いいこと言うと相手にしてもらえる
とだけ書いてある下書きを見つけて、消すのも可哀想な気がするし、かといって何か書きたい という気にさせられるでもない。
なぜか、今、雨風が吹き荒れる高速道路を走る車の中で、これを書いている。
先日見聞きした、「不思議の国のアリス」について少し書こうかと思う。
私の知っている「不思議の国のアリス」は、ディズニーがアニメーション化したものだが、もともとはルイス・キャロルという人が書いた本である。
キャロルは、「不思議の国のアリス」よりも前に、「地下の国のアリス」という物語を書いていた。本文はもちろん、表紙から挿絵まで全部キャロルの手描きで。1人の少女に向けて。
その少女というのは、アリス。
キャロル30歳前半、アリス10歳前半(だったと思う)。
キャロルはアリスのことが好きだったんだけど、好きとは伝えず、アリスを主人公にした物語を送った。
キャロルは吃音だったらしい。成人女性に対してうまく話すことは出来なかったが、子どもに対しては、特に物語を、とても上手に話すことができたそうだ。
歳を重ねたアリスと再会したとき、キャロルはアリスに魅力を感じなくなっていたそうだ。
キャロルの専攻は数学。
大学で数学を教えた。
写真家としても評価され、少女の写真をたくさん撮った。
断片的に知ったことばかりなので、これから、もっと知りたいと思う。
「不思議の国のアリス」
人の煮え切らない思いや、腹の底に抱えた気持ちにひきつけられるものなのかなあ。
いいこと言うと相手にしてもらえるって下書きを消せないでいたのも、何かひかれる感覚があったからなのかなあ。
どんなものが込められているか知らなくても、表現物、作品に触れることはできるし、それはそれで1つの楽しみ方だと思う。むしろ純粋な楽しみ方と呼ばれるのかもしれない。
だけどやっぱり、(ママが好き〜♪じゃなくて)私は、魅力を感じることに対して、作者の表現へのエネルギーがどこから、どうやって、やってきたのか知りたいと思う。