悩み聞いてあげたりさ?委員長って感じするじゃん。

陽翔:確かにそうだけど……(言い淀む)

玲奈:あー。まあ、佐伯くんが言いたいことは分かるよ。
私皆に嫌われてるもん。……「数学好きの変態クソビッチ」。

陽翔:!!

玲奈:誰が付けたあだ名かも知らないけどさ、さすがに酷いよねえ。
ま、数学好きなのは合ってるんだけど。

陽翔:……。

玲奈:私、自分に関する噂なら大抵知ってる。

陽翔:……真実じゃ、ないの?

玲奈:うん。違うよお。って言っても、信じてもらえるかどうか分かんないんだけど。

 (間)

玲奈:私、男の人駄目なんだあ……。

 (間)

陽翔:……そう、なの?

玲奈:うん。だからクソビッチじゃないし、そもそも処女だし。

陽翔:え、じゃあなんでそんな噂が流れてるの!?ちょっと酷すぎない!?

玲奈:あはは。ありがと。
ん~~。たぶんあれね、私、一年生のときはけっこう同級生とか先輩の男子に告白されてて、全部断ってたから、恨みを買っちゃったのかなあ。

陽翔:いつも一人で居るのも、皆に誤解されてたから……?

玲奈:んー。……うん。そんな感じ。
うざい男子が近寄って来なくなったのは助かったけど、女の子まで近づいてくれなくなっちゃって、もう最悪。
……というか、それを言うなら佐伯くんもいつも一人よね?

陽翔:……っ。あ、自分は、えっと……

玲奈:大丈夫?ちゃんとクラスに、溶け込めてる?

陽翔:あのっ、そのっ、クラスの子とは話が合わないっていうか……

玲奈:やっぱり入るクラス間違えた?

陽翔:いや、……そういうわけじゃなくて。
自分は、昔から一人でいるって決めてて。

玲奈:え。どうして?

陽翔:……自分は、誰にも理解されないから。
分かってるから。絶対に理解されないって。
だから……傷つきたくないから、最初から友達は作らない。

玲奈:どうして誰にも理解されない、って言いきれるの?

陽翔:親にも理解されないんだよ!?誰が理解してくれるっていうのさ!!

玲奈:……佐伯くん。あのさ?親だけが、全てじゃないと思うよ?

陽翔:はは、アハハ…
じゃあ、委員長は、これを見ても理解してくれるっていうの!?

 (陽翔、おもむろに制服のシャツを脱ぎ捨てる)

 (裸になった陽翔の上半身には、女性用の下着が身に付けられていた)

玲奈:……(※びっくりして、少し呆けている)……佐伯くん。

陽翔:引いた!?引いたんでしょ!?制服の下に、こんなの付けてるなんて!!

玲奈:……かわいい下着ね。

陽翔:自分は、ただの女性用下着が好きなだけの男じゃない!!

玲奈:うん。

陽翔:……自分は、女の子なんだ……。

 (間)

玲奈:(M)私はレズビアンで、彼女は性同一性障害という奇妙な組み合わせ。
最初は仲良くなれるか不安だったけど、いろいろ話していたら、案外あっさり仲良くなれた。
そして、二人で居る時間は、どんどん増えていった。

 ●夏休み前●

 ●一学期・終業式●

陽翔:委員長っ!

玲奈:……陽ちゃん。

陽翔:アイス買ってきたよ。一緒に食べよ!

玲奈:……もう。二人の時は玲奈って呼ぶ約束でしょ?

陽翔:ああ、ごめんごめん。玲奈ちゃん。
桃のやつと、蒲萄(ぶどう)のやつ、どっちがいい?

玲奈:うーん。悩む……けど、桃かな!

陽翔:悩む時間みじかっ!

玲奈:ふふん。早く食べないと溶けちゃうでしょ?

陽翔:まあ、確かに。これだけ暑いとね……。

玲奈:それじゃ、アイスありがとう。陽ちゃん。いただきます。

 (しばらく無言でアイスを食べている二人)

陽翔:あっ、そうだ。玲奈ちゃん。

玲奈:なあに?陽ちゃん。

陽翔:一学期。お疲れ様でした。

玲奈:えー?なになに?改まって。

陽翔:委員長の仕事。たくさん頑張ってたでしょ?

