悪友か盟友か分からないけれど【0:2:0】【女性の友情】
『悪友か盟友か分からないけれど』
作・monet
所要時間:約40分
■あらすじ■
悪友とは、交際して身のためにならない、悪い友人。
しかしそこには、固く誓い合った絆があった。
夜の店で働く若い女子二人の友情ストーリー。
花凜/♀/花凜(かりん)。源氏名。新人風俗嬢。清楚系。
咲葵/♀/咲葵(さき)。源氏名。新人風俗嬢。ギャル系。
■プロローグ■
花凜:(N)悪友。交際して身のためにならない友人。悪い友達。
花凜:(N)盟友。固く誓い合った友人。同志。
花凜:(N)私にとって「彼女」は、そのどちらにも当てはまるような、そんな人間だった。
■本編開始■
■渋谷■
■店舗型ヘルス・ロッカールーム■
花凜:お疲れ様です。
咲葵:……おつさまでーす。
花凜:(M)私が働くこの店舗型ヘルスには、何十人もの女の子が在籍している。
花凜:(M)そしてこのロッカールームは、その全ての女の子たちが着替えのために行き来をする場所。
花凜:(M)だからその日、彼女と出会ったのも本当に偶然で、私たちは初対面だった。
咲葵:あ、そーだ。……チョコとか、好きですか?
花凜:え?ええ、まあ、好きですけど。
咲葵:客から貰った食べ物とか、食べれる派……?
花凜:ええ。まあ、はい。抵抗はありませんけど。
咲葵:……凄い。尊敬する。あたし、無理なんですよ~。けっこういいチョコだから、捨てるの勿体なくて。よかったら貰ってくれません?
花凜:いいんですか?では、喜んでいただきます。ありがとうございます。
咲葵:こちらこそありがとうですよ~!……えっと、「花凜」さん、ですよね?写メ日記よく上げてる……
花凜:あ、はい。花凜です。見られていたなんて、なんだか恥ずかしい……。
咲葵:あたしも写メ日記は力入れるタイプなんで!よく上げてる人のはチェックしちゃうんですよ!
花凜:いや、私は……力入れてるっていうか、ノルマなので。
咲葵:あれっ!?もしかして、寮住みの子です?
花凜:そうですよ。
咲葵:そうだったのか~!どうりで!店側も推してるし!普通の嬢じゃないよな~とは思ってたんですよぅ!
花凜:そんなに変わってますかね……??
咲葵:ううん。凄いってことです!あ、自己紹介遅れたけど、あたしは咲葵(さき)っていいます!よろしくね!ちなみにあたしは~、実家から嘘ついて通ってますっ!
花凜:え……?実家から……?す、凄い。勇気ありますね。
咲葵:あたし、嘘ついたり誤魔化したりするの大得意なんで!えっへん!この仕事では、長所でしょう?
花凜:凄い……。尊敬します。私は嘘つくの下手だから。
咲葵:でもそれはそれで、素人感出ていいんじゃない?そういうのが好きな客も多いでしょうし!
花凜:それはまあ、ありがたいことにそうなんですけど……。(言い淀む)
咲葵:ん?どうかしたあ?
(咲葵、煙草に火をつけ、ふかす)
花凜:その、私、親に黙って実家から逃げてきたので。咲葵(さき)さんみたいに、もっと上手く嘘がつけたら変わってたのかなって。
咲葵:まじか!なるほどね、だから寮住みだったのか。……え?てかそれだったら何歳?聞いてもいい?嫌だったら答えなくていいから!
花凜:今年の三月に高校卒業したばかりの十八歳です。
咲葵:えっっ……!?マジ!?同い歳!!あたしも十八で今年十九!!大学生だけど!!
花凜:大学生さんなんですね。風俗と掛け持ちしてるなんて、すごい尊敬します。
咲葵:んもう!!そこじゃないでしょ!!あたしたち、同い歳なんだよ!?敬語は禁止!!気楽にいこーぜ!!
花凜:…………。
咲葵:いやこのお店さ、学園系って謳っておきながらババア多くない?!歳上ばっかでマジ肩身狭かったんだよね~!
花凜:しっ!「お姉さま」でしょ?誰に聞かれてるのかも分からないんだから。もう!
咲葵:あれっ?花凜って、堅物そうに見えて実はけっこう打ち解けやすいタイプ??
花凜:堅物だったら風俗嬢なんてやってないっての!てか、咲葵はもう上がり?
咲葵:(煙草)んー?そだけど。花凜はー??
花凜:私は今日はこれからー。はぁー本当にだっるい!!
