2020年4月30日の日記「思想の無免許運転」

 最近、とある芸能人が割と引くレベルの問題発言をして大炎上していた。差別意識や危険な思想の1つや2つは誰でも持っていて、そういったものは大概無意識に心の内にこびり付いているものだがら(恐らく僕にも無数にある)、自身の意見を発言する機会が一般人と比べて極端に多い芸能人たちが、時々、問題発言で炎上してしまうの、純粋に確率の問題な気がして少し可哀想ではある。

 松本人志が20年程前、自身の発言(何らかの批判を受けた意見)をスピード違反に例えて話していたことを思い出した。以下、意訳。スピード違反と言うけれど、あれは厳密に言えばスピード出し過ぎ違反。けど、俺に言わせればスピード出さない違反も存在する。スピードを出して(問題発言をして)批判される人とスピードを全く出さない(自分の意見を一切話さない)人の罪は同等だ。

 この言葉、割と現代にこそ刺さる含蓄ある言葉の気がする。あまり深くは掘り下げないが。

 この手の話題をどこまで掘り下げて話すのかって、結構慎重になるべきボーダーだ。今はまだセーフだろうが、潜れば潜るほど、僕の中にある潜在的な差別思想に到達する確率が上がって、どこかで火傷する。いや、セーフと言ったが気づいていないだけで、もうアウトラインを越えているのかもしれない。
 この考えも松本人志に言わせれば、スピード出さない違反に当たるな。
難しいぜ、ちょうどいいスピードを出すの。

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