「鉄鎖のメデューサ」第18章

「やったぞ!」「捕まえた!」

 背後から聞こえてきた群集の叫びにロビンの足が止まった。振り返ったその目が大きな網をゆっくり吊り上げるゴーレムの姿を捉えた。
 数歩戻りかけた歩みが疾走に転じる寸前、その肩を大きな手ががっしりと掴んだ。
「話を聞かせてもらおう」
 そういった黒い髪の大男の脇にやってきた金髪の青年が厳しい視線を投げかけた。

「格好だけ似せた猿知恵か。宝玉をごまかせるとでも思ったか。雑魚はまかせたぞ、スノーレンジャー」
 青年は手にした宝玉を袋に戻すともうロビンには目もくれず、大きな網を手に彼方に立つゴーレムに向かって勝ち誇った様子でゆっくり歩み去った。

 すると、遠くから叫ぶ声が聞こえた。舌足らずな叫びが。
「ろびんツカム、ナイ! ろびんツカム、ダメ!」
「え?」
 あっけにとられた声の大男の手がゆるんだ。ロビンは身を振りほどきかけ出そうとしたが、もう一人の大男に捕まった。だが、その男も驚きを隠せないでいた。
「メデューサがしゃべった……?」

 そのつぶやきに被さるように、また声がした。
「ろびん!」
「クルルーっ!」
 ロビンもまた叫び返し、丸太のような腕の中でめちゃくちゃに暴れた。腕の力は微塵もゆるぎはしなかったが、男たちの顔には得体のしれないものにうっかり触れたときの脅えめいた表情さえ浮かんでいた。
「ロビンって、おまえの名前か?」「あれはおまえを呼んでいるのか?」「おまえ、あれと話ができるのか?」

 とうとうロビンの感情が爆発した。
「なにが変なの! なにが悪いの! クルルはとっても森に帰りたいんだ。だから僕は連れていきたいんだ。ラルダさんに教えてもらって三人で行こうとしただけなのに、なんで寄ってたかって邪魔するのさ! ひどいや! あんなのひどいやっ!」
 涙をぼろぼろ流しながら暴れる少年を、二人の大男はすっかりもてあましていた。そのとき背後から、女の声が呼びかけた。
「リチャード、そんなに乱暴にしては話になりませんわよ」

 巨漢の陰から現れた乙女の豊かな金髪と白い顔は、あたりの闇さえ払うかのようだった。その顔がにっこりと笑った。
「わたくしには話を聞かせてくれますわね。ロビン君?」
 少年はまさかそれがかの悪名高き魔女であるとは思いもしなければ、頭上で二人の大男が得もいわれぬ表情の顔を見交わしたのにも全く気づかなかった。

「橋から落ちたメデューサを助けて気持ちを通じさせただけでなく、言葉まで教えたというのか……」
「……驚いたな」「全くだ……」

 アーサーも含めた三人の男たちが口々につぶやく中、ロビンはメアリにすがるようにたずねた。
「ねえ、クルルはどうなるの。放してもらえないの?」
「ホワイトクリフ卿がどう考えるかなのだけれど……」

 いい淀んだメアリの口調が、厳しいまなざしのあの青年の顔を思い出させた。
「さっきのあの人? だめだよ! クルル殺されちゃうよ!」

「といっても警備隊の作戦で捕らえたのには違いないしな」
「卿にはなにをいっても聞き入れてくれないだろうし……」
「だからといって、まさか逃がすわけにもいかないし……」
 そんな声など届くはずもない彼方では、ゴーレムが悠々と網を漕ぎ手らしき男がいるほうの舟へと積み込んでいた。

「見物人が近づいては危険だから川から舟で本部まで運ぶという話なんだ。あんな無茶をして何をいまさらといいたいが……」
 アーサーが憤懣やるかたない面持ちでいうと、網を積んだ舟が岸辺を離れた。若きナイトが満足げにうなづいたとたん、残った舟へゴーレムが乗り込んだ。たちまち舟は石の足に踏み抜かれ、ゴーレムもろとも川に沈んだ。
「なにっ!」

 四人のスノーレンジャーも驚いたが、彼方の青年の驚きはその比ではなかった。手にした袋を取り落としたのにも気づかずに、彼は川辺に駆けていった。その前に走り込んだ警備隊員が何かを告げた。叫びが彼方から聞こえてきた。
「グレゴリーが縛られていた? では、ゴーレムを動かしていたのは誰なんだ!」

 メアリが飛び出した。若きナイトが落としたままの袋をつかんで戻るやいなや、宝玉を取り出した。玉の中の光の点が中心から移動しつつあった。
「追いますわよ、みんな!」
「そうだ、事件はまだ終わっていない。街を危険から守るのが我らスノーレンジャーの役目だ!」
 アーサーはロビンにいたずらっぽくウインクした。
「メデューサを檻に入れるのが仕事じゃない」

「じゃあ、僕もつれてって!」
 ロビンの言葉にリチャードがかぶりを振った。
「だめだ。危険かもしれん」
「でも僕がいっしょなら、みんなが味方だってクルルにもわかるよ。間違って石にされたりしないよ」

 四人は顔を見合わせ、うなづきあった。
「じゃあ決まりだ。いくぞ大将、頼りにしてるぜ!」
 エリックがロビンを肩車するやいなや、彼らは光の点を追って駆けだした。


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