【夏化の畔】

風鈴の残る駄菓子屋の軒で雨やみを待っていた。
悪鬼のように隆起する黒い入道雲の横腹を見上げながら、リリーは鼻歌を歌っていた。
その歌がなんの歌だったかどうにも思い出せなかったから僕がその曲なんだっけ?と聞くとリリーは、いたずらっぽく教えな~いと笑う。
年季の入ったフリーザーの排気音が不規則に唸る。
それに呼応するように遥か向こうの空で稲妻が光った。茹だるような暑さを雨が冷やしていく世界は妙だ。ジメジメとした大気と裏腹にその情景は心地良さを感じる。およそ、感じる機会の少なくなった夏をそこに実感する心地良さ。
果たしてこの先に、頭で思い描く夏の情景にあと幾つ出逢えるのだろうか。
オルタナのようなカエルの合唱で満ちた夕畦道で水田に反射した夕焼けに目を細めることはあるのだろうか。気合いを入れて浴衣を着たリリーの横で夜花火を見上げることはあるのだろうか。
猛暑だとか聞こえない夏はあるのだろうか。
値段を気にしないで買うかき氷はあるのだろうか。蛍はまだいるのだろうか。
そんなことを考えているとリリーは僕の肩を叩いた。リリーの方に顔を向けると指が当たる。
はい引っかかった~。 リリーは小さくベロを出してう。リリーの笑った顔は飽きることがない。
見なよ。鬼さんバラバラになるよ。
入道雲がはらわたを散らして薄くなっていく。
雨脚の緩くなっていく様を目の当たりにする。
また、ひとつ夏を感じる機会を終えた気がする。
「また暑くなってきたからアイス買お。」
リリーは後ろのフリーザーに入ったアイスを手に取り駄菓子屋に消えていく。
リリーの後ろ姿を追って僕も中に入る。

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