咲葵:マジかぁー。花凜も上がりならラーメンでも誘おうかなって思ってたんだけどなあ。(煙草)
花凜:ラーメンって、うちの店の二つとなりのビルにある家系の??こってり背脂のやつ??
咲葵:えっ!花凜知ってんの!?
花凜:よく一人で行くよー。あれだよね。出勤終わりって、無性に塩っ気あるの食べたくなるよね!
咲葵:えっ、めっちゃ意外なんだが……。そんな清楚そうな顔して一人で家系のこってり背脂ラーメン食べるの?!
花凜:うん。いつも大盛で頼む。
咲葵:いったいその細い身体のどこに入るってんのさー。
(ロッカールームの内線が鳴る)
花凜:あ、やっべ。たぶん私だ。
(内線に出る花凜)
花凜:はい。花凜です。……はい。120分本指名ですね。かしこまりました。すぐ部屋向かいます。
(内線を切る)
咲葵:頑張っといで~!!クソ客に当たらないことだけを祈っとく!!
花凜:本当にそれだけは頼むよ。祈っといて。てか口開け120分本指(ほんし)だるぅ~~!!きっとあのペロペロおじさんだわ……。
咲葵:ぷっ!(ふきだす)……花凜が客に付けるあだ名最高なんだが!……あ、てかラインだけ教えといてよ!
花凜:おっけいおっけい!……ほい!これQR!これでいい?
咲葵:ほいほーい。おっけいだよ!あとで送っとく!仕事ファイトだよっ!
花凜:ありがとう~!行ってくる!咲葵はお疲れ様だね!帰ってゆっくり休んで!
咲葵:え~~!何それめっちゃ優しいじゃん!感動なんだけど!それじゃ、またね!
(花凜、ロッカールームから去る)
(煙草を吸う咲葵)
咲葵:(M)人形のように綺麗で、どこか儚さを感じる花凜。その揺れる綺麗な黒髪の後姿を、あたしは思わず目で追ってしまっていた。
咲葵:(M)花凜のラインの登録名は、桜の絵文字が一つのみ。身バレ防止?うちのお店は連絡先交換禁止なはずだけど、こっそり裏引き(※お客さんと店の外で会うこと)でもしてるんだろうか。
咲葵:(M)大人しそうな顔して、実はけっこうなやり手なのかもしれない。あたしも同い歳。花凜とは仲良くできそうだけれど、これは負けていられない。
■咲葵、帰り道■
咲葵:(M)家庭環境が悪いわけでも、お金に困っているわけでもないあたしが、親を騙してまで風俗で働く理由。それは純粋にお金が欲しいからだ。
咲葵:(M)稼げるうちに稼いでおいて何が悪いのだ。ブランドのバッグが欲しい。デパコスが買いたい。好きなブランドの服を着たい。
咲葵:(M)女なら誰だって思うはずだ。それに、あたしが通う大学は都心にある。女子たちは常に身に着けているものの価値でマウントを取り合う。
咲葵:(M)あたしは馬鹿にはされたくない。それに、この仕事は即日即金。頑張った分だけたくさんお金がもらえる。それがその日に分かる。
咲葵:(M)こんなに快感を覚える仕事が他にあるだろうか。普通のバイトなんて当然やっていられない。だからあたしは、風俗というこの仕事に依存(いそん)している。
■場面転換■
■仕事終わりの花凜■
花凜:やっと終わった~~!!ラストのお客さん、なかなか乱暴でしんどかったなあ。あー、ラーメン食べたい。……あ、そういえばライン。
(花凜、スマホを開く)
花凜:(M)忙しくて全然スマホを見ていなかった。仕事前に話した同い歳の女の子、「咲葵」。彼女のラインの登録名は、チューリップの絵文字が一つのみだった。
花凜:(M)桜の絵文字のみにしている自分と少し似ているな、と共通点を感じながら、咲葵からのメッセージを開く。内容は、「おつかれさま」というゆるキャラのスタンプだけだった。
花凜:(M)きっと私がへとへとになっていることを考慮してくれたのだろう。……優しい子なんだな。
花凜:(M)「ありがとう」というスタンプを送った私は帰り支度を済ませ、帰路についた。といっても帰るのは、自分の家ではなく寮なのだけれど。
花凜:(M)ノルマもきちんとこなせているし、お金も少しずつではあるが貯まってきている。最終目標は寮を出て一人暮らしなのだけれど、未成年のうちはまだ難しそうだ。
■数日後■
■渋谷■
■店舗型ヘルス・ロッカールーム■
花凜:……おはようございます。
咲葵:はよーざいまーす……。
花凜:あれっ!?咲葵?咲葵じゃん!今日は朝からなの?大学は?
