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創りごと:僕

僕の日常なんて何も起こらない。
だから何かが起きたように日記を書く。別に嘘を書き綴るわけじゃなくて、自分の中だけで起きたことが現実世界にはみ出て起こったみたいにさ。まあそれを嘘って言うのかもしれないけど。
別に意味や目的があってしていることじゃない。
もう儀式みたいなものでね。

そう、この儀式に異常事態が起きたのは昨日。
最後に書いたページにちらっと目をやってから、新しいページの頭に日付、そして書き始めるという一連の儀式。それを邪魔された。
ルーティーンを壊すやつは、僕にとって敵なんだ。敵が現れた。
僕はいつも通り、最後に書いたページを開けて自分のつなげ字、誇張すれば達筆な字をさらう。左手の親指の腹でページをうねらせながら、これもいつも通り、新しいページへ向かう。はずだった。
僕を迎えるはずの真っ白なページには、もう何かが書かれてあった。

どうして、書いてあるの。

ああ。「あ」を濁音にして入力する方法を学んでおくべきだった。ああ。目を大きく開けてどこを見るでもなく、天を仰ぐ。
どうしてくれる、僕のルーティーン。頭に血が上るのが分かる。
これは明らかに僕の字とは違う。敵だ、敵が現れた。
僕の字とは似ても似つかない、何かのフォントのような整った字。無理に取り繕った感じのしない自然で、でも正確な止め、はね、はらい。無駄に長く長く右にはらって、画数の多い文字はなんとなくグニャっと書いて誤魔化すことを基本とする僕には理解できない習性の持ち主が敵のようだ。原稿用紙にでも書いたかのように等間隔に並ぶ文字。僕が横書きの幅が広い方の罫線ノートを選んだのは、枠の中に文字を収めるっていう、そういう鬱陶しさから解放されるためなんだぞ。

僕は、その文字を読む気にもなれなくて、いつもに増してすごい勢いで、敵の出現について書き綴った。

こうして僕らの戦いが始まった。