誕生日 嫌い

これは持病だ。当たり前のことだ、だからいつもどおりうずくまってやり過ごしさえすればいい。

6歳の誕生日を、おばさんとおじさんの家で迎えたことをおぼえている。ふたりのいとこ、祖父母、兄、おじおば、父、そこに母はいなかった。ろうそくの火を消して、チョコレートケーキを食べた。3週間、1カ月に1度の母との面会。誕生日プレゼントは持って帰れないから、ポケットに隠せるようにと5000円札を渡された。小学1年生が、そんな大金をなにに使えばいいのだろう。それはそれから、小学6年生までずっと続くことになる。
 
誕生日が苦痛になったのは、いつからだろう。毎年決まってやってくる●月●日の朝、絶望で塗りたくられたような気分だった。どうして翌日が祝日なのだろう。今日が休みならいいのに。誰にも会わなければ、きっとわたしの誕生日なんて消えてしまうのに。消えてしまえばいいのに。
わたしはとっても明るい女の子だった。友人も多く、ありがたいことに廊下を歩くたびに声をかけられた。「ありがとう」「ありがとう」と笑顔で返しながら、休み時間のたびにトイレの個室に駆け込んだ。喉が焼き切れるかと思った。唇を前歯できつく噛んで、膿を絞り出すように泣いた。授業中にふと耐え切れなくなって、窓の外を眺めるふりして顔を背けて泣いた。昼休みは、お弁当をがんばって飲み込んでさっさと片づけて図書室の隅へ逃げ込んだ。嫌いだった、つらかった、しにたかった。
 
誕生日が苦痛になったのは、いつからだろう。思い出せないけれど、思い出せる限り、制服に身を包んだわたしは、誕生月を迎えるとすこしばかり元気をなくし、日を追うごとに呼吸が浅くなっていった。無理に盛り立ててバカ騒ぎでもしたら気が紛れるのだろうか、と、わざと自分で自分の誕生日を祝う一斉送信メールをつくったりした。クリスマスやバレンタインなどのときに、友人間でちょっとした恒例行事になっていたイベントメールと同じように数時間かけて丁寧に自分を祝うメールをつくった。何度も何度も目をこする羽目になって、目元がひりひりと痛んだ。失敗だ。ひどく滑稽だった。自分ではどうしようもない、お手上げ状態だった。
 
誕生日が苦痛になったのは、いつからだろう。皮肉にも、わたしの誕生日は語呂がよく、世間では大事な人への愛を伝える日になっている。「変なの、うちの親は離婚しているのに」かわいくない拗ね方をしていた、と思う。そして、お母さんに与えられた厳しい態度の数々が、誕生日のたびにわたしの胸をどんどんと叩くのだ。「お誕生日おめでとう」と笑顔で言われる。その口で「あなたがいなければ子供を産めたのに」と言われたことが頭からこびりついて離れなかった。イベントメールには、ともだちおもいの友人たちが丁寧にメールを返してくれた。一通ひらくのに、とても時間がかかった。「うそぴょーん!だれがおまえがうまれてきてよかったとおもうかよ!ばーか!」そんな言葉がつづられているはずはなかった。99%、そこにはおめでとうが並んでいるはずだ。そうだ、絶対そうだ、そう思い込んでも、思い込んでも、メールを開く人差し指がふるえた。
 
もうこれは、こういうものなのだ。誕生日というのは世間一般にはめでたいものだが、まれにこういうふうに過ごす人間がいたっておかしくない。もしかしてみんながめでたがらなきゃいけないという思い込みに殺され無理しているだけかもしれないじゃないか。365回も1日はあるのだ、1回くらい、ハズレが混じっていても仕方がない。
 
 
帰り道の自転車の上が、一番ほっとした。あとは家に帰って、なかよしな家族みたいな顔して2時間ほどの夕食の時間を我慢すればおわる。明日はきっと平穏だ。
 
 
18歳の誕生日もそうなるはずだったが、それまでの誕生日プレゼントを全部込めたよ、というくらいの、幸せな時間を過ごした。自分が好きな人が、自分のためをおもって時間を費やしてくれるのは、こんなにもいいものなのか、と、別の意味で涙が出た。別の意味で、しんでもいいと思った。
退屈な家族との夕食も、へっちゃらだった。部屋にもどれば、たくさんのプレゼントが待っている。わたしのことを本当に祝福してくれていると信じられるもの。いままでのつらいを全部覆い隠してくれるくらいの価値のあるもの。
 
 
それが最後、わたしが家で過ごした誕生日になった。
 
結局は、家族の問題に縛り付けられたわたしが、いじけてただけだったのだ。自分で選んだ場所で、自分で望んだ人たちといると、誕生日の苦痛はだんだんと薄れていった。近づくにつれて気持ちは不安定になってしまうけれど、でも、「おめでとう」の裏の気持ちを勝手に作り込んでしまうようなことはなくなった。素直に「うれしい」「ありがとう」と笑えるようになった。人の誕生日を祝うこともすきになった。いいもんだな、と思えるようになった。
 
本当に本当に恵まれていると思う。大学の友人がひらいてくれたサプライズパーティ、恋人が照れながらひとりで買いに行ってくれたというネックレス、離れても毎年にぎわうグループライン、シェアメイトが買ってくれる2種類のケーキのはんぶんずっこ、前日に届いた笑っちゃうくらい大きな段ボール、わたしを魔法使いにしてくれたクロウカードと愛情がこもった手紙、「僕はもう大丈夫だと思えたんだ」の文字、食堂のかつ丼。20歳、21歳、22歳、周りにたくさんの幸せな思い出をもらいながら、年を重ねた。大人になることのたのしさを覚えていった。
 