咲葵:……んんん?あっ。花凜じゃーん!そうなの!今日は大学は全休!
花凜:全休……。講義が無いってこと?
咲葵:そうそう!こういう日こそ稼がなくっちゃね~!!今日はラストまで入ってるから、気合も充分!!
花凜:えっ。咲葵、今日ラストまでなの?私もだよ!帰りにラーメン行かない?
咲葵:マジ!?行く!!絶対行く!!家系こってり背脂食べる!!
花凜:ふふっ。そうこなくっちゃ。もちろん大盛よね?
咲葵:それは花凜でしょー??あたしはこう見えても小食なんですぅー!!
花凜:あら意外。
咲葵:ちょっとー!それ嫌味で言ってる?!
花凜:ふふふ。嫌味だなんてそんなことないよう。咲葵と話してるの楽しいしっ!
咲葵:まあこれでも?トーク力には自信のある咲葵ちゃんですからー!!
花凜:それでお客さん捕まえてるのね!さすがです!
(ロッカールームの内線が鳴る)
咲葵:あっ!あたし出るよ!
咲葵:……はいはーい!咲葵でぇーす!花凜ちゃんもいますよぉ。……二部屋とも準備おっけーですかあ?了解でーす!伝えときまーす!
0:咲葵、内線を切る
花凜:ってなわけで、今日も一日頑張りましょうか!!
咲葵:おう!!家系こってり背脂ラーメン目指して!!
花凜:(同時に)えいえいおー!!
咲葵:(同時に)えいえいおー!!
■数時間後・出勤終わり■
■ロッカールーム■
(煙草をふかしている咲葵)
咲葵:……花凜のやつ、延長入ったって、朝から働いてるのに馬鹿じゃねぇの。あたしだったら絶対断るわ。ほんっとうに、くそ真面目なんだから。
咲葵:(M)でも、それでも、花凜とあたしとの違いはその辺にあるのかもしれないと、なんとなく思ってしまっていた。
(ロッカールームの扉が開く)
(ふらふらと入ってくる花凜)
花凜:ご、めん……咲葵……待たせちゃって……つ、かれた……
咲葵:花凜!!大丈夫!?しっかりして!?そんなに疲れてるなら今日のラーメン無しにしてもいいよ?
花凜:だめ、……ラーメンは……行く……。お腹、空いてるだけ……だから、、朝から……何も食べてなくて……
咲葵:はあ!?なんで何も食べてないの!?体力持つわけないじゃん!!馬鹿なの!?
花凜:少しでも……ウエストほっそり見せたいし……口臭とかも、気にしちゃうから、、いつも、食べない……。
咲葵:いやいや、いくらなんでもストイック過ぎでしょ!?ほら、さっさと着替えて!!ラーメンいくよ!!
■場面転換■
■ラーメン屋■
花凜:……ぷはぁ~~。生き返るんじゃあ~~。
咲葵:花凜がそんだけ細いのと、家系こってり背脂ラーメン大盛を頼む理由がなんとなく分かった気がする……。
花凜:美味しいねえ。本当においしい!ねぇ!咲葵。
咲葵:うん。やっぱり出勤終わりのラーメンは最高だなあ!
花凜:咲葵~~。ラストのお客さん本当に面倒くさかった。
咲葵:おうおう。延長断ればよかったのに。大変そうだったなあ。
花凜:もうさ、ほんっとに全っ然終わりが見えなくてさ??こっちも申し訳なくなってくるじゃん??だから泣く泣く延長。
咲葵:うわー。いるいる!そういう客!酒入ってたでしょ!?
花凜:入ってた!!もう最悪!!
咲葵:もう本当にそういう客は来んなって話だよね!迷惑過ぎ!!
花凜:あはは!てか咲葵、口悪すぎー!!
咲葵:それに乗っかってる花凜さんも大概だと思いますけどぉ!?
花凜:私は清楚でお嬢様だもん!!
咲葵:それ店側の設定な!!
(花凜、咲葵、笑いあう)
■ラーメン屋を出て、帰り道■
咲葵:……花凜、あたしから提案があるんだけどさ。
花凜:なになに?なんか悪いこと??
咲葵:違うって!んもう、扱い酷いなあ。
花凜:ごめんごめん。
(少し間)
咲葵:……花凜が寮を出たらさ、あたしたち一緒に住まない?
