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氷結のシオン(第3話)

 午後二時 格納庫

 艦内が慌ただしくなってきた。少しして艦内放送が流れ始める。ブラックボックスに異変があったらしい。昨日の戦闘で損傷したガンマも多いが、寄港した際に数機入れ替えを行ったため何とか乗り切れそうであった。
モクレンはガンマに乗り込むと発進準備をする。
 『スタンバイ完了。指示に従い発進してください。』
 機械的な音声ガイダンスが流れる。彼は先に戦闘に向かった仲間たちを追うように飛び出した。
 ブラックボックス周辺ではすでに壮絶な交戦が始まっていた。モクレンも、いつも通り無人機を落としていく。
 初めに異変に気付いたのは、前線にいたガンマ機のパイロット達だった。
「なんだ?」
違和感を持ち光信号で周辺に警戒の合図を送っているのがモクレンにも分かった。そして彼等が何を指して警戒しているのかもすぐに判明した。
ブラックボックスから現れたそれは、他の無人機とは異なる軌道を描いて空中に立っていた。
 
 同時刻 指令室

 「なんです、あれ。」
 「わからない。」
 騒然となる指令室。明らかに他の機体とは違う、異質な機体が一機、ブラックボックスから姿を現した。無人機よりも骨格はベータ機に類似している。
 「正体不明の機体を発見。どうしますか。」
 無線からは指示を仰ぐ声がする。焦りの声に、幹部たちは指示に迷っていた。総帥の方を見るが、彼は無言で謎の機体を睨みつけている。
空中で立ち止まっていた謎の機体は、周囲を見回すとガンマには目もくれず、一直線にホワイトシップに突撃した。
 「ああっ!」
 危機一髪のところで、ベータが割り込み制止する。凄まじい轟音と暴風が吹き、ホワイトシップが大きく揺れた。ベータはホワイトシップから相手を引き離すために出力を上げているようだった。しかし、明らかに性能は相手の方が上回り、ベータ機は押し負けている。
 「シオン!」
 ヤナギの呼び出しに、シオンの返答は帰ってこない。
指令室では船員がじっと固唾を飲んで、目前の戦闘を見ていた。このままではベータは負けるかもしれない。そう考えている者が幾人ここにいるか分からないが、その不安を抱くほど緊迫していた。
 初めに動いたのは未確認機体であった。敵機は何故かベータを連れたまま、自らホワイトシップと距離をとった。開けた上空で対峙した二機は、周囲の喧騒が見えていないかのようであった。無人機さえも、周囲に近づくことを恐れているようだった。
 
 同時刻 駿河湾近辺太平洋沖上空

 混乱状態の中、シオンから通信が入った。慌ててそれに出る。 
 「モクレン、無人機の方、頼める?」
 彼はいつもと同じように抑揚の少ない声で述べたが、どこか切迫した雰囲気がにじみ出ていた。モクレンは頼ってくれた事を嬉しく思う間もなく、任せろと答える他なかった。
 
 同時刻 ベータ機

 『シオン。』
 心配そうな声でベータが名前を呼んだ。操縦桿を握る彼の手は、普段と異なり力んでいる。指令室からは何回か連絡が入るが、とても応答する余裕はない。
 「アンノウン機にマーカーつけて。」
 『うん。分かった。』
 謎の機体は他の無人機のように陸地を目指すことも、眼前の相手機体に攻撃をする素振りもなかった。まるで理性を持っているかのような落ち着きを感じる。さらに、ホワイトシップに対しては攻撃的であったが、ベータの挑発には頑なに乗ってこず、かわすだけであった。
 『どうして撃ってこないのかしら。』
 「分からないけど、こっちの弾も当たらない……」
 ベータの照準機能を駆使しても、全ての攻撃が避けられてしまう。それも華麗な避け方は余裕さを感じさせた。シオンは弾の無駄撃ちだと判断して攻撃をやめた。
 ブラックボックスが閉じ始め、無人機とガンマの戦いは収束し始めている。シオンが時計を確認した瞬間、見計らっていたかのように突然アンノウン機が海原方面へとスピードを上げた。
 『まさか、逃げるつもりじゃ……?』
 ベータの意見にシオンは慌てて機体を方向転換した。スピードを限界まで上げるが、相手の機体は小さくなっていく。警告音がコックピット内に響いた。それでもシオンは前だけに飛ぶ。
 『シオン、深追いしないで!』
 慌てた様子でベータが叫んだ。その声は警告音と重なる。目前を飛行する機体との距離はどんどん引き離される。追いつこうとスピードをあげるシオンを、ベータが何度も制止する。制止を無視したシオンだったが、ベータの声の語気がより荒くなったのに気付き、諦めて操縦桿から手を離した。
 「……分かった。」
 緩やかにスピードを落とすベータ機に、みるみる相手の機体は見えなくなる。少しして、レーダーからもその位置が分からなくなった。取り残されたベータ機の姿はいつもより小さく見えた。
 