玲奈:……うん。(※目線逸らしながら嬉しそうに)
その、陽ちゃんもたくさん手伝ってくれたし、相談にも乗ってくれたから、頑張れたのは陽ちゃんのお陰だよ。ほんと。

陽翔:自分も玲奈ちゃんのお陰で、期末テストは再試無しだった!

玲奈:勉強会、頑張ったもんねえ。
陽ちゃんがだいぶ数学理解してくれるようになって、私嬉しいかも。

陽翔:自分も、玲奈ちゃんのお陰で数学の楽しさに気づけた!
それに……友達と一緒に居ることの、楽しさにも。

玲奈:(※意味ありげな間)……それは良かった。

陽翔:?

玲奈:(M)……駄目だ。
この子は「女の子」だけど、レズじゃない。
きっと普通に男性に愛されたいと思っている。
だから、私のこの気持ちは隠さなくっちゃ。
せっかく陽ちゃんの初めての「友達」になれたんだから。

 (間)

玲奈:(M)……とっても変な感じ。
見た目は男の子なのに、中身が女の子なら、好きになってしまうのね、私。

陽翔:(M)うちのクラスの委員長、鴫沢玲奈ちゃんは、初めて自分を受け入れてくれた女の子だった。
初めて「女の子」として接してもらった。
女性向けのファッション雑誌を一緒に見て、今流行りの化粧品について話したり、玲奈ちゃんの中学時代の恋バナを聞いたり。
……自分が女の子として生まれていれば、きっとこんな生活を送れていたんだろうなと、そう思えるくらい、楽しい毎日だった。

 ●時間経過●

玲奈:(M)左耳に一つだけ開けたピアスの穴が、化膿(かのう)して痛む夏休みのある日だった。
私は自分で思っていたよりも人から嫌われていて、自分で思っていたよりも、誰からも認められていなかったことを思い知る。

 ●男子生徒複数人と対峙する陽翔●

陽翔:……え?
じ、自分が、委員長と付き合ってる……?
そ、そんなことありません。
自分はただの友達です!!

 (※「あのクソビッチとか?」と煽られて)

陽翔:……!!違うんです!!それは誤解なんです!!
委員長のこと、そんな風に呼ばないでください!
じ、自分が……許しません!!

 (腹を殴られる陽翔)

陽翔:……ぐはあっ!!

陽翔:(M)痛い。意識が飛びそうだ。
でも、玲奈ちゃんに振られたからって、そんな風に彼女のことを悪く言うのは違うと思う。
……腹が立って仕方が無かった。

 (更に蹴りを入れられる陽翔)

陽翔:……うぐっ!!

 (間)

陽翔:(M)でも、だったらどうしたらいいの?
殴る蹴るを繰り返されて。「男だから」って手加減も無しに。
男なら少しは反撃してみせろって言われたけど、そんなことできるわけないじゃんか。
……自分は女の子なんだ!
怖くて反撃なんてできやしない。
……身体も心も、もうボロボロだった。

 (※以降、陽翔、恐怖の感情) 

陽翔:……やめてください!!ごめんなさい!!許してください!!

 (男子生徒の一人が陽翔のスマホを拾う)

陽翔:……あ、それは自分のスマホ……!

 (玲奈を呼び出すように脅される陽翔)

陽翔:……え。そ、そんなこと、できません。
委員長を呼び出せ、って、そんな、友達を売るようなこと……

 (更に蹴りを入れられる陽翔)

陽翔:うぐっ……!!
……もう、蹴らないでください。殴らないでください。
お願いします……お願いします……(※泣きながら)

 ●玲奈サイド●

 (スマホに着信)

玲奈:あれ、陽ちゃんから電話だ。珍しい。

 (電話に出る玲奈)

玲奈:もしもし?陽ちゃん……?

陽翔:「……玲奈ちゃん。助けて……」(※泣きながら)

玲奈:陽ちゃん!?陽ちゃん、今どこに居るの!?

