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最近モヤモヤすること。

こんにちはー。note2日目のもかです。
とりあえず最初は、連続投稿してみよう!

今日は、最近モヤモヤしている事について、綴ってみようと思います。

友達がマッチングアプリ使ってるって話。

「マッチングアプリ」
って聞くと、なんか不純なもの、いかがわしいもの、というイメージを持つ人がいるかもです。
でも、私の友達のほとんどはマッチングアプリを利用したことがあります。
同世代の間では、「アプリで知り合った人がさ〜」っていう話の切り出しに、なんの違和感もないほど、コミュニケーションツールの1つとして浸透しています。

実際に使っている友達にどんな感じなのか聞くと、
結構おもしろい。

マッチングアプリ上では、目に見えない熾烈な駆け引きが行われています。

例えば、気になる人のプロフィールや顔写真を閲覧すると、「足跡」がつきます。
この「足跡」は、閲覧された人に通知が行くだけでなく、相手が他にどんな人に「足跡」をつけているのかを知ることができます。
可愛い女性のプロフィールばかりを闇雲に閲覧し、「足跡」をつけていると、
「あ、この人は女好きなのかも。」という警戒心を抱かれてしまうため、
男性側は誠実性をアピールするために、狙いを定めて「足跡」をつけるみたいです。

また、めでたくマッチングし、実際に会ってからも、男女の駆け引きは行われます。
食事を楽しんだ後の帰り際、たまに「手を繋いでもいいですか?」と聞かれることがあるようです。
このとき、
「まぁ手ぐらいなら繋いでもいっか〜」
と思って、OKすると、大変なことになります。。
なぜなら、これは、
「一緒にホテルに行ってくれますか?」
という、マッチングアプリ界では暗黙の決まり文句らしいのです。知らなかった。。こわ。(笑)

友達いわく、登録名はいつも偽名。
住んでいる場所も、職場も、偽った上で話してみて、なんか違うなー。って思ったら、その連絡先をブロックして、次の出会いを探すらしい。

そういう人との出会い方をしたことがないので、なんかおもしろいなー。と話を聞いてて感じます。

“ひらくこと”に対するモヤモヤ。

建築設計コンペでよく目にする、

・家の一部を街へひらいて、家族以外が立ち寄れる場所をつくり、コミュニティを生み出す案

・学校にカフェを設けて、学生同士のコミュニケーションが活発になるようにする案

・保育園に大きな広場を設け、地域の人とのコミュニケーションを生み出し、街に賑わいを持たせようとする案

私も、自分のテリトリーを街へ開放して、偶発的な出会いをもたらそうとする考え方にすごく共感するし、自分も上記のような提案をしたことがあります。
でも、最近になって、身近な友達の話を聞いているうちに、上記のような案は、“理想の押し付け”みたいな感じがするなー。とも感じてきて、ジレンマというか、なんか、モヤモヤしてます。

私的空間をパブリックへひらいていくことを考える1歩手前として、
じゃあどう開くのか、どのくらい開くのか、
誰に対して開くのか、
一気に開くのか、だんだんに開くのか、
をもっと考える必要があるんだな〜と感じています。
そしてその歩み寄りが、プログラムてきなことで解決できるのか、ディテールで解決できるのか、
ぐるぐるぐるぐるぐる、考えています。

だから最近ちょっと、「ワークショップやっとけば全てOK🙆‍♀️」みたいな姿勢が全面に出てしまっている取り組みをみると、あれれ?と感じてしまいます。

建築を考えるときは、もっともっと街の目線で、もっともっともっと“建築以外”に歩み寄って、応急処置みたいな建築じゃなくて、経時的にまちを読み取れる視点を持っていきたいなぁ〜って、
しみじみ考える今日この頃でした。

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