 
23歳、家族かと思えたみんながお祝いしてくれた。「わたしはもう大丈夫だ」と思えた。この病気はもう完治した。もうこんなにたくさん素晴らしい思い出をもらえたから、もう、もうきっと、ばかみたいにへらへらしながら毎年過ごせるんだ。
 
顔面にかぶったクリームのせいで、お風呂にはいってもほのかに髪から甘い匂いがただようような気がした。布団の中で、携帯の画面を見つめる。開くのに、躊躇しないのは、たぶん、彼が相手だからだろう。
 
 
「のんちゃん」「誕生日」「おめでとう」「!!!」
「まあ!」「ありがとう!」「23歳たのしむよ!」「はやく会いたいね!」
 
幸せだ。幸せだ。もう大丈夫だ。君もきっとこんな気持ちだったんでしょう?わたしがこんな気持ちを君にあげられたのかな、それがなおのこと幸せに思える。わたしでも、人に、こんなにいい気分をあげられるんだ。
会えると思っていた。当たり前に、彼の誕生日も、365日も、当たり前にあるもんだと勘違いしていた。わたしは浮かれていたんだと思う。
 
 
24歳の誕生日も、25歳の誕生日も、苦痛だった。人前にいるときはにこにこできるのに、ひとりになると、ぽろぽろと演技みたいにきれいに涙が出た。つらい、しにたい、くるしい、会いたい、忘れないで、忘れないから、きえちゃいたい。そんな言葉がずっと頭の中をぐるぐると駆け巡った。運転をしながら、涙がとめどなく出た。ハンドルを、思いっきりきれば、もうらくになれるんじゃないだろうか。自分で自分の機嫌をとることもままならないなんて恥ずかしい人間だ。そう思ってわざと出掛けたり、仕事に精を出したり、すきなものを食べたり、友人と過ごすようにした、お祝いしてよとおどけてみせた。表面上は平気なポーズをとれるのに、ひとりになると頭のなかがぐにゃぐにゃと歪んで、彼のことばかりを考えた。あれほどまぶしく輝いてわたしにいくらでもちからを与えてくれそうだった思い出の数々が、きゅうに色あせていくような気がした。「わたしはもう大丈夫なんだ」そう思ったのに、わたしは弱い人間だから、ひとつの悲しみで簡単にその自信をなくしてしまった。わたしはやっぱりだめだ、最低だ。
 
きっと明日になれば、誕生日はおわるから、けろりとした顔をして過ごすのだろう。特別じゃない限り、わたしはあまり思い出さなくなったから。ときどき、夜中に急に彼がもういないという世界の事実が切迫してきて、涙が止まらなくなるけれど、それはわたしのこころが弱っているからなのだろう。幸せだったらわたしはゆめにもみないほど、安心しきって寝る。そういうやつなのだ、最低でしょう。わたしは、なにがしたいのだろう。こんなふうに思い出されることなんてきっと望んでいないだろうに。
 
 
思いっきり悲しんでみたらいいんじゃないの、と思った。だからひとりになった。わざとご機嫌にならなくてもいい、わざと盛り立てなくてもいい、彼のために、こうやって、きちんと時間をとればいい。わたしは最低だ、大事なことは指の隙間からぽろぽろとこぼしてしまう。いまこんなに痛くてたまらないのに、いつもは平気な顔してそんなことなかったかのようにけらけら笑っている。だから。だから、毎年、この日は思い出そう。あなたがくれたあの手紙を頭の中で何度も何度も思い返そう。23歳の誕生日を、心底たのしんでいた自分を詰って詰って詰って詰ってすりつぶしてやろう。「涙が止まらないなんてうそだよ」そのとおりだ、毎晩泣いた1年を乗り越えたように、あんなに愛した人との別れから新しい恋に行き着いたように「絶対」なんてことはないんだ。きっと平気な顔で仕事へ行く。だからだから、今日を、わたしのためじゃなくて彼のために使おう。あなたに会いたい、あなたにそばにいてほしかった、安心したい、話を聞いてほしい、忘れないで、わたしがあげた幸せを忘れないで。あなたのためとか、こんな気分の中でもやはりわたしは自分が可愛くて、でも、そんな汚いわたしのことを、「のんちゃんはいいこだよ」と褒めてくれるんだ。知っている。これだけは世界でたったひとつの「絶対」だ。
 
 
誕生日が嫌いじゃなくなる方法なんで知らない。みんな、それぞれどうにかしてこの1日を生き抜くのだろう。本当は、どこかで泣いている人の救えるような言葉が書きたい。本当にそう思っている。だけど、人間には、自分のために生きなきゃいけない時間があるんだ。それは他人には否定できない。わたしはわたしを最低だと蔑むけど、それと、どこかの誰かがわたしのことを貶していい、はイコールじゃない。だから、誕生日が嫌いだと泣いているあなたも、あなたの価値を決めるのを他人にゆだねないでほしい。いくら他人に罵倒されても、あなたは主人公なんだから、他人に物語の展開を任せたりしてはだめだと思う。わたしはまだ、うまく自分の幸せな1日を描けないけど、かつてできたように、たぶん、もうしばらくしたら、できるようになると思う。あなたもそんな気がすこしくらいしているでしょう。


ああ今日が終わる。あなたの年からまたひとつ離れてしまう。ラインの動画は「保存期間が過ぎています」と無常に告げる。携帯を変えられない。あなたからの言葉がなくなってしまうのが怖い。大人になるのは楽しいことだよ。深夜の電話がすきになった、好きなご飯を値段を気にせずに食べられる、コンビニアイスだってへっちゃらなんだから。だけど、大学生のままなの、と慈しまれるあなたから離れる決心がつかないよ。また来年、ここに戻ってこれるだろうか。まだ「のんちゃん」と呼ぶ声は思い出せる。だから安心しておやすみなさい。


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