「鉄鎖のメデューサ」第30章

「臭いよう、兄貴。もう残飯集めはいやだよう……」
「しょうがねえだろうが! これを養豚場の豚どもに食わせねえとおれたちも飯にありつけねえんだ。毎日同じ事をいわせんじゃねえや、タミーよぅ。俺まで情けなくて泣けてくらあ……」

 ごみ箱から残飯を荷車の箱に移しながら近づいてくる二人の大男こそ、この街に氷漬けのメデューサを持ち込んだ張本人ゴルト兄弟に他ならなかった。メアリが顔を引きつらせて横を向くと、小声でアーサーに訊ねた。

「なぜこんなところをあのウドの大木どもがうろついてるんですのっ?」
「なんでも石化解除の代金を払えないから当局が働かせているという話だぞ。給金から天引きとかいうことで」
「く、屈辱ですわっ」

 給金から天引きという点ではまったく同じ境遇のメアリの顔が険悪なものになったとたん、兄貴よりまだ頭一つ分も大きい弟が高いところから絶妙のタイミングでその顔を見つけた。たちまちオーガのごとき愚鈍な大男を子供のような脅えが支配した。

「あ、兄貴ぃ! ま、ま、魔女のねえちゃんだよぉ~!」
「なに? あれが? じゃ、ま、まさかメデューサも?」
 弟よりは低いとはいえれっきとした大男の兄も、たちどころに小柄な妖魔の姿を見つけた。

「うわ! で、で、出たぁ!」
「怖いよぉ~。凍っちゃうよぉ~。焼かれちゃうよぉ~」
「ばかやろ! 凍るんじゃねえ! 石になるんだって何度」
「んもお黙って聞いていれば! あなたたちいったい人をなんだと思ってますのっ?」
「うわあ怒ったぁ!」
 見事にそろった悲鳴とともに二人の大男は腰を抜かした。

 あまりに情けないその姿をさすがに哀れに思ったのか、ため息まじりにメアリがいった。
「いいかげん落ち着きなさいな。わたくしだって悪魔でも鬼でもありませんわよ。わけもなく脅かしたりするもんですか」
「へ、へえ……」
 どこまで信じていいのかという思いが丸見えの顔を図体ばかりでかい兄弟は互いに見かわした。やがて彼らは横たわったままの妖魔にもおそるおそる目を向けた。

「そういえば動かないな」
「きっと凍ってるんだよう」
「凍るのと石になるのは違うんだって何度いやあわかる!」
「固まって動かなくなって止まっちまうんだろ? だったら同じだよう……」

 タミーの間の抜けた言葉のなにかが、あっけにとられて聞いていたロビンの心のどこかに引っ掛かった。

「動かなくなって、止まっちゃう……止まる……って、まさか! ラルダさんっ!」
「なんだロビン? どうしたんだ?」
「病気になった人が石になったら、もしかしたら病気も止まらない?」

 ラルダが息をのんだ。ノースグリーンが驚愕に目を見開いた。アーサーとメアリも身を乗り出した。

「……止まるかどうかはわからないが、遅らせるのは間違いないだろう」
 ややあって、黒髪の尼僧が答えた。
「こんな観点からメデューサの石化を調べた者はないと思うが、解除した人間が生きている以上、石化自体は命そのものには影響しないはず。完全に固まって状態が保持されるのか、命の活動が遅いながらも続いているのかはわからないが」

「……まさか、まさかセシリアは助かるのかっ?」
「早合点するな! ノースグリーン」
 ラルダが卿を制した。

「未知の領域である以上これは賭だ。娘さんを石化しても中毒の進行は遅れるだけかもしれない。花を取ってくるにはどうしても一年かかる。その間に一日二日症状が進めば、結局助からないということも」
「このままではセシリアは絶対助からない。やってくれないか。頼む!」

 ラルダとロビンは顔を見合わせ、うなづきあった。

「夜明けが近い。急ごう。その男の石化を大至急解いてくれ! 花を持っていたらノースグリーン邸へ!」

「あなたたちっ!」「へ、へいっ!」
 話についてこれずにいた大男兄弟が跳び上がるのになど頓着せず、メアリは荷車に石化した間者を積み込ませると自分も荷車に跳び乗り号令をかけた。たちまち荷車はへたな乗合馬車顔負けの勢いで走り去った。車輪の立てたもの凄い音に小柄な妖魔が薄く目を開けて呻いた。

「私たちもいくぞ! クルルを馬へ。頼むぞロビン! なんとか説明してやってくれ!」


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