花凜:え……?でも私たち、まだ未成年だし、親の承諾が……
咲葵:そこはあたしの親がいるでしょうがー!
花凜:またお得意の嘘で騙すの!?
咲葵:あったりまえだよぅ!!あたしに任せなさぁーい!!
花凜:……ふふっ。あははっ。……私たちは、悪友だね。
咲葵:悪友かあ。でも悪いこと一緒にできる友達って、あたしは貴重だと思うなあ。だから、あたしにとっては花凜は盟友!
花凜:あらあら、大層箔(はく)がついてしまったこと。
咲葵:えー?花凜は嫌?
花凜:嫌じゃないよ。むしろ嬉しい。悪友であり盟友。これでいいんじゃない??
咲葵:それってもう最高!!花凜、あんたって本当最高だよ!!
花凜:お褒めにあずかり光栄です♪
咲葵:それじゃ、二人暮らしに向けて、貯金、頑張りますかぁー!!
花凜:(M)それから咲葵とはずっと一緒だった。……当日欠勤して二人で遊びに行ったりもした。本当に悪友。
咲葵:(M)花凜とは本当に気が合った。性格は全然違うのに不思議。前世は双子の姉妹だったりして?なんて話もよくした。
(間)
■一年後■
咲葵:……予定よりだいぶ時間かかっちゃったけど、新居だよー!新居!
花凜:やったねぇ!咲葵!目標達成!(ハイタッチ)
咲葵:これで心置きなく風俗で働けるっっ!!
花凜:いや喜ぶとこそこかーい!!
咲葵:てか花凜、マジで荷物それだけなの?
花凜:うん。スーツケース一つで家出してきて、寮にいる間も新しい服とか買わなかったからさ。
咲葵:マジかよ!?えーードン引きなんだが……。
花凜:そこまで引く?デリヘルじゃないんだし、私服は必要なくない?
咲葵:んにゃそうだけどさ、ほら、好きなブランドとかないの?
花凜:特に無し。
咲葵:マジで言ってる!?あんた本当に風俗嬢なのか!?
花凜:正真正銘、風俗嬢だよ?咲葵はよく知ってるでしょー??
咲葵:いや、まあ、知ってるけどさ!今まで一年間くらい仲良くしてきたけど、その、生活スタイルまでは知らなかったっていうか……
花凜:え?何?ルームシェア辞める?生活スタイルの違いは致命的だと思うよ……??
咲葵:やめないやめない!!そういうこと言ってるんじゃない!!
咲葵:……その、花凜の新しい一面が見れて嬉しいっていうか……そういうことだよ……。
花凜:なに照れてんのよー!かわいいなあ咲葵は!!
咲葵:馬鹿ー!からかうなって!!
(少し間)
花凜:あ、てかさ、ルームシェアするまでの仲になったのに、結局私たちずっと呼び方源氏名のままだね。
咲葵:いいんじゃない?あたし、けっこう好きだよ?花凜の花と、咲葵の咲(さく)で、「花咲くガールズ」なんてどうかな!?
花凜:……なんかちょっとダサいけど、嫌いじゃない。いいね、花咲くガールズ!賛成よ!
花凜:(M)念願だった二人暮らし。未来はとても明るく見えて、なんでも上手くいくような気がしてた。
咲葵:(M)思い切って家から通いやすい池袋の風俗店に二人して移籍した。もちろん紹介特典をしっかり使って。
花凜:(M)これからは二人でずっと一緒。きっと楽しいことしか起こらないんだと、どこかでそう信じ切っていた。
■時間経過■
咲葵:たっだいまあ。ふーー。大学つかれたーー!
花凜:おかえり!咲葵!大学おつかれさまだよー!これから出勤でしょ?軽く食べれる野菜メインのサンドイッチ作ってみたんだ!よかったら食べてってよ!
咲葵:花凜は相変わらず料理凝(こ)ってるねぇ。あたしは全然やる気起きないからマジ助かるわー。
花凜:えー?だって、料理、楽しいよ?咲葵も一緒にやろうよ~!
咲葵:嫌だよ~!あたし不器用だもん!……それに花凜の作るごはんマジで美味しいから、これだけで充分って感じ!いっただっきまーす!
花凜:もう!咲葵ったら~!
咲葵:そいじゃ、行ってきます~!
花凜:行ってらっしゃい!私は今日休みだけど、明日朝から出勤だから夜はもう寝ちゃってると思う。ごはん作って置いとくからあっためて食べてね!
咲葵:りょーかい!いつもありがとね!ほいじゃ、いっちょ諭吉さん稼いできますわ!
