ヴァサラ幕間記12
4 青年ヴァサラと商人の問い①
お嬢様と天狗が飛び去った後、そう言えばあいつ手筈を整えたとか言ってたと思い出したヴァサラは大通りで旅商人を待つことにした。実はあいつらのこと全然知らないぞと今更ながら気付いたのだが、当事者が自分一人しか残っていないからにはヴァサラが説明するしかない。
どんな男が来るのかと思っていたら、やって来たのは好々爺然とした老人だった。ヴァサラとの共通点といえば白髪ぐらいしかない。
おい天狗、いくらなんでも目ぇ悪すぎだろ。
というか、そうであって欲しいと思いながら事情を説明すると、
「なるほどそんなことが。そりゃあなた、良いことしましたね」
と老人はあっさりしたものだった。二人について何か勘づくところもあったようなので、ヴァサラがしたことも少し時間が早まっただけなのかもしれない。
ヴァサラの隣を歩きながら、老人はお嬢様の話をした。
「あそこのお嬢ちゃんは昔から知ってるんですよ。民族模様の刺繍がそりゃあうまくて手先も器用でねえ。お嬢ちゃんの作った髪飾りやカバンとかね、こっそり預かって売ってるんですよ。なかなかの売れ行きですよ。どこに行くかは聞いているんでね。まあまあ、また受け取りに伺いますよ」
老人は、今はのんびりと、気に入った個人の商品や作品だけを扱っているらしい。アクセサリーや布もあれば化粧水や薬品もあり、売り物の種類は雑多だ。
老人はヴァサラの方を向くと眼下を指差した。
「ほら、これが世界最大のバザールですよ」
無国籍市場は今いるところから十数メートル下に、山間の岩場を埋めるようにあった。様々な色や大きさのテントが隙間なくキルトのように並ぶ。売り子は人種や種族が様々なようで、服装や肌色、姿形まで千差万別だった。
坂道を半ばまで降りると、ここら辺では見ない服装の女性が声をかけて来る。
「あら。おじいさん久しぶりです。この前はありがとうございました」
女性はかなり南の国から宝石の原石を売りに来ているらしい。そのまま二人で話し込んでいるので一人で先に降りてみることにした。
まるで祭りで屋台が並んでいるようだ。テントの間を歩いているだけで活気に当てられ、何となくワクワクしてくる。見たことのない楽器や謎の置物、原色の果物や派手な鳥などを見て回っていたヴァサラだったが、目端に怪しい動きをする人影が映った。
その少年は体格の割にはダボついた服を着て、ポケットに両手を突っ込みながら店を見て回っている。時々大人たちの間に姿を隠し、少し離れたところで姿を現す。ヴァサラはその動きを確認すると気配を消して近づき、そっと傍に身を寄せた。
少年が万引きしていたのは小さな木製のおもちゃやちょっとしたクッキーなどの本当につまらない物だった。この大規模市場ではいくらでも売っていそうで、盗まれた店を探す方が大変なくらいだ。少年の盗品を手で弄びながら待っていたヴァサラに、やって来た老人は声をかけた。
「犯人を捕まえないんですか?」
「うまく逃げられたな」
即答したヴァサラの返答に、
「あなたならすぐに捕まえられるでしょうに」
重ねて言った老人は雑踏を見つめながら続けた。
「ちょっとした物を盗まれ続けたせいで潰れる店もある。でもあの少年にも生死に関わる事情があるかもしれない。確かに難しい」
老人は一旦言葉を切ると、ヴァサラを見上げた。
「ヴァサラ様。あなたは私の出身地に来た事があります。それからずっと、私はあなたに聞いてみたかった。『正しいこと』とは一体何でしょうか」
老人の出身地である村は、近隣のいくつかの村をしょっ中襲っていた。いつか大きな争いの火種になりそうなその村を、王としては粛清して欲しかったに違いない。だが村の食糧事情が悪いこと、襲いに行くのは何人かの頭領を中心とした決まったグループであること、そして奪いはするが人殺しはせず、奪う家も選んでいるようなのがヴァサラは特に気になり、まず村の調査をすることにした。その結果、食糧の支給さえすれば襲撃が止む可能性が高いと考え、襲撃に携わったグループの頭領以下数人のみ罰し、定期的に食糧と共に兵士を送り、村の監督をしながら様子を見ることにした。
ある飢饉の年、その村のみ食糧に余裕があり近隣の村が食糧不足という状態に陥った。その時、監督中の兵士から、村の青年が備蓄を切り崩して近隣の村に分けようとしていると聞いて少し嫌な予感はした。自分たちの村からかつて奪っていた者が、国の保護の結果である支給された食糧を持って訪れること。それは人によっては非常に不愉快なのではないかと思ったのだ。
その予感は残念ながら当たった。しばらくして青年は遺体として発見された。その遺体が青年だと分かるまで時間がかかる程に原型を留めていなかった。
結果として、ギリギリで保たれていた平和は崩れた。戦火は辺り一体に広まり、関わった全ての村は取り潰された。
「息子はあなたの温情ある処置に大変感謝し、あなたを尊敬していた。だから奪い合うよりは協力し合おうと、備蓄の切り崩しを半ば強引に進めた。そんな息子にほとんどの村人は反発していましたから、息子1人が食糧を村々に運ぶしかありませんでした。私たち家族は村に居場所がなくなったし、何より息子が殺されたような場所に残りたくはなかった。だから旅商人になりました」
誰もが正しいことをしたはずなのにどうしてあんな結果になってしまったのか。
老人は多分、本当に分からなかったのだ。
何かのせいでそうなって、自分はその何かに釈然としない苛立ちを覚えている。でもそれが何か全然わからないので、当事者で一番上の立場だったであろうあなたに問うしかない。そんな感じだった。
しかしヴァサラには、それに即答できるような答えを持っていなかった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?