「 思い出の 」
今、都から少し離れたところをゆっくりと歩いている。そよ風が吹き、花と樹々が揺れ、合いの手を挟んでいる。悪くない。
後ろから、背中に大きな荷物を背負った黒馬がゆっくりと歩いてくる。大きいとは言えないが全身に鍛えられた筋肉の光沢がある。眼光は鋭く目の奥に忘れられた哀しさを光らせている。それはそれで、恍惚な美しさなのかもしれない。荷物は体の倍以上ある。太いロープで様々な色の少し汚れた布に巻かれた荷物がグルグルと巻きつけられけっして外れないようにしてある。時折、次に踏みしめるべき道をしっかりと見定めながらバランスが崩れないようにしっかりと踏みしめて歩いている。それでも歩くのが早い。追い抜かれる直前、少し興味が沸き話しかけてみることにした。
「重そうだね、」
「ああ、」
「お届け物かい?、」
「そんなところだ、」
「どこまで運ぶんだい?」
「最後まで、だ、」
「大変な仕事だね、」
「まあな、」
黒馬のスピードに合わせ歩くにはチョコチョコと早歩きをしなければならない。黒馬と黒猫か、外から見れば滑稽だろうな、と感じながらも同じペースで歩くことにした。
「この道はさ、終わりはあるのかい?」
「そう聞いてる、」
「誰にだい?」
「覚えていない、」
よく見ると意外と歳がいっている。強い生命力がそう感じさせないのだろう。
「ずっとこのペースで歩いているのかい?」
「荷物を背負ってからはな、昔はずっと走っていた、」
「走るの早そうだものね、」
「早かったさ、早すぎたくらいだ、」
「だからそんな荷物も背負えるんだね、」
「かもしれないな、」
風は相変わらず優しく緑を揺らし音を奏でている。
小さな蝶が三匹ヒラヒラと遊んでいる。
「花は好きかい?」
「ああ、」
「だろうと思ったよ、」
「お喋りな猫だな、」
「好奇心だよ、」
「そうか、」
「蝶は好きかい?」
「ああ、」
「さっきの蝶は見たかい?三匹楽しそうに遊んでたよ、」
「いや、気づかなかったな、」
「歩くの大変そうだものね、」
「そうだな。おまえはどこに向かっているんだ?」
「どこでもないさ、」
「気楽なものだな、」
「そうかな?」
風が微笑むように吹き、黒馬の体が少し揺れる。
「あのさ、」
「なんだ、」
「いいにくいんだけど、」
「なんだ、」
「背中の荷物、分けて運んだら?危ないよ、」
「わけられないんだ、」
「そう見えないけどな、」
「俺にもわからん、」
「そう、」
「じゃあさ、僕も乗っていいかな?軽いからたいして変わらないよ、」
「ああ、そのかわり、何か見えたら教えてくれ、」
「高いところのほうがよく見えるものね、いいよ!」
片耳の白い黒猫は、準備していたかのように、ぴょんと跳ね、ロープに前脚をひっかけたかと思うと、そのままてっぺんまで上った。
「なかなか眺めがいいよ、」
「それはよかった、」
「あんな所に川があったんだね、」
「ああ、お前には見えなかったのか、」
「軽いけど、小さいからね、」
「そうだな、」
黒猫はキョロキョロと眼を輝かせながら周りを見ている。
「あのさ、」
「なんだ、」
「この荷物、どのくらい運んでるの?」
「さあ、雪を数十回程見たな、」
「荷物を一度もおろさずに?」
「ああ、おろしたらバラバラになってもう積めないらしい」
「中身大丈夫なの?」
「さあな、それは役目じゃない、」
「そう、」
湖から大きな白い鳥と灰色の大きな鳥が飛び去って行く。
「花は好きかい?」
「またか、さっき言っただろう、」
「だよね、」
「今、僕見えてる?」
「荷物のてっぺんまでは見えやしない、声だけだ、」
「だよね、じゃあもしかしたら気づいてない?」
「何を?」
「背中のお花、」
黒馬がゆっくりと足を止めた。
「はな?、」
「うん、背中の荷物の上、たくさん小さな花が咲いてるよ、」
「そうなのか、」
「初めて見たよ、こんな綺麗な花、」
「そうか、」
「荷物ってお花かと思った、」
「枯れるだろ、」
「そう、だから不思議だったんだ、」
「さっき湖から鳥が飛ぶのが見えたよ、映して見てみたら?休憩しよう!」
「そうだな・・・少し休むか、」
ゆっくりと湖のほうへ歩いていく。
道なき道を、雑草を踏みしめて、歩いている。
その重たい体の足跡で草むらの花が揺れ、蝶が舞う。
「いろんな蝶が荷物に集まってきたよ、」
「ああ、気づかなかった、」
「よかったね、」
「ああ、」
「綺麗だよ、」
澄んだ湖が太陽の光を反射し、銀色に輝いている。
言語解釈-言語化-
解釈と言語化を同じにしてしまうと伝わらない。
・・・
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