花凜:はいはーい!気を付けてねっ!クソ客に当たりませんようにっ!
咲葵:あはは。何それ。
花凜:えーっ!咲葵が初めて出会ったときに私に言ってくれたんだよ!?覚えてないの!?
花凜:あれめちゃくちゃ嬉しかったんだよ?だから私も、咲葵がクソ客に当たらないように、お祈りしといてあげる!
咲葵:そんなこともあったっけな。何はともあれありがと。行ってくるよ。
花凜:(M)池袋のお店に移籍してからは、私は朝から夕方の出勤、咲葵は夕方から夜の出勤と、交代制で勤務していた。
花凜:(M)もちろん家事も分担。料理が得意な私の代わりに、咲葵は掃除や洗濯などをやってくれていた。
花凜:(M)だからこそだったのかもしれない。お互いの外での行動が把握できなくなっていたからこそ、私は咲葵の変化に気づくことができなかった。
■場面転換■
(咲葵、出勤終わり)
咲葵:(M)花凜と二人暮らしを始めて、生活時間帯が変わってから、あたしは花凜に隠し事をするようになった。
咲葵:(M)時刻は0時を回っている。きっともう、花凜は寝ているだろう。少しくらい、遊んでから帰ったっていいよね。
(咲葵、電話をかける)
咲葵:あ、もしもし氷雨(ひさめ)?今からお店行ってもいい?……うん、うん!もちろんラストまでいるよ!
咲葵:(M)新宿東口を出て、まっすぐに進む。そう、ここは歌舞伎町。あたしは少し前から、ホスト遊びにハマっていたのだった。
(間)
■ホストクラブ■
咲葵:……氷雨!!会いたかったよ~!!今日も仕事疲れたぁ~。あ、シャンパン入れるね!!
咲葵:(M)大丈夫。少しくらい。あたしは大学にも行って、風俗でも働いて、頑張っているんだから。このくらい大丈夫。むしろこのくらいの息抜きは、許してもらえないと困る。
咲葵:(M)花凜には、そのうち説明すればいい。そうだ!一緒にお店に来てもらえば、良さを理解してくれるかもしれない!
咲葵:(M)そうよ。花凜だってきっとストレスが溜まってるはず。男の影だって一度も見えたこと無いし。きっと気に入ってくれるはず。そうだ、そうしよう……!
■次の日■
花凜:え!?あ、ほ、ホスト!?咲葵、ホストにハマってるの!?大丈夫!?
咲葵:もーー!花凜は心配性だなあ!大丈夫だって!お金使い過ぎないようにいつも金額決めてるし!それにストレス発散できて、けっこういいところだよ!
花凜:そうは言っても、心配だよ……。ホストって、女の子からお金巻き上げる怖いイメージあるし……。
咲葵:そんなの行ってみないと分からないでしょ!?だからさ、明後日花凜休みでしょ?明日の夜、行こうよ!けっこういいお店なんだよ!建物は古いけどイケメン多いし!
花凜:あー私はいいや。興味ないし。
咲葵:なんでよー!花凜ぜんぜん恋してないでしょ!?このままだとせっかくの若い期間が無駄になっちゃうぞ!
花凜:今はお客さんが恋人だからいいんですー。
咲葵:ほんっとう、花凜はツレないなあ。分かった。じゃあ普通に飲みにいこ。新宿集合で。
花凜:はいはい。それならいいでしょう。
■次の日・夜■
咲葵:花凜~~!!こっちこっち!!お仕事お疲れ様!!
(二人とも歩き出す)
花凜:ありがとう。それで?どこに飲みに行くの?
咲葵:ふっふふ~ん!それが、いいお店があるんだよなあ。
花凜:へえ。二人で行ったこと無いところなの?
咲葵:そうそう!
花凜:隠れ家的な?
咲葵:そーんな感じ!……ほら、着いたよ。
花凜:……ここ、歌舞伎町じゃん。てっきりゴールデン街の方行くのかと、……っていうかここ、ホストクラブだよね!?
咲葵:騙してゴメン。こうでもしなきゃ花凜、ついてきてくれないと思ったからさ!
花凜:はあ。お得意の嘘ですか。本当に相変わらずだね。……でも私、帰るよ。本当に嫌だから。
咲葵:えっ!?嘘マジ!?ここまで来たのに帰るの!?ちょっと待ってよ花凜。花凜ってホスト行ったこと無いんでしょ?!
花凜:行ったこと無いけどそれが何?
咲葵:何も知らない癖にホストのこと悪く言われたくないよ!せめて文句言うならさ、お店行ってみてからにしたらどう!?
