クラブの顔のいい男店員特有の哀愁
起き抜けに飲んだ薬が効いてるので、身体がいやにふわふわしていて、頭が温泉に浸かったみたいに熱い。
どう考えても低音バリバリのやかましい店で働くには向いてない体調だ。自分でわかる。
パチンコ屋でも身体が慣れるのに一月は余裕でかかったと思う。
けど、クラブのしんどさは、立ち込める煙草の煙とか、チカチカする照明と爆音とか、そういうことだけじゃないんだよな。たぶん。
ナイトクラブで働いてから明確にわかったことは、書店だろうがナイトクラブだろうが、みっともない人間はみっともないということ。
で、そういう人の方がたぶんみっともないまま図太く生き長らえるということ。
孤独で醜悪なジジババにげんなりしたから愛しの書店から爽やかに性欲を露わにする若者が集うであろうクラブに鞍替えしたのに、望んでもいないVIPのスタッフになってしまい、結局酒で気が大きくなったおっさんとVIPというだけでホイホイ来た女の子を8時間見続けなきゃならなくなってる。VIPホイホイ。
苦痛以外のなにものでもない。最低賃金でやることではないだろどう考えても。
書店に一年近くいて飽和しきっていた自分が望んでいた通り、確かに発見も刺激もある、面白いバイト先だけど、もやつき度が尋常じゃね~真顔になるのを止められね~。
てかシンプルに身体に空気が合ってね~。ただでさえすぐに体調を崩すし喉を痛めやすい特質なのに、ほんと喉痛すぎてしんじゃう……。
気をつけていないとすぐに貧血になりそうになるから、まじでそもそも身体が合ってないんだと思う。頑丈な肉体を持っていない自分が恨めしい。繊細なのは心だけで手一杯なのに。
だけどもう面白そうと思えたバイトはだいたい学生のうちにやってしまったので、社会人になるまでの数ヶ月はクラブでいいかな。
イルカの調教とかアルバイトでできるのだろうか。ほんとはペットトリマーとか、レンタル家族的なのも気になるんだけど。
今晩は祝日ということもあって、醜悪な男女は少なかった。祝日前夜にシフトを入れないで本当によかった。これからも土曜と祝日前夜は絶対にシフトを入れないでおこうと思う。
わたしの属するクラブは、どうやら一割ぐらいだけど、スタイルがいいことでだいぶ補正のかかった「真のイケメン」枠が設けられていて、
今晩はそのうちのひとりの8頭身はざらにある男性社員が、とある女性客にしつこく連絡先を聞かれていた。
おそらく彼にとっては食指の動かない相手だったんだろうとわたしが邪推できるほどに、彼は相手の誘いをのらりくらりかわしていたけど、女の方はそんな対応も全然関係なさそうで、
そんなに連絡先が欲しいならわたしの周りのモテない知り合いの連絡先を教えてあげたいぐらいだよほんと。
根負けしたのか仕方なさげに彼が名刺を渡した瞬間、女が「エーーーーーーッなにこれ!! いらなーーい!」と周りが振り返るほどに叫んでいて、めちゃくちゃに面白かった。
「名刺だよ」「名刺とかいらない! やだ!」とかいう駄々っ子のようなやりとり。
二十歳を超えた大人の女が、抱きたい男の連絡先を手に入れられなくて声を張り上げてるのを見ると、健やかだなと思う。
みんな日々これぐらい自分の欲望を声高に主張できれば、訳のわかんない病み方とかしなくてよくなるのに。
わたしも言いたい、そんな誤魔化しいらない! あなたが欲しい! みたいなことを。わかんない、わりと言えてるかもしれない。
でもあれだけ単純な衝動に任せた言動をできるのは本当にいいなー振り切ってんなー。
サークルで唯一のパリピだった先輩となんだか似ているのでこっそりシンパシーを抱いているその社員は、毎日毎日毎日毎日、女の人たちに連絡先を知りたいと、あなたと寝たいと言われてるだろうし、
これから先も毎日毎日毎日毎日、あなたとこの店以外で会いたい、あなたの特別になりたい、みたいなことを、無数の女たちから暗に言われ続けるんだろうな。すごいことだなそれって。
遊び尽くした男、もしくはその渦中にいる男の人って、なんかやっぱ基本さみしそうだよね。
羨む男の人たちも多くいるんだろうけど、女性に対してなにも期待できないような目で、誰にも本気になれないらしい笑顔で、搾取しているようで搾取されてる彼らを見ていると、いっそのことそれなりの非モテの方がいい気がしてくる。他人に期待でき、他人を信じられるという意味で。
それができない非モテはただの地獄だけど。
天国みたいな地獄を地でいく彼らを見ていると、言いようのない感傷を感じてしまう。顔のいい男だけが持ちえる哀愁、みたいなものに。
日常で顔のいい女というのはあまり見たことがないので割愛。可愛い女は沢山いる。最高。
早くお風呂に入ってぬくぬくの布団で眠りたい。煙草も酒も嬌声もレーザービームもない自分の部屋で眠りたい。
けど寝る前に朝ご飯(なのに夜ご飯)を済まし、犬の散歩をしないといけない。犬は可愛いしわたしにいろんなものを与えてくれるわりと大切な存在なので、頑張るしかない。
薄暗いクラブからの帰り道が、もうちょっと引くぐらいには秋。
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