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この恋は終わりを知らない #月刊撚り糸 (2021.7.7)

「知り合いが言ってたんだけどさ」

言いにくそうに、綾は私の目を見つめた。
夜勤明けの水曜日の朝。
綾の視線に、心が痛む。

「どうかした?」

本当は、綾が言おうとしていることは聞かなくてもわかっていた。
蓮のことだ。
最近の蓮には、他の女性の影を感じることがある。
いや、もともと、蓮には私以外の彼女がいるってことはわかっている。
だけど、そのもともと感じてた彼女の存在とは、明らかに違う雰囲気を最近の蓮からは、感じるようになった。

蓮は、私といるときは、きちんと私だけを愛してくれている。
あれ以来、私はマスタード色のマニキュアを塗るのはやめた。
その代わりに蓮がプレゼントしてくれた優しい色合いの小さな石がついたブレスレットを身につけていた。

「うん、この間、蓮くんを見かけたって言ってる人がいて」
「うん」

綾以外に、蓮の顔を知っている人は、病院の中でも数人しかいない。
たまたま、蓮が私を迎えにきてくれたときに、その場に居合わせた看護師仲間くらいだ。
だからと言って、それをわざわざ「知り合い」と言葉を濁すのは、きっと綾自身が蓮のことを見かけたんだろう。
私以外の彼女と一緒に過ごす蓮のことを。

綾は、看護師仲間の中でも格段に記憶力がいい。患者さんの顔と名前も一度で覚えるくらいだ。あやふやなことを、告げ口するタイプでもないし、見かけたのも、間違いなく蓮だったんだろう。

「ふぅんって、うまくいってないの?」
「そんなことないよ。ただ私は、私とふたりで過ごしてるときの蓮以外には、興味がないから」

一度は、別れようと思った。
あのマスタード色のマニキュアをゴミ箱に捨てたときに。
だけど、不思議とアレを捨てたら、心が解放されたんだ。
私と過ごすその貴重な時間に、蓮が誰よりも私を愛してくれたら、それでいいって。

だって、蓮はどんな時だって、私の名前を呼び間違えたりしない。
何人も彼女がいたりしたら、一度くらいは違う女の名前を呼んでしまうようなミスもするだろう。その時がジ・エンドだって思っている。
だけど、蓮は絶対に私の名前を呼び間違えたりしない。
それだけで、きちんと愛されていることがわかる。それ以上求めても、何にもならない。

「愛してる」なんて、蓮と私には必要のない言葉だ。

「蓮くん、二股かけてるんじゃないの?」
「本当は、知り合いが言ってたんじゃなくて、綾が見かけたんでしょ?」
「あ、うん、ごめん」

心配そうに、綾が私の顔を覗きこむ。
私は綾に気持ちを悟られないように、明るい空を見上げた。

「蓮は、一途な人だから」
「真帆はそれでいいの?」
「大丈夫よ、私もちゃんと、愛されてるから」

いつかこの恋の呪縛が解ける時は来るんだろうか?
わかってるの。蓮に愛されてるのと同じくらい、蓮が私以外の女を愛していることも。

それに、私は知っている。
私が蓮から離れられないんじゃない。
蓮が私から離れられないんだ。

愛しあう理由なんて、いらない。
ただ、ふたりが同じ場所で触れ合ったら、この想いが止められないだけ。


このシリーズは連作となっています。よろしければ上記マガジンよりお楽しみください。

2021.7.7

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#知り合いが言ってたんだけどさ #月刊撚り糸

いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。