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創りごと:私

私の気分には浮き沈みがあるから、それを客観的に知りたいと思って日記をつけている。
決まった引き出し、下から二段目。日記用のノートを取り出す。
一日の終わり、あとは布団に入るだけにして、机に向かう。その日の出来事を箇条書きのように淡々と並べるだけの日もあれば、ふと思い出した昔の話を、自分がそれを今どうして思い出さなければならなかったのか推察して、自分でも意味を図りかねるような文の羅列が出来上がる日も。
昨日も、毎日の繰り返しの中にいた。お風呂から上がり、コップ一杯の水を飲み、濡れた髪にタオルを巻いたまま歯を磨き、ドライヤーで髪を乾かす。まだドライヤーの熱が髪に残っている間に日記用のノートを手に取る。普段しているのと変わりなく、しおり抜き取りながら、その日のページにたどり着く。はずだった。
そこに見覚えのない、達筆、というのは憚られるな…えっと、中学二年生で担任してもらった社会科教師の字にそっくりな、そうそう、「殴り書き」を発見する。
そこにあるはずのないものがある。不思議だと思う対象が減ってきた社会人3年目。不思議だと思うことを無視することでうまく生きてきた多忙な日々。そこに突如、姿を現した謎の文字。えっ、怖っ。
部屋から持ち出すこともなければ、下から二段目以外の引き出しに入れられることすら許されないノートに。どうして。
恐る恐るその文字を読み進める。日付から始まり、「今日、僕に敵が現れた」と。はあ。
「あ」に点々をつけた文字を、一息では読み切れないほど並べてある。
「僕」には敵が現れたらしいけれど、その敵が誰なのか、そもそも生き物なのか、何か物事を比喩的にそう表現しているのかも分からない。大体の文字は解読したけれど、いくつか読めない文字が続く箇所はもうお手上げだ。とにかく分かったことといえば、この人は、ひどく怒っていること。そしてもう1つ。この人は、きっと怖くない、ということ。

作者からの警察に届け出たほうがいいのでは、という提案は、監視カメラから離れた場所にあるモニター映像に向かって必死に話しかけるようなものでして。暖簾に腕押し、糠に釘。

私は、その日にあった出来事を、自分の体に刻み込まれた動きで機械のように、けれど丁寧に文字にする。
もちろん、日記に起きた不思議な現象と、「僕」は怖い人ではなさそうだということも。

この直感が確信に変わるのに、さほど時間はかからなかった。