ネオンブラックピンクサイダー③
以下の文章は完全に趣味で書いた百合のお話です。苦手な方は突き当りの部屋でラジオ体操に参加してください。怖いもの見たさの方はどうぞVRゴーグルでエンドレスバンジージャンプ体験です。好きな方は地下の図書館で3つ目の司書を左に進んだ先にある本を高い高いしてください。いらっしゃいませ、サービスドリンクのアスパラベーコンどうぞ。砂糖大盛りとびっきり甘いショートケーキで殺される前に最後の選択肢を。いってらっしゃーい。天国も地獄もない世界おかえり。今日のデートはお前が全額負担よろしく。
9
思えば既に蝕まれていたのかもしれない。綺麗なものは毒を持っている。虫でも花でも。過酷な自然界で生き残るための術として。でも人間界は完全に安全だなんて誰が言ったの。紛争のない日本で怖いのは人間ではなく自然なわけないのに。これは平和ボケいやいやただの無知。
「いいじゃん、買いなよ」
「でもちょっと高い」
「買わない理由が値段なら買わないと後悔するよ」
「買ってもお金で後悔する気がする」
「じゃあ私が買う」
「え。どうしても欲しい物じゃないからいいって」
「私がこれ着けてるの見たいの」
「わかった。買ってくる」
気になって覗いてしまったら最後。欠片ひとつも残らず食べられてしまうまで飲み込まれる運命からは逃げられない。それが果たして良いことなのかはわからない。今はまだわからないままでいたいから。
10
ほうっと息を吐く。長い5日間だった。勉強が嫌いではないけれどテストは結構疲れる。あとはテスト返却を兼ねた終業式を残すのみ。教室のあちこちでは束の間の解放感に浮かれる声。
「ひかりも一緒に行こうよ」
「うん? どこに?」
後方から聞こえた声に荷物をまとめたひかりがいつき達の元へ向かう。4人はこの後お昼を食べに行くらしい。いいな。みっちゃんとあかねを誘ってみようかなとスマホを取り出す。
「そういえば、なんで先週から部活休みなの?」
「え? テスト期間だからだよ」
「テスト?」
ひかりの声に思わずスマホを落としそうになった。今なんて。衝撃的な言葉が聞こえた気がする。聞き間違いであれと思ったが裏切るように飛び出てくる頓珍漢な言葉に何かが殴られ心臓がどくんと脈打った。立ち入り禁止の警告のように。
「私、おなかすいた。この話はとりあえず終わりにして、早く行こう!」
途端に話題は昼食に変わって4人が教室を出て行くのをぼんやりと見送ったかなではぴこんと手の中で通知が鳴ったことに気づくことができなかった。
11
お互いを見失うことがないようにぴったりくっついて歩く。かなでの両手はやきそばが塞いでいる。ひかりが何か話しているのけれど鼓膜を震わせる音は脳まで届かずに消えてしまってかなでは曖昧な相槌を打つことしかできない。
「あ、開けてきた」
屋台は思っていたよりも多くはなかったらしい。ぐるぐる考えているうちに広場に出てしまった。
「一緒に来た子、いる?」
焼き切れそう。脳みそが過重労働に悲鳴をあげた。こんなにも苦しいのにひかりは涼しい顔しているのはどうして。どくんどくんがうるさい。心臓が耐え切れず今ここで弾けてしまったら。全部ひかりのせいだ。
「かなで?」
「ひかりちゃんはどうしたいの?」
「え?」
「考えるって何を? 私もうわかんない」
手の中のやきそばと目が合う。笑われていると思った。滑稽だって。やきそばはいいよね。美味しくされて食べられてしまうだけの存在は難しいこと考えなくていいのだから。
「かなでは、どうしたいの?」
「私?」
「うん。どうしたい?」
「わかんない。知らない」
「じゃあ、どうされたいの?」
「は……?」
ひかりの顔を見ようと視線をやきそばから外す。どうされたいって何。視界に見慣れた2人組。みっちゃんがあかねの方を見てこちらを指している。かなでを見つけたらしい。今のかなでには2人が逃げ場としか思えなかった。
「ひかりちゃん本当にわからない」
ひかりがどんな顔をしていたのか見ずにかなでは走った。花火の下で食べたやきそばの味が口の中にやけに染みついて鬱陶しかったことを思い出した。
12
返却されたテストと渡された成績表をしまう。どれも悪くはなくてよかった。前方ではいつきが赤点回避したとはしゃいでいる。
「え、ひかりすごい!」
「全部90点以上じゃん。ひかりって頭いいんだ」
いつき達がひかりの答案用紙を囲んで盛り上がっている。今回のテストはひかりがクラス1位らしい。すごい。かれんの成績が良いのは知っていたけれど。かなでは中の上くらいだった。
「え? 520じゃないの?」
「なんでそんな中途半端な点数だと思ってたの」
「520は偶数だよ?」
数日前のひかりの声が蘇る。そんなことが本当にありえるのだろうか。普通ならありえない。冷奴だと出されて醬油をかけて食べてみたら杏仁豆腐レベルでありえない。視線の先にはきょとんと首を傾げるひかり。
「え、やば、部活始まっちゃう」
「急ごう!」
「あ、ちょっと! つぼみとかれん待って」
どくり。殴られた何かが熱くて痛くて。
「ひかりちゃん」
かれんとつぼみを追いかけるいつきの後に続いて行こうとするのを慌てて呼び止めた。
「かなで、どうしたの?」
「あれ、本当なの?」
「なんのこと?」
「さっきの話。あと、テスト知らなかったとか」
「ああ」
「冗談じゃなくて、本当なの?」
「……どうだろうね。考えてみたら、いいんじゃない?」
「考える?」
「うん。考えて、私のこと。夏休み全部使って、考えて。意味わからなくなっちゃうくらい」
「え……?」
蝉の声が熱く降り注ぐ。ひかりの言葉がぐるりと体内を巡って脳に堂々と住み着いた。水に飛び込んで救われなかった人間が何人もいた歴史を知っていたのに自ら落ちてしまったなんて落ちている本人は気づくことができない。
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