午後7時 総帥室

 緊迫した室内で、余裕のない顔をしたオトギリが机の上の資料を眺めていた。ドア近くではヤナギが同じ資料を手にしている。ふと扉がノックされ、いつも通りシオンが報告にやってきた。それをオトギリは横目で見る。
 「ベータはなにか言っていたか?」
 オトギリの質問にシオンは首を横に振った。
 「ベータにもあれが何か分からないようでした。これまでの敵機と異なるものであるのは確かだと考えます。」
 シオンの解答にオトギリは顔をしかめた。そして、途中で追うのを断念した事について追及する。シオンは深追いしてもベータ機が耐えられなかったと、自分とベータの判断を説明した。オトギリは受け入れてはいるようだが、納得はしてはいない様子だった。
 普通の船員であれば、この空気に居続けることは苦痛であろうが、シオンは慣れてしまったのか相変わらずの平静さである。ヤナギは、二人のやり取りを傍から見て、おかしな場所に迷い込んでしまったような気持ちになっていた。

 議題はアンノウン機にこれからどう対処していくかという問題になった。先に行われた幹部会議では、ベータ機に確保または破壊を担ってもらうことでまとまった。しかし、今回の戦闘だけでも、ベータ機が一機で立ち向かい戦果を上げられるというのは浅はかな読みであると分かる。
 これまでも、何度か危機的な状況はあったが、困ったことがあれば全てベータ機に任せてしまう傾向が、ホワイトシップ内部にはあった。ヤナギは、シオンが命令に逆らわない事をいいことに、いささか全ての課題解決を彼に投げすぎているように感じていた。
「シオン、とにかくベータと今後の事を話し合ってくれ。何か策ができたら報告しろ。」
オトギリの命令に彼は分かりましたと返答した。シオンは礼儀よく一礼すると部屋を出ていった。

 すでに食堂の電気も落ち、今日の仕事も終わり静かになった船内で、ヤナギは先に総帥室を出たシオンを呼び止めた。ヤナギはモクレンに彼を紹介してもらってから、シオンの動向や周囲の対応に目を光らせていた。このままシオンを自室に返してはいけないと感じたのだった。
 「もし難しそうならちゃんと言え。総帥に言い出しにくいなら俺にでもいいから。」
 とにかく言わなくてはと思っていた事を、ヤナギは伝えた。彼のアドバイスに、シオンは不思議そうな顔をして頷く。本当に分かったのかと不安になるほど反応は悪かったが、ヤナギはそれ以上言わなかった。
 
午後10時 格納庫 ベータ機

 『お疲れさま。シオン。』
 明るい少女の声がコックピットにこだました。シオンはコックピット内部にある手動の照明をつけると、次に収納スペースからクッキー缶を取り出した。その中には数枚のクッキーが収まっている。
 『まさか、それが夕食?』
 ベータは黙々とそれを食べるパイロットに呆れに近い声で質問した。
 「正体不明の機体の事で今日はバタバタしていたんだ。会議と報告を済ませたら、こんな時間になってしまっていた。」
 『それで夕食を食べ損ねてしまったのね。』
 彼女はそう言うと、操作パネルに一つのデータを表示した。
 「これは何?」
 『シオンの、この一週間で食事をした回数とそのデータよ。』
 そこには食事について、時間や内容まで細かく記されている。
『三食しっかり食べた日は一度もないわ。それに今日みたいにお菓子とか、軽食で済ませている日も多い。』
 ベータは自分の食生活に無頓着な彼に、もっと食事を摂るようにと抗議した。まるでヘルスサポーターのようにしつこく改善案を提示する。
 『バランスのとれた食事と適度な睡眠をとらないと、気が荒くなって、冷静な判断ができなくなるのよ。』
 「……もしかして、今日の事、怒っているの?」
 シオンが食べるのをやめて、静かな声で尋ねた。取り出してきたデータが画面から消えて、数秒の沈黙が流れる。ベータの表情は分からないが、どうやら的を射ていたようである。黙ってしまったベータのかわりに、シオンは機体に触れて謝った。
「……ごめん。」
『……謝ることないわ。でも、シオンだって人間なのだから、無理ばかりしてはダメよ。私はただパートナーとして、シオンを助けただけなんだから。』
「……ありがとう。」
 ベータはどういたしまして、と笑顔が思い浮かぶような声で答えた。

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