花凜:…………。
咲葵:何か言い返したらどうなのさ。
花凜:分かった。今日だけ行く。だけど私は、ホストなんて絶対ハマらないと思うよ。
咲葵:それでもいいって。さ、入ろう。
(間)
■ホストクラブ店内■
花凜:ねえ、咲葵。このお店かなり古くない?……外から見た時もボロボロだったし。
咲葵:ああ、まあ確かにねぇ。でも近々移転して、店内もすごく綺麗になるらしいよ!氷雨から聞いたの!
花凜:ひさめ……?
咲葵:あたしの担当♪……あっ!来た来た!氷雨!今日は大親友を連れてきちゃったよー!ぴったりのいいキャスト付けてあげて♪
花凜:は、はあ。どうも。咲葵がいつもお世話になっております……。
(間)
花凜:(M)少ししてから私についてくれたのは、新人の中でも優秀と言われるホスト、源氏名を橘月(たつき)と名乗る男だった。
花凜:(M)咲葵はとなりで終始楽しそうにしていたが、私は案の定心から楽しむことはできなかった。
花凜:(M)だが、橘月さんが気を遣って落ち着いた話題を振ってくれ、ゆっくりとお話をしてくれたので、嫌な気持ちになることはなかった。
花凜:(M)帰りに私は氷雨(ひさめ)さんと橘月さんからそれぞれ名刺を貰い、咲葵と共にお店をあとにした。
■帰り道■
咲葵:どーうー?花凜♪ホスト、悪くなかったでしょ?橘月(たつき)くんといい感じだったじゃーん!
花凜:……咲葵、酔ってる?
咲葵:うん。それなりに酔ってるーっ。
花凜:確かに、悪くなかったよ。ホストクラブ。咲葵の言う通りだった。
咲葵:でっしょー!?え!?じゃあじゃあ、これから一緒に通う?花凜は橘月指名でー……
花凜:(被せ気味)通わない。
咲葵:え?
花凜:私は……通わない。でも、咲葵は好きにすればいいと思う。
咲葵:ちょっと花凜!そんな突き放さないでよ!
花凜:突き放したのはどっちよ!?私の知らないところで勝手にホストにハマって。我が物顔で楽しんでるところを私に見せつけてきて。まったくついていけなかったわ!
咲葵:ちょっと。何その言い方。そこまで言わなくていいじゃん。あたしは花凜にも息抜きして楽しんでほしい、って思っただけなのにさ!
咲葵:いいよ。分かったよ!!あたしの好きにしていいんでしょう!?だったらとことん好きにさせてもらうから。もう二度とあたしの行動に口出してこないでよね!
花凜:…………。
花凜:(M)それから咲葵が堕ちていくのに、そう時間はかからなかった。
■時間経過■
■二人の家■
花凜:……咲葵、あのさ。
咲葵:なに?
花凜:今月の家賃、振り込まれてなかったんだけど。
咲葵:……ああ、ごめん。今月ちょっとキツくて。立て替えといてくんない?
花凜:別にそれはいいんだけど……
咲葵:なに?なんか言いたいことあるんなら言ったら?
花凜:……いや、なんでもない。私、仕事行ってくるね。
花凜:(M)明らかに咲葵の様子がおかしい。日に日にやつれていってるし、支払いだって滞ることが増えた。出勤日数は、前の倍くらいに増えているというのに。
花凜:(M)でも私から「好きにすればいい」と言ってしまった以上、私は咲葵に対して何も言えず、ただただおかしくなっていく様子を呆然と見ていることしかできなかった。
(間)
咲葵:(M)どうしよう。どうしよう。お金が足りない。お金が足りない。
咲葵:(M)氷雨は毎回のようにシャンパンを煽ってくるし、オールコール入れられないなら用済みと言わんばかりの対応だ。
咲葵:(M)でもあたしは氷雨が好き。被りなんかに負けたくない。誰よりも貢いで本命彼女になりたいと思っている。
咲葵:(M)そのためには、今の稼ぎじゃ足りない。もっと、もっとお金を稼がなくては。
咲葵:(M)大学に行っている時間が勿体ない。その時間も働けば、確実にお金になる。感覚が既に狂っていること。それは自覚していた。
咲葵:(M)でも、あたしは氷雨のそばに居たい。誰よりも氷雨のことが好きだから、あの優しい笑みでまた笑いかけてほしい。ありがとうって言われたい。
咲葵:(M)日々確実に、心はすり減っていく。好きでもない人にサービスをして、お金を貰って。……だけど氷雨に喜んでほしい。それだけだったんだ。
(間)
花凜:あれ、ライン来てる。……咲葵が通ってる店の、橘月さんだ。営業ラインかな?もう私はホストは行かないんだけど……
(間)
花凜:(M)そのラインの内容は、とてもホストの営業ラインとは思えないような文面であった。
(間)
花凜:咲葵が……危険な状態かもしれない……??それってどういうこと??
