冷めた紅茶とマドレーヌ

11月29日のお話をする。

15時頃まで、憂鬱な気分は晴れなかった。

全く動く気力になれず、
蓑虫のように布団の中にくるまっていた。

母が下に降りて紅茶を淹れるからマドレーヌを食べようと声をかけてくれたが

なんだかそんな気分でもないしお腹も空いてないし、とにかく上に上がって横になりたくて
自分の部屋に戻って休んでた。

そこでたまには奮発しようと思ってAirPodsを開封して、ワクワクしながら付けた。
開けた瞬間はワクワクしてた。

聴いてみたけど普段の安いイヤホンとは全然違う。
これで散歩でもしたいな、と午前中は思った。

だけど、時間が経つにつれ、疲れたのか
なんだか今日はそんな気分になれなかった。

部屋に篭り、布団にくるまり音楽を適当にプレイリストを選んでAirPodsで聴いた。

音楽が全く耳に入ってこなかった。

音楽も聴けない日がくるなんて思ってもいなかった。
聴けたけどあまり楽しめなかった。

なんだか無気力なのが、
辛いとまで感じなくても、
好きな瞬間のひとつである音楽を聴く時間まで楽しめなくなったことが悲しくなった

動けないで寝そべっているだけなのに
なぜか疲れる。

ザッピングするように適当にプレイリストをシャッフルしても気分は全く変わらない。

その日は音楽を聴くのをやめた。
その代わり、遮音性能が素晴らしいというAirPodsで、少しだけ外と距離を取った。
外したらいろんな雑音が耳に入ってきた。

そのまま、AirPodsをつける気にもなれず…

気付いたら思考が徐々にあやふやに溶けていって現実から隔離されるように
眠りについた。


起きたら、現実と夢の境目が
またよくわからなくなっていた。

よくわからなくなる件は、
日々使っているLINEなんかの連絡ツールのやりとりが多くて微妙に現実と違う内容ってケースが多い。

でももうそんなことも慣れたのか、
「あ、またこの現象だ」
と冷静に思えるようになった。

でも今日は記憶の一部が改変して出てきた。
もちろん、あれは現実じゃないと脳では理解している。

睡眠薬は飲んでいない。
うとうとして寝たらこんな感じなのかと

下に降りて、誰もいないリビングで
冷めた紅茶とマドレーヌを食べた。

あと、不思議なことに冷めてても紅茶はおいしいままなんだ。

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