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【もかの人間観察簿】2人目:父、高橋要

大学2年の課題で、「ダンボールでスツールを作る」というものがありました。
私が考えたのは、「父と2人で腰掛けて、一緒にお酒を楽しめるスツール」です。コンセプトを教授にプレゼンしたら、「その年代で、お父さんと近い距離で椅子に座りたいって思えるのは珍しいね!変な親子だねー!」って言われました。その時はじめて、変なんだ!ということに気づきました。(笑)

でも、変なのは、私じゃなくて父だと思うんです!本当に!(笑)
今日は、私の変なお父さんについて、徹底分析してみたいと思います!!


変な親子!と言われる理由

正直言って、父との幼い頃の思い出はあまり覚えていません。美容室を経営する父は、本当に忙しい人で、一緒に食卓を囲んだり、週末に出かけたり、ということはほぼありませんでした。
でも、年に数回は、家族でキャンプに行ったり、ディズニーランドに連れて行ってもらったり、家族行事があったので、私にとってそれはすごく特別な時間でした。

父との思い出が濃くなったのは、中学2年の頃からです。なぜなら、母と兄が家を出て行き、私は父と2人で暮らすようになったから。

(暗い話になってすみません!)
突然、父か母か?親権者を選ばなくてはならないことになり、中学2年生の私はとても悩みました。
でもその時の直感で、父を1人にはできないし、ついて行きたいと思い、父も受け入れてくれたので、私と父の2人暮らしは始まりました。

中学2年の冬から高校3年の、4年数ヶ月の間、私と父はとても沢山会話をしました。
友達の話も、部活の話も、恋人の話も、なんでも話しました。

「ファーストキスをしました!でもレモンの味ではなかったよ!」って報告をした時もあります。
そしたら父は、
「そうなんだ!俺のファーストキスはたこ焼きの味だったよ!」と教えてくれました(笑)
改めて思い出すと、本当に変な親子ですね!!笑

なんでも話せる友達みたいな?感じでもあったので、沢山喧嘩もしました。
喧嘩をした日のお弁当を開けてみたら、
「ゴキブリごはん」
お米に、海苔の佃煮でゴキブリが描かれていたのです。しかも結構リアルにゴキブリ。。
本当に恥ずかしくて、友達に見られないようコソコソご飯を食べました。せめてもの仕返しで、米粒ひとつも残さず、完食してやりました。

大学に入ってすぐに免許を取り、初めて父の車を借りました。その際に父から提示された「車を借りるときの約束事」が、こちら。。。

本当に、ユーモア溢れるお父さんですね(笑)

あまり余計なこと言いすぎると、次に帰省した時に何を言われるか怖くなってきたので、そろそろ、私の父の素晴らしい所や尊敬するところについて、綴っていきたいと思います。。

私から見た父の姿

1.哲人

私は、父の本棚から色んな本を借りパクしているのですが(ごめんなさい笑)、その1つに、「嫌われる勇気」という本があります。

私の父は、この本に出てくる「哲人」のような人。

もちろん、礼儀やマナーに反することをしたら、本当に鬼のような感じで怒ります。でも、それ以外のことで怒られたり、ああしなさい、こうしなさい!と言われたことは一切ありません。

「海外留学に行ってみたい!」って相談したら、「いんじゃない!やってみれば!但し、方法は自分で考えてね!」と言われました。
「これか、これで迷ってるんだよね。」って相談したら、「聞くって事は、自分の中では決まってるんでしょ。好きな方やればいいよ。但し、自己責任で!」と言われました。

悩んでる時は、その時の自分にとってプラスになるであろう方と会わせてくれます。
私が失敗をしてしまっても、怒ることは一切ありません。ただ、私の奥の奥の奥にある、弱い自分に対して、質問をされます。ピンポイントで核心を突かれるため、怒られるより恐ろしいです。(笑)

