ニコチンが彼氏すぎて困ってます-第一話-

午後2時、兵庫県の三ノ宮駅。
僕は今、炎天下の中をあてもなく歩いている。8月も終わりのこの時期に長時間外を歩くことなど自殺行為だ。

ではなぜこんなことをしているのか。そう、喫煙所が閉まっているのだ。三ノ宮駅にはCLUB JTによると喫煙所が設置してあるらしい。だが、閉まっているのだ。ヤニカスにとっては水よりも大切な喫煙所が、今閉まっているのだ。

新型コロナウイルスと健康促進(笑)とかいう国の方針に中指を立てながら、炎天下の中、煙を立てる場所を探している。

こうなった時のヤニカスのセンサーは敏感だ。喫煙所があるかどうかを雰囲気で見分けられる。しかし、そのセンサーも限界だ。脳内がタバコの3文字で埋め尽くされている。
もういっそ路上喫煙してしまおうか?ただ、やはり足元の過料1000円の文字が目に入る。1000円あればタバコ1.6箱買える。実質32本の束吸いだ。おそらく致死量を超える。

そうして明らかに熱中症ではないグロッキーさをまとい彷徨い歩いていると、そこには中華街があった。私は勝利を確信した。中国人はタバコを吸うのだ。
ここからは嗅覚を使う。香ばしい中華の香りに紛れるタバコの匂いを嗅ぎ分けるのだ。トムとジェリーでいい匂いに釣られてジェリーが空を飛ぶシーンがあるが、まさにその状態だ。ある程度ニコチンが肺に沈着すると、この特殊能力が手に入る。

ここで私は大きな誤算をしていた。意外と中華街は狭かったのだ。そうして喫煙所は見つからず、最悪な場所にぶち当たってしまった。そう、商店街だ。商店街には基本的に喫煙所はない。置くスペースがないのだ。しかし、希望はまだ残っている。昔ながらの喫茶店には、一部喫煙可能な場所がある。そこだ。そこしかない。喫茶店だ。喫茶店を探せ。

だがしかし肝心の喫茶店がない。この街は茶すらしばけないのか。さすがに人間を舐めている。もうそろそろ限界は近い。ウルトラマンの胸のライトが点滅するように、ライターの火をつけては消す。ニコチンの星に帰らねばならない。

もう終わりかとおもったその時、喫煙可の3文字が目に飛び込む。ありがとう。ありがとう。本当にありがとう。心に温かいものが湧いてくる。
なるほど、これが恋か。脳内ではLove so sweetが流れている。どちらかいうとLove so smokeだ。
僕は今までのグロッキーさが嘘のように、ダチョウのような足取りで向かう。ありがとうエクセルシオール。おそらくこの時の僕はウサインボルトよりも速かった。

アイスコーヒーを頼み、足早に喫煙スペースへ向かう。うまい。ありがとう。本当にありがとう。僕は思わず手を合わせる。当然のチェーンスモーク。10mgの連続、流石に喉へのダメージは大きいが、細胞がニコチンを求めている。

深々と頭を下げ、喫茶店を後にする。ありがとうエクセルシオール。ありがとう株式会社ドトールコーヒー。

そうして究極のエクスタシーを得た僕は、外へと出た。そこで空腹に気づく。せっかく通った中華街、ぜひ食べにいこうではないか。そう通った道を引き返してみると、喫煙珈琲なる店を見つける。その後2〜3個の喫煙所を見つける。あまりの吸いたさに、視野が狭くなっていたのだ。喫煙の2文字を見落とすとは、それほど限界だったのだろう。

これは旅先での出来事であったが、一つの知見を得ることができた。それはタバコへの愛である。

本来であれば空腹の時間に、それを忘れ、喫煙所を探し彷徨った。要するに、タバコ欲が三大欲求を上回ったのである。これはもう、恋ではない。愛だ。アコムのcmで大地真央に「そこに愛はあるんか?」と言われれば、迷わずタバコを懐から出す。
これはもう彼氏である。彼女枠は一応残しておくが、正直どちらでもいい。堀北真希にタバコやめたら付き合うといわれたら、迷わず煙を顔に吹きかける。

このお話は、そんな僕と、ニコチンという彼氏の、どこかメンソールを感じる、苦いラブストーリー……

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