陽翔:「……学校裏の、ダムの入口……」(※泣きながら)

玲奈:……!!すぐそっちに行くから!待ってて!!

玲奈:(M)うちの高校の裏には大きなダムがある。
それこそ、ド田舎にある高校ならではといった感じだ。
だがそこはとても不気味な場所で、数年前には殺人事件が起こっていたりもする、誰も寄り付かない場所。人の居ない場所。
だからこそ、私は陽ちゃんが心配で仕方が無かった。

 ●ダム入り口●

玲奈:(M)中学の社会見学以来に来たダムの入口は、相変わらずなんの管理もされておらず、警備も手薄で。
これじゃあ、殺人事件が起こっても仕方ない、と言わんばかりの有様だった。
……いや、それよりも……。

玲奈:(台詞)……あなた達、陽ちゃんに何してるの!?

陽翔:玲奈ちゃん……玲奈ちゃん……ごめんね。

玲奈:大丈夫!?立てる!?救急車、救急車呼ばなきゃ!!

陽翔:……。

 (陽翔、ゆっくりと立ち上がり、男子生徒側へ)

玲奈:……え、ちょっと、陽ちゃん!?

 (複数の男子生徒から取り囲まれる玲奈)

 (状況を察する)

玲奈:……覚えてるわよ?あなた達全員。私に告白してきてくれたわよね。
……陽ちゃんをエサにして、私を呼び出して、マワそうって手筈(てはず)だったわけ。
……それで、陽ちゃんも、「そっち側」だったんだ。

陽翔:……ごめん。

玲奈:何がごめんなの?

 (男子生徒から突き飛ばされる玲奈)

玲奈:がっ……!!……痛い。

 (※以降、恐怖の感情が現れ始める玲奈)

玲奈:……やだ……。……怖い。怖いよ。
助けてよ!!陽ちゃん!!ねえ、友達でしょ!?
初めてできた友達だって、言ってくれたじゃない!?

陽翔:……委員長は、恩着せがましいんだよ!!

玲奈:……陽、ちゃん……?

陽翔:あんたのせいで、たくさん殴られたし蹴られたし、本当に痛かった!!
プライドまで傷つけられて、……もうボロボロなんだよ。自分は。
委員長と友達になりさえしなければ、……あの日、数学を教わりさえしなければ、こんな屈辱的な思いをすることもなかった!!

 (陽翔、その場をあとにする)

玲奈:……待ってよ!!陽ちゃん!!ねえ!!待ってよ!!
……助けて……。

玲奈:(M)無駄だったんだ。陽ちゃんとの時間は。
……陽ちゃんにとっては無駄だったんだ。
私のしていたことは、所詮エゴに過ぎなかった。
……委員長として皆の為に頑張れば、少しは誤解も解けて、理解してくれる人も現れるだろうって思ってた。
でも違った。
……浅はかだったんだ。何もかも。

 ●二学期●

陽翔:(M)夏休みのあの事件から、自分は一言も委員長と会話をしていない。
……あれだけ酷いことをしたんだ。当たり前だろう。
季節はもうすっかり冬で、寒くなったけれど、あの夏の、まとわりつくような気持ちの悪い暑さは忘れられない。
……委員長も自分も、また一人ぼっちに逆戻り。
せめてどちらかに新しい友達でもできていれば、まだ自分たちは救われたのかもしれない。

玲奈:(M)事件は結果的に未遂で終わった。
あの後、私が近くにあった鉄パイプで男子生徒一人の頭を殴り、重傷を負わせた為、それどころでは無くなったからだ。
……でも、傷ついた心は元に戻らない。
委員長なんて、早く辞めてしまいたい。

玲奈:(台詞)……っ。お腹痛い。今回特に酷いな、生理痛。

 (間)

玲奈:(M)こういうとき、一番に鎮痛剤をくれたのは陽ちゃんだった。
「自分も頭痛が酷いから」と言っていたけれど、私の為に用意してくれていたこと、知ってたよ。

 (間)

玲奈:(台詞)……仕方ない。保健室に、鎮痛剤無いか聞きに行こう。

 (間)

玲奈:……これからは、自分一人でなんとかしなくちゃ。

●END●

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