別れは突然訪れた

2019年6月1日土曜日。いつもと何も変わりない、普通の土曜日だった。いつもよりちょっと遅めの朝ごはん。昨夜の残り物を詰め込んでホットサンドを作った。自家製の鶏ハムにキャベツと人参を蒸したものととろけるチーズの相性は抜群だった。食べ終わると同時に彼は”これまた食べたい”と言った。すぐにリクエストをするあたり、彼にとっては相当美味しく感じられたんだと思う。午後から長男のサッカーの試合があるので、午前中は洗濯したり掃除したりして過ごし、お昼前に家族5人で車に乗ってサッカーの試合会場の近くのスーパーへ向かった。そこでそれぞれが好きに惣菜のお弁当を選び、車の中でみんなで食べた。彼はその時、助六弁当を食べ、そして長女と次男が食べきれなかった残りも食べ切った。長男のサッカーの試合を観戦し、家に帰ってお風呂に入り、夕食の準備をし、午後5時ごろから彼と二人で飲み始めた。私は土曜の夜が好きだった。彼と二人で早くから大好きなお酒を飲み、適度に酔っ払いながら1週間のことを振り返ったり、子供達のことを話したり、他愛もない話をしながら過ごす時間。これと言った特別感は何もないけれど、1週間無事に終わって、何に縛られるわけでもなく、ただ好きなことをして、翌日の心配をすることもなくダラダラとした時間を謳歌しているその雰囲気が好きだった。

”ねぇ、コンビニ行こうよ。アイスクリーム食べたい。”

酔っ払った時の私の悪い癖である。お酒を飲むとアイスクリームが食べたくなる。それに加え、家にあるお酒では飲み足りないのと、夜風に当たりながら散歩するその気持ちよさが好きで、週末の夜、たびたび家族をコンビニに誘ってた。この日の夜もそうだった。子供達はコンビニで好きなお菓子やアイスクリームを、酔っ払った親から何の制約もなく買ってもらえる週末の夜のコンビニが大好きだった。提案するとすぐに子供達からイェーイと歓喜の声が上がった。お風呂上がりでパジャマのままだったが、初夏の夜風は寒すぎず暑すぎず、みんなでコンビニへ向かった。

”ちょっと探検しようか”

そう言い出したのは彼だった。いつも通る道ではなく、団地の中を通り抜けようというのだ。私にとっては彼と結婚してから暮らし始めた場所だが、彼は小学生の頃からこの団地に住んでいる。あそこに抜け道がある、あそこの滑り台が面白い、子供ながらの視点で得た情報は40を目前にしていても色あせることがないようだ。子供達もそんなパパの提案に乗っかった。家から歩いて5分の距離にあるコンビニに行くだけなのに、子供たちがとてもワクワクしているのが伝わってきた。日常の些細なことをワクワクに変える、彼にはそんな不思議な力があった。

いつもと違うルートで、いつも行くコンビニに行き、いつもの通り子供達は好きなお菓子を手に入れ、私は缶チューハイとアイスクリームを買い、いつもと違うルートで帰路についた。

帰宅してからのことは酔っ払っていてあまり覚えていない。子供達はお菓子を食べ、私はアイスクリームを食べた後さらに彼と飲み、9時前には二階の寝室へ行き、みんなで眠りについた。

トイレに行きたくなってふと目が覚めた。枕元のiPhoneを見ると10時半ごろだった。トイレに行くと、何と彼がトイレに入って座ったまま、壁にもたれかけて寝ていた。あーあ、もう、酔っ払ってこんなところで寝たら風邪引くのに。小走りでトイレに行き声をかけた。

”ももさん、こんなところで寝たらだめだよ、あっちいって寝よう”

返事がなかった。

”ももさん、起きてよ、もう何してるの”

体を揺さぶったが、反応がなかった。

身体中の血の気がひいていくのがわかった。急に心臓がバクバク高鳴り、息が荒くなった。どうしよう、なんか大変なことが起こっている気がする。急いでiPhoneを取りに行き、110番した。そこからのことは、もうあまり覚えていない。救急隊員の指示に従って、ハンズフリーにして彼を後ろから抱きしめるような形で心臓マッサージをした。でも彼は、身長180cm、体重も70kgを超える大きな人だった。私ごときじゃ、全く動かせなかった。それでも一生懸命彼を抱きしめながら、彼の名前を呼び続けた。そしたら一度、”ふぅー”って彼が息を吐いた。”今息しました。生きてます。まだ生きてます。早くきてください”iPhoneに向かってそう必死で叫んだのは覚えている。

気がついたら、救急隊員の人が二階に駆け上がってきた。酔っ払ってコンビニにいったから鍵をかけずに寝てしまっていたらしい。その場を救急隊員の方に任せ、近所に住む義父に電話をかけた。義父はすぐに家に来てくれた。

彼の着替えをもち、パジャマから着替え、私は救急車に乗り込んだ。心臓マッサージと酸素吸入を繰り返していたが、彼が目を覚ますことはなかった。私の心臓は、口から出るんじゃないかってくらいバクバクと動いていて、息も上がったままだった。何もできず、ただただ彼のそばにいるしかなかった。病院に到着し、彼は処置室に運ばれた。控室の冷たい長椅子に座り込み、震える手をさすりながら、神様どうか彼を助けてくださいと祈り続けた。でもその祈りは届かなかった。彼は死んだ。

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