「鉄鎖のメデューサ」第27章

「敵はそう出てくるのか。いよいよ正念場だな」

 アンソニーの話にそう応えたアーサーへ、ラルダが尋ねた。
「医者の割出しの首尾は?」
「掴めた。だがノースグリーンの屋敷の方へ戻ることになる」

「かえってその方がいいですよ。敵の網に追い込まれるわけにはいかないでありますよ」
「だが、それでは警備隊と真正面から蜂合わせだ」
「グレイヒースの手勢はみな中原の出身でしたわ。いっそ蹴散らしてしまいませんこと?」
「警備隊員である以上は一応味方だぞ、メアリ。そもそも我々がいっしょに行動しているところを見られるのもまずいだろう」

「だったら、みんなが僕たちを追いかけてることにしたら?」
「それだ! 私たちが逃げているのを追跡したということで通せる。ついでに見た目の派手な魔法でも使ってもらえば申し分ないんだが」

「とうとう魔女の悪名がスラムばかりか上流居住区にまで広まるのでありますなぁ」
 いったとたん、アンソニーの爪先をメアリのかかとが思い切り踏みにじった。それを見たロビンが目を丸くした。

「え? 魔女? スノーレンジャーの……って!」

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 グレイヒースが差し向けた手勢は十人余り。密偵トーマスの告げた廃屋に向かって荒々しく馬を駆っていた。獲物を脅かし投網隊が配置されたポイントへ追い込む。物音を聞きつけて獲物が逃げれば三本の道のどれかに入るが、どの道も曲がり角で速度を落ちるところに投網隊が配置されていた。獲物にも投網隊にも聞こえるよう、なるべく大きな音を立てながら彼らは駆けた。背後の窓という窓から騒ぎを聞きつけた人々が顔を出したが、深夜でもあり路上に出る者がほとんどいないのはさすがにスラムと異なる点だった。廃屋間近の坂道に彼らは差し掛かった。

 だしぬけに坂道の頂が赤く染まった。訝しんで手綱を引いた一行の耳に叫びが一斉に届いた。

「メデューサだ!」
「殺してやる!」
「怖いよ!」
「待てっ!」

 とたんに坂の上に影がいくつも現れ、稲妻のように突っ込んできた。

 先頭は小柄な妖魔だった。暗がりの中黒く塗りつぶされた顔に金色に燃える眼光が映えた。それが何ものかを知る乗り手たちは動揺した。その耳へ子供の叫び声が飛び込んだ。

「熱いよ! おじさんたち、助けてぇ!」

 わめく子供を抱えた黒髪の女の駆る馬の頭上を跳び越して、二本の巨大な炎の鞭が石畳に炸裂した。今度は警備隊の馬が一斉にパニックを起こした。棒立ちになって乗り手を振り落とすもの、来た道を全速力で駆け戻るもの、はては屋敷の柵を飛び越え庭をぐるぐる走るもの。一瞬で瓦解した警備隊の隊列を蹴散らして、俊足の妖魔が、ロビンとラルダが、アーサーと炎の鞭を振り回すメアリが、左右後方を守るリチャードとエリックが駆け抜けた。全く想定外の事態にグレイヒースの手勢はなすすべもなく取り残された。

「もういいぞ、ロビン」
 しばらくしてラルダが耳打ちし、メアリが炎の鞭を消した。

「この先の角を右に曲がればジョゼフという問題の医者の医院へ一直線だ」

 アーサーがそういったとたん、夜気を切り裂き打ち込まれた一本の矢が先頭を走るクルルの左脚をかすめた。甲高い悲鳴をあげ石畳にもんどりうった小柄な妖魔を危うく蹄にかけそうになり、四頭の馬もすべて停止した。全員の目が曲がり角の左から半身を乗り出した馬に跨る背の高い影を捉えた。

「……逃がさぬ!」

 二の矢をつがえ引き絞った弓の後ろから、ノースグリーン卿の思いつめた目が地に伏した妖魔を見据えた。


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