創りごと:僕
おいおいおい。
ノートがパリパリにうねってるよ。誰?雨なのに傘をささずにノート濡らして乾かしてパリパリにしたのは。ってほどではない。
最後の一行あたりだけ、敵の字が読みづらくボケていて、その部分だけ紙の繊維が乱れている。
この位置といい、ノートのよれ具合といい、これは…
よだれです。
うとうとと居眠りできる器用さは持ち合わせていなかったので、ノートに突っ伏して寝ていた僕は、知っている。その正体が、よだれによってもたらされた産物であることを。
僕は、そーっとページをめくる。
それにしても、人の心というのは分からないなあと思う。
僕の読解不可能な言葉遊びに、眠たくなってよだれを垂らすほど、喰いついてくる人の心とは。
そんなこと、今まで誰も教えてくれなかった。嘘をついてはいけません、とか。
失敗は成功のもと、とか、とか。
そういうことは、もう分かったことにしてやる。
だからさ、次のステップを教えてくれないかなあ。
「自分で考えなさい」って聞こえてきそうだ。
ああ、耳が痛いよ〜。
敵は、僕の「始まる」「終わる」「どちらでもない」の三点突破をかいくぐり、更に論を飛躍させてきた。
敵、曰く、
“好きと言って、それだけでいいと思えることもある。それは好きと言わずに、それ以上を求めることのできない自分への言い訳だろう。”。
ふーん。
それっぽく言うの上手いじゃん。
ぼくだって、そういう分野では負けないぞ。
“好きと言って、それ以上を手に入れて、それから言い訳をすればいい。君には、それができるだろう。”
ここで、「敵」ではなく「君」と表記したのは、気を許したからでは決してない。言葉遊びの関係から、こちらの方が都合が良く、それっぽさが増すから。
よだれ攻撃をかわし、次の攻撃に備える。
もう敵は僕の手の内にある。
敵も同じことを考えているような気がした。
“僕らは、同じ掌のうえで踊っている。”
文脈なく、意味もなく、目的もなく、そう書いた。ふりをする。
この小細工は、ガラス細工より繊細で、ノートを閉じるより早く崩れてしまった。
ゲルインキボールペンの文字が、涙でにじむということを、僕はこのときまで知らなかった。