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おせっかいの誕生日

人生には、少しの悲しさがついて回る。

乗り込もうと思った環状車両が目の前で扉を閉めて、
発車していく。


世界は私を受け入れていないのかな?

この私の誕生日だというのに、世界は優しくない。

誕生日がおめでたくて特別なのは、
ごく一部の人間と幼いうちだけである。

一般人間の誕生日より、カレンダーの暦のほうがよっぽど効力を持つのである。


そんなネガティブシンキングをして、
15分後発の車両を待った。

私の待つ駅は終点であり始発だ。

これだけ早く並んでいれば確実に座れる。

その期待だけを胸に、私は15分を耐え凌いだ。


扉が開いて、さあどこに座ろうか。

残念ながら、私は一番乗りではなかった。

いるはずのない、坊やが座っていた。
始発駅なのに。
目を瞑って、座っていた。

車掌さんは点検しなかったのか?
多少の懐疑心を持ちながら、素通りしようとした。

でも、性懲りもないお節介な性格が邪魔をした。

この子がもし倒れていたらどうしよう。
気を失ったり、今すぐにAEDが必要な状況だったりしたらどうしよう。


周りの大人の流れに逆らって、
坊やの座る椅子の前にしゃがみ込んだ。

「おはよう、おきて」

声をかけても起きるそぶりはなかった。

一応、首元で脈を測った。
大丈夫。ただ寝ているだけのようだ。

体を少し揺らすと、坊やの目は覚めた。


イケメンである。


小学校低学年の子にこの感想はおかしいと思うが、
とても綺麗な顔立ちをしていた。

ソフトバンクの坂東投手に似ていたので、
以下「ゆうごくん」と呼ぶ。


「おはよう、寝てた?」

「うん…」

事態が掴めていない顔をしている。

「どこで降りるか、わかる?」

「えっと、〇〇で…」

車掌さんが来た。

「いやーすみません、見落としてたみたいで!
僕、そんなところにいたんだね」

見落とすにはあまりにも大きい気はするが、
私は目の前のゆうごくんが今にも泣き出しそうな方が
気になった。

「姉ちゃんの駅の隣の隣だ、一緒に帰ろうぜ!」


小さい男の子と接するときに決めていることがある。
なるべく、同世代の同性のお友達のように接する。
それが、子供好きの私が編み出した仲良くなる方法だ。


ゆうごくんは、頷いた。

外の景色を見て、瞳がさらに潤んだ。

おそらく、知らない車窓の景色が、
恐怖心を煽ったのだろう。


発車ベルが鳴って、ゆうごくんの小さな冒険は始まった。


考えたら自分は地理好きで、
寝過ごしてもなんとなく帰り方が分かってしまう
ラッキーな子供だった。


でも、今の子供にはやらなきゃいけないことが多い。
時間がない。

ゆうごくんの体重の半分くらいあるリュックに触れて、
それはわかった。


「今日はなにしてたの?」

「えっとね、朝から塾だよ」


人間はよくよく自分を何かに重ねる。


幼稚園から大学まで
全てのタイミングで受験を経験した私には、

彼が遊びたい気持ちを押し殺して
机に向かっている姿を想像するのは、容易だった。

朝早くから始まる塾の講習。

疲れて寝過ごしてしまう、そんなこともある。


ついに、大きな瞳から涙が溢れた。

「どうしたん」

周りの視線を集めないように、
なるべく普通のテンションで聞いた。

「ここ…どこかわからない…」

それでも、泣いてる子供だ。

周りの視線は集まる。


混み合う車両で、もう一度しゃがんだ。

自分のために買ったケーキが崩れてでも
ゆうごくんが泣き止んで欲しかった。

つくづく、私は情に弱すぎる。

「あと10個の駅だから、一緒に数えよう」

ゆうごくんに耳打ちした。

いい子だから、すぐに頷いてくれる。

ただ、そんな言葉じゃ子供の恐怖心は拭えない。

涙は溢れた。


こういうときに、ちょっと笑ってくれないかなぁ。

私、いつも面白いことが言いたくて生きてるのになぁ。


不甲斐なくて、絞り出したのはこんな言葉だった。


「ほら、イケメンの顔が涙で見えなくなっちゃうぞ!
