退官された山口厚先生の個別意見をまとめてみました。事案の概要と多数意見(法廷意見)も、筆者なりに要約してあります。ご意見、ご指摘も承ります。
また、個別意見引用部分の最後に、当該個別意見の付された判決/決定が掲載されているウェブページへのリンク(「裁判所公式ウェブサイト」)がございます。
なお、裁判所公式ウェブサイトにおいて「裁判長裁判官 山口 厚」で検索すると、25件ヒットすることは申し添えておきます。(とはいえ、6年間で個別意見が6件〔うち2件は重複〕だなんて、もったいないのでは……?)
Profile
東大法学部在学中に司法試験に合格し、学士助手となった。刑法研究の第一人者であり、要職も歴任している。
主な著書に、『刑法』『刑法総論』『刑法各論』『新判例から見た刑法』(有斐閣)、『基本判例に学ぶ刑法総論』『〃各論』(成文堂)、『理論刑法学の最前線』『〃Ⅱ』(共著・岩波書店)がある。
補足意見
最判平成30・3・22(LEX/DB 25449341)——詐欺未遂被告事件
〈事案の概要の概要〉
被告人は、氏名不詳者らと特殊詐欺を共謀し、警察官に成りすました上で、被害者方付近まで赴いた。被害者は、既に錯誤に陥っており、あとは被告人が現金を受け取るだけで計画は完遂されるところであった。
〈法廷意見の概要〉
「本件嘘の内容は,その犯行計画上,被害者が現金を交付するか否かを判断する前提となるよう予定された事項に係る重要なものであったと認められる」。
「本件嘘には,預金口座から現金を下ろして被害者宅に移動させることを求める趣旨の文言や,間もなく警察官が被害者宅を訪問することを予告する文言といった,被害者に現金の交付を求める行為に直接つながる嘘が含まれており,既に100万円の詐欺被害に遭っていた被害者に対し,本件嘘を真実であると誤信させることは,被害者において,間もなく被害者宅を訪問しようとしていた被告人の求めに応じて即座に現金を交付してしまう危険性を著しく高めるものといえる」。
「このような事実関係の下においては,本件嘘を一連のものとして被害者に対して述べた段階において,被害者に現金の交付を求める文言を述べていないとしても、詐欺罪の実行の着手があったと認められる」。
〈山口厚の補足意見〉
最決令和2・1・27(LEX/DB 25570677)——児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律違反被告事件
〈事案の概要の概要〉
被告人は、不特定又は多数の者に提供する目的で、「実在する18歳未満の者が衣服を全く身に着けていない状態で寝転ぶなどしている姿態」の写真を素材とするCG画像を作成・保存していた。
〈法廷意見の概要〉
児童ポルノ法2条3項の「児童ポルノ」とは、「写真,電磁的記録に係る記録媒体その他の物であって,同項各号のいずれかに掲げる実在する児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写したものをいい,実在しない児童の姿態を描写したものは含まない」と解すべきである。
「被告人が本件各CGを含むファイルを記憶,蔵置させたハードディスクが児童ポルノであ」る。
児童ポルノ法7条5項(現7項)「の児童ポルノ製造罪が成立するためには,同条4項〔引用者註・現6項〕に掲げる行為の目的で,同法2条3項各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写した物を製造すれば足り,当該物に描写されている人物がその製造時点において18歳未満であることを要しない」。
〈山口厚の補足意見〉
最決令和3・6・28(LEX/DB 25571620)——薬事法違反被告事件〔ディオバン事件〕
〈事案の概要の概要〉
医薬品メーカー・医科大学等が、医薬品の臨床試験の結果を水増しした論文を投稿・公開した。
(薬事法〔現・薬機法〕は、医薬品の効能・効果に関して虚偽の記事を記述する行為を規制している。本件では、学術論文の投稿・公開が規制対象であるか〔=顧客誘引の手段として行われたといえるか〕が争われた。)
〈法廷意見の概要〉
