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論証集販売の疑問〜「〈論証集〉集」に代えて

(註・一部の措辞を修整し、最後の2段落を追加した〔2023-10-10〕。)

 noteやTwitterにおいて、〈論証集〉を販売される方がいらっしゃいます。当初は「〈論証集〉集」と題して集約しようかとも考えましたが、疑問が浮かんだため、オピニオン記事にします。

〈論証集〉とは、法律の論文式試験において書けたほうがよい論証を定型化し、体系的に並べた文集です。法学徒/受験生にとっては大助かり、法学者/採点者にとっては大迷惑という代物ですが、理解を疎かにしない限りは有用なはずであり、筆者は肯定派(多数説)です(ただし実際に使用するかは別)。司法試験予備校が制作・刊行しているもの(以下「予備校論証集」といいます。)を適宜加筆・訂正しながら使用したり、基本書や体系書等の教科書(以下、単に「教科書」といいます。)を参考にイチから自分で作成したりするのが一般的かと思われます。

 ところが、自作の論証集を一般向けに公開し、あまつさえ販売しているとなると、疑問があります。

 第1に、クオリティは高いのでしょうか

 管見の限り、noteで自作の論証集を販売されている方は、司法試験または予備試験に合格されたばかりの方(個人)が大勢を占めます(以下、合格者が制作した論証集を「合格者論証集」といいます。)。そのため、経験則上、その全体を深く読み込めている教科書の数は、1科目につき数冊程度である可能性を拭えません。制作期間も、合格によほど時間のかかったベテランさんでもない限り、長くはないはずです。

 他方、司法試験予備校は、論証集等の教材を制作するにあたって、1科目につき何十冊もの書籍を読み込み、参照していると考えられます。また、論点の取捨選択や表現の工夫につき、受験生を指導する実力のある人物が複数人で協議することもあるはずです。制作期間も、受験指導におけるノウハウの蓄積を利用していることも考慮すると、実質的にはかなり長い期間をかけているといえるでしょう。(cf.伊藤塾の教材制作バイトの募集ページアガルート自身によるアガ論証集の宣伝

 このように考えると、参考文献リストが開示されていない合格者論証集のクオリティは、予備校論証集のそれを上回らないのではないかと思うのです。

 もちろん、合格者が制作したものである以上、合格者論証集も最低限のクオリティは担保されているとみてよいでしょう。問題は、よりクオリティの高そうな論証集を差し置いてまで購入する価値があるのか、です。

 そして、当該問題がクリアされていても、第2の問題が立ちはだかります。実は、「〈論証集〉集」の作成を見送ったいちばんの理由はここにあります。すなわち、合格者論証集が他人の著作権(複製権、送信可能化権、翻案権等)を侵害せずに制作・公開されたものであるという保証がないことです。

 実際に論証集やまとめノートを作成した経験のある方は心当たりがあろうかと思いますが、いち受験生がオリジナルの論証を考案しようとしても、それは至難のわざなのです。数える程度なら可能かもしれませんが、ある科目の全範囲ともなると、精々、教科書の記述を引き写すくらいしかできないものです。

 また、前述のとおり、合格者論証集は制作期間が短いのではないかとの疑念が拭えません。短期間のうちに——特に全科目の――論証集を制作した可能性が低くはない以上、合格者論証集の実態が教科書の記述の引写しである可能性もまた低くはないと考えるべきでしょう。そして、だからといって〈参考文献〉として挙示された典籍をいちいち検証するのは骨が折れますし、そんなことができるのであれば自分で論証集を作成する方が勉強になります(本末転倒)。

 さらにいえば、仮に、合格者論証集が他人の著作物を違法に利用して制作されたものであれば、それをダウンロードする行為は、〈漫画村〉で読み漁る行為と本質的に大差ないように思えます。それによって法的責任を追及される可能性は現実的には低いとはいえ、倫理上は差し控えるべきではないでしょうか。(なお、予備校論証集を基礎としている合格者論証集を公開する行為の法的リスクにつき、studyweb5「論証を公開するリスクについて」もご参照ください。)

 それにひきかえ、予備校論証集は、著作権侵害の事実が発覚すればシェアを減らすことにもなりかねませんし、事業者は個人と比べて損害賠償請求や告訴のリスクが高いため、そのあたりは神経を尖らせていると推測できます(資格スクエアという例外もありますが、ある事業者が不法な行為をしていたという事実から、同業者も同様の行為をしていると直ちに推定することはできないでしょう。)(少なくとも、匿名/変名の個人よりはレピュテーション・リスクを気に掛けるインセンティブを見出せます。)。

 結局、予備校論証集の方が比較的に〈安全〉なのではないでしょうか。

 以上の次第で、筆者は合格者論証集をあまり信頼していません。筆者の学修スタイルは理解が中心であり、論証集はほとんど使用していないのですが(このスタイルも限界は感じている)、使用するとしても、伊藤塾やアガルートのものにするでしょう。そちらの方が無難かつ安全で、実績もありますから。

 なお、念のため申し上げますと、筆者はあくまでも、合格者論証集を売るな/買うなと主張しているのではありません。その教材は価額に見合う価値があるか、そして、将来の自分に還元される取引となるかを、慎重に判断していただきたいという切なる願いがあっての記事です。

 販売者の皆さまには、ぜひ、教材の制作・販売もまた教育活動の一環であるとの認識を強め、論証集の制作過程を詳説していただけたらと思います。

以上

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