そんな父のおかげで、やりたいことはなんでも口に出せる環境にあったし、全ての決断を人のせいにすることなく、自己責任で行うことができました。
本当に感謝しています。

2.100を1にまとめる力

父が美容師として働いている所を見たことがあるのですが、スピード感がえげつない。

お店が混んでいると、スタッフも、お客さんも、小さい空間の中で様々な動きをします。
父のすごい点は、あのスタッフはあと何分かかるな、あの人は次にこういう動きをするな、ということは自分はまずこの人を何分で終わらせれば上手く回るな、という判断を瞬時にして、より効率的に立ち回り、スタッフに的確な指示を出すところです。

膨大な情報を整理してまとめ、その上で手順を決定するまでのスピード感が神です。

その情報処理能力は、仕事だけでなく、家の中でも発揮されています。

父は今、1人で祖父母2人の介護をしています。
私も2週間だけ、介護を手伝ったことがあるのですが、思うようにいかないことが沢山あり、とても大変でした。病院の待ち時間は、15分で済む時もあれば1時間かかる時もあり、タイムマネジメントが上手く行きません。訪問看護の人と、ヘルパーさんが言ってることがチグハグで、どっちが正しいのか?混乱することもあります。

父は、病院の待ち時間が長ければ、その間で銀行へ行って会社の仕事をこなし、訪問看護とヘルパーの言っていることがチグハグなら、打ち合わせの時間を設けて、両者の意見を聞き、要点を整理してまとめあげるのです。

先日、岡崎さんが「0を1にするより、100を1にまとめる力のほうが大切だ」と仰っていました。
父はまさに、この「100を1にまとめあげる力」の持ち主だなぁと感じます。

3.この人はバケモノ?!

父から出てくるキーワードは、愉快・おもてなし・楽しませる・追求/追究・効率化・責任、かな。

特に最近は、「追求/追究」の姿に感心します。
前述の通り、父は会社経営と介護で、凄まじいスケジュールをこなしています。にもかかわらず、少しでも時間が出来れば沿岸へ行き、寝ずに釣りをしています。夜な夜な釣り道具を自分で作ったり、釣り用にハイエースを改造しています。
最近なんかは、松茸狩りへも行き、頭にGoProを着けて山へ入り、撮影した動画を持って、師匠とみっちり反省会をして来るそうです。
もちろん、やるべきことをこなした上で。

1度興味を持ったものに対する追求心は本当にすごくて、有り得ない体力を目の前にして、「この人本当はバケモノか?」と思うことが多々あります。

父のこれからに期待すること

父は最近、介護の大変さを体感してなのか、口癖のように「俺は長生きしなくていい」と言います。
前から言っていたような気もしますが、最近は特に強く、そう言っているような気がします。
別に100歳まで生きてほしいとは言わないけど、ぜひ生きている間にやって欲しいことがあります。

それは、「学校をつくること」です。

私は、父の言葉に救われる人を沢山見てきました。特にも、こうじゃないといけない!!と思ってしまっている子が、「これでいいじゃん!好きにやっちゃいな!」という父の言葉に、背中を押されているシーンをよく見たり聞いたことがあります。

私も、父の「いいじゃん!やってみれば!」にすごく背中を押された経験があるので、今度はより多くの人に、それを伝えられる場があったらいいなと常々思います。「学校」と言っても、そんな大げさなものでなくて、ささやかなものでもいいから、父の考えや言葉を伝えられる場所があったらいいなー。

それを実現するには、私も自立しないといけないですね。今も学生をやらせてもらっている私の生活も含めて、今はまだ、父ひとりで抱えているものが多すぎます。だから、私は今、とにかく目の前のやるべきことを追求して、将来は、何かしら父の支えになれるように、もっと強く逞しく成長したいです。

お父さんがこれまで背負ってきたものは、本当に計り知れないほどのものです。壊れそうになる程追い詰められたり、声も出さずに涙する父の背中を見てきました。父は、人のせいにしたり、文句を言うことは一切せずに、与えられたことに対して責任もって取り組み続けていました。
そんな父を心から尊敬しているし、今度は私が、それを任せて貰えるような人間になりたいです。

だから、これからもずっと、死ぬギリギリまで、好きなことを全力で追求するお父さんでいてください!娘、頑張るので!!!

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