「鉄鎖のメデューサ」第28章

「クルル!」
「どけ! 邪魔だ!」

 馬から転げ降り駆け寄るロビンにノースグリーンの怒声が飛んだが、ロビンはクルルの前に両手を広げて立つと長身のナイトをにらみ上げた。

「こんなことするなんてひどいや! 悪者のところから毒消しを取ってこようとみんながんばってるのにっ」

 するとノースグリーンの背後から馬に乗った人影が矢のように左から右へ駆け去った。召使の身なりをした間者だった。

「まずい、気づかれた!」
「動くな!」
 アーサーの叫びに駆け出そうとした三騎の足元に新たな矢が突き立った。

「目を覚ませ。ノースグリーン! やつらは証拠になる物を処分してしまう。ハイカブトの根も花も火に投じるだろう。それでは娘さんの命がっ」
「世迷言など聞く暇はない。セシリアが意識を失くした。なにがなんでも連れて戻らねばならぬのだっ!」

 瀕死の少女への思いゆえに膠着状態に陥ったこの場の全員を、焦燥が等しく苛んだ。

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 間者トーマスの動きを警戒して周囲の屋根を探索してきたアンソニーは仲間たちと対峙する長身のナイトを眼下に捉えた。間者が馬に乗ってきたため用心が裏目に出てしまったが、せめてこの膠着は破らねば!
 彼は卿の背後に位置する屋根から仲間たちにサインを送ると、卿の死角になる建物の窓を足掛かりに壁を伝い降り、ぎりぎりの距離から卿の馬に飛び乗った。
 驚いた馬が棒立ちになり、矢が天に向けて放たれた。馬から落ちた二人が弓を奪い合う隙にスノーレンジャーの三騎が駆け出した。ラルダもクルルとロビンを馬に乗せて後を追った。

「早く!」弓を奪い取りへし折ったアンソニーが叫んだとたん、みぞおちに卿の拳が炸裂し、次いで胸を蹴り上げられてレンガ壁に叩きつけられた。朦朧としたアンソニーにはもう目もくれず、ノースグリーンも馬に飛び乗りざま後を追った。

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 ジョゼフ医師に証拠の処分と脱出を命じて馬首を巡らせた間者トーマスの耳が前方から迫る蹄の音を捉えた。とっさにわき道に隠れた間者の目の前をスノーレンジャーの三騎が駆け抜けた。遅れて迫る蹄の音をぎりぎりまで引き付け、トーマスは降りた馬に鞭を当てた。

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 傷を負った妖魔と子供を乗せたラルダとの距離はみるみる縮まり、卿はラルダの馬の横に着け手綱に手を伸ばした。卿の馬身を蹴り離そうとしながらラルダが叫んだ。

「娘さんを助けたいと思う者同士がなぜ争う!」
「黙れ!」

 卿が手綱を奪ったとたん、わき道から裸馬が眼前に走り出た。二頭の馬はそろって棒立ちになり、乗せていた者たちを振り落とした。

 無理な姿勢だったノースグリーンは背中から石畳に投げ出され一瞬意識が遠のいた様子だった。その隙に足をくじいたラルダは痛みを噛み殺しながらもロビンとクルルを背後に卿から離れた。見回したが馬の姿はもうなかった。

 やがてノースグリーンの長身がゆっくり立ち上がり、血走った目が彼らを見据えた。黒髪の尼僧も少年も、小柄な妖魔の眼点を持つ全ての触手までもが両腕を大きく広げて迫るその姿を戦慄とともに仰ぎ見た。

 そんな彼らの背にグレイヒースの腹心トーマスは建物の陰から狙いを定めた。両手に構えられた短刀の刀身が月明かりを受けて薄緑の光を返した。


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