保健衛生の向上という薬事法の目的・趣旨、我が国における医薬品等の広告規制の沿革等に照らすと、薬事法「66条1項〔引用者註・現薬機法66条1項〕は,商品・製品である医薬品等の効能,効果等に関し,虚偽又は誇大な情報を発信することにより一般消費者等の需要者又は医薬品を処方する医師等の認識を誤らせ,適切とはいえない医薬品等を選択させ摂取等をさせることによって保健衛生上の危害が生ずることを防止しようとする趣旨である」。「同項の規制する「記事を広告し,記述し,又は流布」する行為は,特定の医薬品等に関し,当該医薬品等の購入・処方等を促すための手段として,不特定又は多数の者に対し,同項所定の事項を告げ知らせる行為をいう」。
「同項該当性の判断に当たっては,特定の医薬品等に関する告知がその受領者によりどのようなものとして受け止められるかが重要であり,同項の規制する特定の医薬品等の購入・処方等を促すための手段としてされた告知といえるか否かは,当該告知の内容,性質,態様等に照らし,客観的に判断するのが相当である」。
本件各論文は、「研究者らを著者とし」、「通常の学術論文の作法に従って作成されたものであ」り、投稿先の雑誌は「いずれも査読を要する医学分野の専門的学術雑誌である」。「このような本件各論文の内容,性質,本件各雑誌の性質等に照らすと」、「本件各論文の主な読者層は研究者や医師等の医学分野の専門家であると想定され,本件各論文の本件各雑誌への投稿,掲載は,……同一分野の専門家らに向けた学術研究成果の発表であるといえる」。そして、「専門的学術雑誌における学術研究成果の発表は,同一分野の専門家らによる検証・批判にさらされ,批判的意見も含む議論を通じ、その内容の正当性が確認されていくことが性質上当然に予定されている」。
「以上によれば,本件各論文の本件各雑誌への掲載は,特定の医薬品の購入・処方等を促すための手段としてされた告知とはいえず,薬事法66条1項の規制する行為に当たらないというべきである」
〈山口厚の補足意見〉
最判令和4・6・9(LEX/DB 25572177)——業務上横領被告事件
〈事案の概要の概要〉
業務上の占有者でない被告人が、業務上の占有者である者と共謀して、勤務先の資金を横領した。
(業務上横領罪が成立し、横領罪の刑が科される。ここで、どちらの罪の法定刑が公訴時効の基準となるかが争われた。)
〈法廷意見〉
「公訴時効制度の趣旨は、処罰の必要性と法的安定性の調和を図ることにあり、刑訴法250条が刑の軽重に応じて公訴時効の期間を定めているのもそれを示すものと解される。そして、処罰の必要性(行為の可罰的評価)は、犯人に対して科される刑に反映されるものということができる。本件において、業務上占有者としての身分のない非占有者である被告人には刑法65条2項により同法252条1項の横領罪の刑を科することとなるとした第1審判決及び原判決の判断は正当であるところ、公訴時効制度の趣旨等に照らすと、被告人に対する公訴時効の期間は、同罪の法定刑である5年以下の懲役について定められた5年(刑訴法250条2項5号)であると解するのが相当である。これによれば、本件の公訴提起時に、被告人に対する公訴時効は完成していたことになる。」
〈山口厚の補足意見〉
意見(結論に賛成、理由に反対)
なし。
反対意見
最決令和3・6・9(LEX/DB 25571572)——強盗致傷,犯人隠避教唆,犯人蔵匿教唆被告事件
〈事案の概要〉
不明。
〈法廷意見〉
「犯人が他人を教唆して自己を蔵匿させ又は隠避させたときは,刑法103条の罪の教唆犯が成立すると解するのが相当である(最高裁昭和35年(あ)第98号同年7月18日第二小法廷決定・刑集14巻9号1189頁参照)。被告人について同条の罪の教唆犯の成立を認めた第1審判決を是認した原判断は正当である。」
〈山口厚の反対意見〉
最決令和5・9・13(LEX/DB 25573051)——傷害致死、傷害、証拠隠滅教唆被告事件
〈事案の概要〉
不明。
〈法廷意見〉
「なお、犯人が他人を教唆して自己の刑事事件に関する証拠を隠滅させたときは、刑法104条の証拠隠滅罪の教唆犯が成立すると解するのが相当である(最高裁昭和40年(あ)第560号同年9月16日第一小法廷決定・刑集19巻6号679頁参照)。被告人について同罪の教唆犯の成立を認めた第1審判決を是認した原判断は正当である。」
〈山口厚の反対意見〉
以上