これで拭いときな!」


30点だ。
いや、出したハンカチはパステルカラーの豹柄。
やっぱり20点だ。

厚手のハンカチで顔を覆ったゆうごくん。

まだまだ駅は先だった。

もう手持ちのやり方はなかった。


満員の車内ではぐれないように、
ほとんど屈みながら手を繋いだ。


私の手の温もりが、
どうか不安を和らげてたらいいなと思った。



初めての経験をするときの感動は大きい。

RPGの一周目も、入学1日目も、
不安や楽しみの感情を持ち合わせながら
「思い出」の体感は
色濃く輪郭をはっきりとさせる。


忙しい日々の中で、
遊びたい気持ちを抑えて過ごして、
目覚めたら知らない世界にいた。

不安になって悲しそうな顔は見たくないけど、
この経験はきっとゆうごくんに残る。

大人になったらケータイですぐ調べて
何と無くテンプレートに当てはめていく。

味気のない毎日にうんざりする、最近の私だ。

「初めて」は一度しかない。
その時に感じるものは、二度は来ない。

将来の笑い話にしてもいいし、
何かに繋がってくれればいいなと
離さないでいてくれた手を見ながら、私は思った。



結局、降りる駅まで手は離れなかった。

それでも、ドアが開くと勢いよく走り出して
ゆうごくんは降りた。

慌てて追いかけた。



気づいた時には、
ゆうごくんは大人の男性の腕の中にいた。

子供の笑顔は眩しい。
泣いてる顔よりも、うんとキラキラしている。

「心配したよ、どこ行ってたんだよ」

親心からすれば、一時間以上息子の帰りがなく
連絡もなければ、心配するのも不思議ではない。

「ゆうごくん、少し疲れていたようで。寝過ごして終点まで行っていたようです」

怪しまれないように状況の説明をした。

「ゆうご、泣いたのか?お姉さんにありがとうちゃんと言った?」

男の子は男の子だ。一応お姉さんの私に、パパやママの前でしゃべるのは少し恥ずかしいだろう。

「少しだけです。大丈夫です、とても礼儀正しい良い子でしたので…」

程なくして、ママがやってきた。

ママの顔は安堵に包まれながらも、
1秒前は顔を青くして探し回っていたのはわかった。

「本当にすみません、ご迷惑おかけして…」

すぐに謝られたが、私はそれよりもこの言葉が言いたかった。

「どうかゆっくり休ませてあげてくださいね。小さい子が塾に行くだけでもえらいですよ」


心配したじゃないの、と親が怒る様子は割と見る。
駅のホーム、住宅街、公園。

それは遊びにきりがつかなかった場合である。

ゆうごくんの場合は、遊びじゃない。


今の子供に求められるハードルは、
私の頃からは想像つかないほど高い。

低学年から塾に行くのも不思議じゃない。
さらにスポーツも、ピアノも、英会話も。

彼らに休みはあるのか?
思いっきり遊ぶ時間はあるのか?

余計なお節介だ。

ただ、なんとなく自分に重ねてしまった。

家で説教されるのだけは勘弁して欲しかった。

見知らぬ場所で味わった彼の不安さ、涙、
それでもう十分な気がしていた。


挨拶を済ませ、一人ケーキを持って帰宅した。


家には誰もいなかった。

誕生日がおめでたい時期はもう終わった。

でも、
少し高級なケーキを自分に買ってあげることはできた。


箱に無様についたクリーム。

一人の誕生日会。

でも、たぶん誰かのためにはなった1日だ。


一週間前、
どんな未来が自分に待っているかわからない
とnoteに書いた。


それは、自分に自信がなくて
誰のためにもならなくて
存在意義に疑問を唱える自分の呻きだった。

勝手な自分のお節介なのは、十分わかっている。


私は、それで生きている。


箱についたクリームを指で掬って、舐めた。

甘くも塩っぱくもない、普通のおいしいクリームだ。


誕生日は、もう1年に一度あるただの日常だ。

でも、今年の誕生日は
私にとって何か「生きること」への裏付けができた
そんな特別な誕生日だった。


お誕生日おめでとうございました。

sincerely  yours,


サポートいただいたお金の使い道①野球観戦②メイク道具です!!もしいいなと思っていただければ!