見出し画像

創りごと:私

「僕」の暗号を、少しずつ紐解いていく。

「僕」の言うところの「敵」というのは、どうやら私のことらしい。

厳重警戒をしかれている。
会ったこともない、得体の知れない人だもんね。創造上の人物かもしれない。敵と思うのも仕方ないか。
でも、逆に何をもって私を敵とみなしたのか。

敵と呼ぶけれど、私をおちょくっているように見えるんだよね。遊ばれている。それが私を余計にむきにさせる。

“好きと言って、始まることもあれば、終わることも、どうにもならないこともある。”
という「僕」の言葉。私は転がされている。

ときどき「僕」は一人称を変えて書く。漢字一文字、たぶん「僕」の下の名前だろう。名前だから読み方は絶対にこれとは言い切れないが、そんなに読み方の多い字ではないし、検討はつく。

ジェットストリームの0.38ミリのボールペン、淡い水色のグリップを指に挟み、芯が出されてゆるゆるになったノックする部分をこめかみに小気味よく当ててみる。

指に挟んだボールペンの存在が頭の中から消える。一瞬の空白ののち、ボールペンが机でバウンドする音で引き戻される。

慌ててボールペンをつかまえる。それから、ボールペンの先と、鼻の先を近づけて、目も寄せて、間抜けな顔。「僕」の名前を呟いてみる。

「僕」の登場が、私の日常に影響を与えることはない。ただ少し、1日の終わりに、難解な文章とにらめっこして、その文字の持ち主に気持ちを預ける。

自由が、どれだけ私を不自由にするのか、いい子として、創造物として箱の中で生きてきた私が理解するには難し過ぎる。

“好きと言って、それだけでいいと思えることもある。それは好きと言わずに、それ以上を求めることのできない自分への言い訳だろう。”

そう書き留めると、ノートの上に音を立てて何かが落ちる。冷たい結晶が、溶けて流れてノートを叩く。

自分でも笑けてくるほど、自然な涙だった。