「鉄鎖のメデューサ」第20章

 月下に浮かび上がったゴーレムの影を、木陰から見上げる者がいた。
「まさかと思ってはいましたが、本当にそうだったとは……」

 網が押し込まれた窓の位置を覚え込むと、アンソニーは用心深く屋敷に近づいた。
 二階に登れそうな庭木があったが、メデューサがいる部屋となると不用心に近づくのは危険だった。仲間に知らせることを優先すべきとアンソニーは判断し、敷地の外へ出て待ちあわせ場所と決めている屋敷が見張れる向かいの建物の脇に身を潜めた。

 だが屋敷の塀の上に突き出た遠くの大木の枝から自分を見張る者がいることまでは、さすがのアンソニーも気づかなかった。
 やがて探知の宝玉を手にしたメアリを先頭にスノーレンジャーたちがやってきた。彼らがアンソニーと話し込む姿を見て、枝の上にいた影は屋敷へと姿を消した。

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「ジョージ! なんという乱暴なことを! もっと秘密裏に進められなかったのか?」
 メデューサを舟で運び込んだ男の報告を聞き終わった壮年の男が叱責した。エドワード・ノースグリーン卿。この館の主その人だった。
 長身のナイトはごま塩頭の部下よりも首一つ高く、荒げているわけでない声にも威圧が備わっていた。だがジョージと呼ばれた警備隊員は角張った顎を引き締めただけで、動じた様子一つ見せなかった。

「街中でゴーレムを四体も動かすとなると警備隊の作戦という形にせざるを得ませんでしたので。もっともホワイトクリフ卿があそこまでなさるとは予想できませんでしたが」
 さびた声の答弁にエドワードは視線を向けたが、その黒い目は疑念よりはるかに色濃い心労と焦燥に染まっていた。やがて彼は不承不承うなづいた。

「だが、我らはあくまで街の平和を預かる者だ。その立場として今回のことは心苦しい限りだ。で、メデューサを匿っていた尼僧を捕らえてあるというんだな? 何者だ」
 苦い口調でいったその顔にも心労の爪跡がやつれとして刻みつけられ、鳶色の髪にも年齢以上に白いものが目立った。

「私からは尋問しませんでした。だが、ただ者ではありません。警戒心の強いメデューサを手なずけているばかりか、言葉を教え名前まで付けております」
「なんだと?」
「捕らえたときにロビン掴むなとかいっておりました。おそらくそれが名前でしょう。会われますか?」
「……会おう。どのような意図で邪魔をしたのか、確かめておきたい」

 二人は廊下に出たが、ノースグリーン卿を見送った警備隊員は背後から部下に小声で呼び止められた。
「では、やってきたのはスノーレンジャーか。せっかく宝玉を残しておいてやったのに、なんたるざまだ。ホワイトクリフめ」
「いかがいたしましょう? ゲオルク隊長」
「いずれ屋敷に侵入しようとするはず。メデューサの網を切って部屋の扉の鍵をあけておけ。連中と鉢合わせするように。あの尼の抑えがなければ屋敷の中で暴れて大混乱になるだろう。そこへホワイトクリフがやってくれば、ノースグリーンともども難しい立場になるはずだ」
 冷徹に指示を出すその顔には、今しがたの恭順の色など微塵も残っていなかった。
「いったん引くぞ。やつらにはせいぜい踊ってもらう。ホワイトクリフの側にも情報を流しておけ!」
 命じた者と受けた者は、それぞれ別の方向へと足ばやに、だが音もたてずに姿を消した。


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