(間)
花凜:(M)私は咲葵の状態を確かめるため、その夜ホストクラブへと向かった。
(間)
■ホストクラブ店内■
花凜:(M)二度目のホストクラブ。相変わらずボロボロの店内。だけれどそこには、今までに見たこともないような形相で泣き叫ぶ咲葵がいた。
咲葵:……どうしてよ!!どうして!!あたしはこんなに頑張ってるのに!!たくさん傷ついてるのに!!氷雨は嘘ばっかりじゃんか!!
花凜:(M)ちらりと橘月さんと目が合う。私は軽く会釈をしてから、すぐ咲葵の元へ駆け寄った。
(間)
花凜:咲葵。落ち着いて。
咲葵:え?花凜……どうしてここに……?
花凜:今日はいったん帰ろう?ね?
咲葵:え……あ……ああ……うん……
花凜:氷雨さんもすみません。ご迷惑お掛けしました。その、お会計は……
花凜:……え?に、二百万、ですか……??
咲葵:違うの花凜!それは掛けにしようと思ってて……!!
花凜:私が払います。
咲葵:さすがにそんなことさせられないよ……。
花凜:咲葵、今払えないんでしょ?私なら払える。……一括でお願いします。
(間)
■帰り道■
花凜:咲葵、大丈夫?
咲葵:……ごめん。花凜。ほんとごめん。花凜が一生懸命働いた二百万だって、あたし分かってるのに……。
花凜:……他に借金はいくらあるの?
咲葵:お見通しかあ。
花凜:当たり前じゃない。
咲葵:いろんな会社から借りてて、一千万くらい。……あたしって、本当に馬鹿だなあ。
花凜:…………。
咲葵:お金を使った分だけ、いい思いができるのがホストクラブ。女の子を楽しませて、いい気分にさせるのがホストの仕事。
咲葵:あたしね、氷雨に、「夢のために一緒に頑張ってほしい」って言われて。自分は特別なんだって勘違いしちゃって。
咲葵:お金を使い続けていればいつかは振り向いて、本当の恋人になってくれるんじゃないかって。いつの間にかそう思うようになって。
咲葵:でも、実際は違ったね。……本気になったあたしの方が馬鹿だった。氷雨は何も悪くないのに当たり散らかして。本当、サイテーな女。
咲葵:こんなことなら、本気になったと気づいた瞬間に辞めておくんだったよ。ホストは所詮客商売。あたしたち風俗嬢も同じ。本気になったら終わり。終わりなんだよ。
(間)
■翌日■
花凜:咲葵、おはよー。朝ごはん出来たよ。ゆっくり休め……た……?
花凜:(M)そこに咲葵の姿は無かった。スマホも置きっぱなし。でも咲葵の煙草は見当たらない。
花凜:(M)玄関を確認する。咲葵の普段履きのスニーカーが無くなっていた。
(間)
花凜:……咲葵、ごめん。私がちゃんと見ていてさえいれば……!!
花凜:……待っててね、咲葵。私が迎えに行く!!あなたの行く場所くらい、だいたい見当はつくんだから。悪友、舐めないでよね……!
(間)
■ビルの屋上■
■防護柵の外■
■煙草をふかす咲葵■
咲葵:……また今日も、街が動き出す。ピカピカ光ってる。……おはよう、歌舞伎町。そして、さようなら。
(勢いよく屋上の扉が開く)
花凜:っっ咲葵!!咲葵!!待って!!……待って!!
咲葵:……花凜??よくここが分かったね。歌舞伎町詳しくない癖に。
花凜:(息を切らしながら)あなたの、行くところなら、分かるのよ……。
咲葵:それだけ息切らしてよく言うよ。その調子だと、朝から一日中、あたしのこと探してくれてたの?
花凜:っっ!!あたり、まえ、じゃない……!!
咲葵:どうして?一千万もの借金作ったホス狂(きょう)ルームメイトなんて、死んだ方が花凜にとっても都合いいでしょう?
花凜:……花咲く、ガールズ。
咲葵:え?
