「鉄鎖のメデューサ」第9章
小柄な妖魔はロビンが開けた扉から入ってきた人影を見て目を見開いた。眼点のある触手がざわめいた。
「ナマエ、ナニ? ろびん。ナマエ、ナニ?」
ロビンが名前を答えられないものなら、それは危険なものかもしれない。緊張した面持ちでクルルは人影に向き合うロビンの背後に身を隠し、首を伸ばして相手に警戒のまなざしを向けた。
だが、人影のほうも当惑を隠せぬ様子だった。
「服まで着せているとは……」
クルルは質素だが生地の厚い服を重ねて着ていた。人間より細く短い腕は袖の半ばまでしか届かないため袖口はだらりと垂れ下がり、スカートから大きな爪のある足や尾の先が覗いていたが、鱗で覆われた体の大半が隠れているせいで、人間に似ていなくもない顔だちがそのぶん強調される結果にはなっていた。
「寒いのが苦手らしいから着せてるんだ」
「そのためわざわざ女物の服まで買ったのか?」
「買ったんじゃない。姉ちゃんの服だ」
「家族はいないと思っていたが?」
「……二年前に死んだ」
そうか、と口の中でつぶやいた人影は、少年とその背後から覗く妖魔の顔を見比べた。そして得心がいったようにうなづくと、小柄な妖魔に声をかけた。
「クルル、といったか。なかなかいい名前だな」
妖魔の背筋がぴくりと動いた。いわれた言葉をそのまま理解したわけではないようだったが、クルルと呼ばれたことでわずかに警戒がゆるんだ様子がうかがえた。
そして、舌足らずな声が再び尋ねた。
「ナマエ、ナニ? ろびん」
「そうだ、おまえはいったい何者なんだ!」
ロビンの声は、思わせぶりな様子の相手へのいらだちを隠せぬものだった。
すると人影が笑った。声ががらりと変わった。明るい華やいだ笑い声だった。くぐもった声は作り声だったとロビンが悟るより早く、人影はいくぶん大仰にお辞儀をした。
「これは失礼。私だけがこれではいけないな」
茶色のフードを下ろすと豊かな黒髪があふれ出た。しかしその顔には目だけをくりぬいたのっぺりした木彫りの仮面を着けていた。仮面の奥の瞳が一瞬光を放ち、細い指をした白い手が仮面を外した。まごうかたなき乙女の顔が、にもかかわらず男の言葉の装いを解かぬまま名乗るのをロビンは耳にした。混乱のさなか、それでも少年の直感は捉えた。そこに決して偽りや悪意が潜んでいないことを。
「私はラルダ。曲げられた運命を正すよう神に課せられた者」
今しがたの大仰さとは打って変わった厳粛な面持ちで、黒髪の若き尼僧は名乗った。あっけにとられたロビンの顔を見つめる瞳には、緑の炎のような強い光が宿っていた。
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