「鉄鎖のメデューサ」第23章
「あそこへ登るの?」
二階の窓へ枝を差し伸べている大木を見上げたロビンは呆然とした。
「ゴーレムは確かにあの窓から網に絡めた二人を押し込めたでありますよ。君に登ってもらえないと困るです」
アンソニーに言われてロビンは大木の幹に取りついたが、腕が回りきらない幹に身を押し上げることはできなかった。
「仕方ないですな。背につかまるですよ」
背中にロビンをしがみつかせたまま、アンソニーは猿のごとく目指す大枝へと登りきった。
「すごいや、おじさん」
「おじさんは余計でありますよ」
いくぶん憮然とした声で返しながらも、アンソニーは部屋の中をうかがった。
「いない? 網だけ残ってるようですな……」
鍵がかかっていない格子窓を押し開け、アンソニーとロビンは部屋の中に入った。
切れた網のそばに短刀が斜めに突き立っていた。開いたままの戸口から投げられたのは明らかだった。
「クルルどこいっちゃったんだろう?」
「どうもわざと網から出して邸内に放したみたいですな……」
「なぜ、そんなことを?」
首を傾げたまま、アンソニーは辺りの気配を探った。
「静か過ぎますな。まるで使用人が全員いなくなったみたいな。我々とメデューサがドタバタを演じるのを期待したってところですかな」
「罠なの?」
「たぶん。仲間たちに戸口の傍で張ってもらうように頼んでくるでありますよ。ここでちょっと待っているですよっ」
アンソニーは窓の外の枝を伝って木の傍の仲間たちのところへ降りると、言葉を交わしてまた部屋に戻ってきた。そのとたん、どこかで扉を閉める大きな音と叫び声が聞こえてきた。
「ノースグリーン!」
「ラルダさんの声だ!」
ロビンが思わず声に出したとたん廊下を足早にやってくる足音がした。アンソニーは細く開いたままの扉を素早く、だがそっと閉め、ロビンともども棚の陰に身を潜めた。
足音は部屋の前を通り過ぎ、やがて階下に下りるらしい音がした。
「連れの方は閉じ込められたみたいですな。まずそっちから片付けるでありますよ」
アンソニーの言葉に、ロビンはうなづいた。
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閉じ込められたラルダは出られないかと思い窓を開けた。だが窓の下の壁には足掛かりがなく、木の枝も離れていた。下は固い石畳になっており、飛び降りるのは論外だった。
焦って周囲を見回す黒髪の尼僧の目が、彼方の道から近づいてくるいくつもの明かりを捉えた。そのうちのいくつかは明らかに馬に乗る者の速さだった。
「まさか、警備隊かっ?」
そのとき鍵がこじ開けられる音がした。振り返ったラルダの目の前で扉が開き、ロビンと見知らぬ若者が入ってきた。
「ロビン!」
「ラルダさん! クルルは?」
「わからない。別々に閉じ込められていたんだ。その人は?」
ロビンは胸をそらした。
「スノーレンジャーだよっ。クルルを助けてくれるんだ!」
「そうか、なら急がねば。警備隊がやってくるようだ」
「なんですと?」
アンソニーは窓から外を見た。
「間違いない。仲間に知らせるであります。外から扉を開けますから急いで玄関に回るでありますよっ」
三人は廊下に走り出た。アンソニーは最初の部屋の窓から枝を伝って庭に下りていった。
「行こう!」
ラルダとロビンが階段へ向かったとたん、叫びが聞こえた。
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「セシリアっ!」
突然の大声に小柄な妖魔は振り返った。戸口を覆わんばかりに背の高い男が目をぎらつかせて立っていた。
「お父様?」
「セシリアから離れろ、化け物め!」
男は暖炉に駆け寄り、取り上げた火掻き棒を振り上げて妖魔をねめつけた。
自分たちを襲おうとしている!
動けぬ少女を背にした小柄な妖魔の中に怒気が膨れ上がった。触手がざあっと八方に広がり、大きな相手をにらみつけたため背が反りかえった。首もとの毛の白と腹鱗の赤が見せつけられた。強敵を威嚇する妖魔の金色の目に石化の魔力がこもり始めた。
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