花凜:覚えてない?咲葵が言ったんだよ?花凜の花と咲葵の咲(さく)で、花咲くガールズって。
咲葵:……本名でもなんでもないのにね。
花凜:咲葵は、私の中ではずっと咲葵だよ。出会ったあの日からずっと。
(咲葵、煙草をふかす)
咲葵:……花凜はさ、あたしにとって盟友だったよ。
花凜:悪友の間違いじゃないかな?
咲葵:花凜にとってのあたしは悪友かもね。
花凜:そうじゃなくて。……私は、咲葵のこと止められなかった。ボロボロになっていく咲葵を、ただ見ていることしかできなかった。
花凜:だから、盟友なんて言われる筋合いない。
咲葵:……でもさ、本当の悪友って、強い絆と信頼関係がないと成り立たないと思うの。花凜と過ごすうちに、更に実感した。だからあたしにとって、花凜は盟友。
花凜:……何言ってるのか分からないよ。
咲葵:それでいいのかも。だってもう終わりだもん。
花凜:待って!!本当に待って!!
咲葵:…………。
花凜:あのね、氷雨さんに連絡したの。今こっちに向かってるって。もうすぐ着くって。
咲葵:……え?なん、で……?氷雨が……?
花凜:氷雨さん、すごく心配してたし焦ってたよ。ホストとしてじゃなくて、一人の人間として。
花凜:だから咲葵、こっちに戻ってきて。……柵の外は、危ないから。……死なないでよ、咲葵。(涙をこらえながら)
(その場にへたり込む咲葵)
咲葵:……はは、あはは。ははは。……あーあ。もう。まったく。花凜には本当に叶わないよ。
咲葵:そこまでされちゃ、死ねないじゃん。もう全部、終わらせようと思ってたのに。
咲葵:はーあ!!寮付きのソープでも行くかなあ~!!……ほんと、かっこ悪いねあたし。
咲葵:……そっち、行っていい?花凜とハグしたい。
花凜:……うん。うん。もちろんだよ。咲葵。
(防護柵の内側に戻る咲葵)
(二人は強くハグをする)
咲葵:あーあ。でも、もう花凜とは一緒に住めなくなるなあ。寂しいなあ。もっと花凜との時間、作っておけばよかった。
花凜:……いいんだよ。それでいいんだよ。私は咲葵が生きてさえいてくれれば、それでいい。
花凜:生き延びようね、咲葵。すごくつらいと思うけど、私も頑張るから。生き延びよう。大好きだよ。
咲葵:あたしも大好き。花凜と出会えてよかった。
咲葵:ねえ?花凜。これから会えなくなると思うから、最後に本当の名前、教えてくれない?
花凜:……うん。分かった。教えるから、咲葵の本当の名前も、教えてね。
咲葵:もちろん。
(間)
花凜:……私の本当の名前は一一
(間)
花凜:(M)その後、氷雨さんが到着。二人は話し合い、咲葵は寮付きの高級ソープで働きながら、膨大な借金を返していくことが決まった。
(間)
■エピローグ■
■時間経過・引っ越し当日■
咲葵:本当に花凜も引っ越すの?
花凜:うん。こんな広い家に一人じゃ寂しいからね。
咲葵:いい加減彼氏作ったら?
花凜:嫌よ。今はお客さんが恋人だもん。特定の人なんて作りたくない。
咲葵:……相変わらずの花凜ちゃんだなあ。
花凜:ストイックでしょ?
咲葵:うん。ほんっと、真似できない。風俗の仕事してるだけで楽しい~とか、あたしには理解できんわ。
花凜:理解しなくていいよ。お互い違う価値観を持っていたからこそ、私たちは仲良くなれたんだと思うし。
咲葵:それもそうだね。それじゃ、そろそろ面接の時間だから、行くね。
花凜:怖くない?初めてのソープ。
咲葵:怖いよ。そりゃあね。でも、生きてさえいれば、またどこかで花凜に会えるかもしれない。
咲葵:生きてさえいれば、やり直すチャンスはいくらでもあるんだって、教えてくれたのは花凜だから。
花凜:半ば強引なやり方だったけどね。
咲葵:ほんとよ!悪友なんだか盟友なんだか。
花凜:それ悪友の使い方間違ってますけどー!
咲葵:うるさいー!……ってことで、行ってくるね。
花凜:うん。またね。いつかどこかでまた、出会えることを信じて。
咲葵:あたしは生きるよ。だから花凜も生きるって約束して?そして未来には、二人とも幸せになろう。
咲葵:そしたらそのときは、あのときはああだったね、って、笑い話をしようね。
■つづく■
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