ネオンブラックピンクサイダー④

ようこそ、いらっしゃい。好きな椅子に座って。美味しいクッキーをどうぞ。今お茶淹れるから食べて待ってて。あ、そうだ。これは①②③があるから順番に読んでからスクロールしてね。お菓子作りと一緒。順序は守らないと家が燃えてクッキーになっちゃうから。守らないやつはコンビニで横入りしてくるやつと同じ。つまり人権なし。戸籍剝奪。コレクションとして展示しておくね、クレジットカードの情報と一緒に。大丈夫。順番を守ってくれるなら、何も心配いらないよ。はい、お茶もどうぞ。帰路が思い出せなくなるまで、ごゆっくり。

13

 約1ヵ月の夏休みは結局思考に溶けた。ひかりをわからないと突き放したくせに花火大会の後も律儀に考えて溺れていた。足が枷でもあるのかと思ってしまうほどに重くて全身バランスが悪すぎる。溜息が地に落ちる。この為だけに使われた二酸化炭素が可哀想。どれもこれもひかりのせいだからと言い訳。

「テニス部の取材?」

「そう。夏休みの県大会、山吹さん3位だったからだって」

「じゃあ、山吹さんの写真を撮ればいいのね!」

「いや。団体戦でベスト8だから山吹さんだけじゃなくてテニス部全体の記事にするって」

 新聞部はいつの間に作ったのか。仮の原稿を渡される。どうして今テニス部なの。新聞部もテニス部も何も悪くない。悪いのはタイミングと無駄に溺れたまま藻掻いている間抜けなかなで自身。

「私、行かないから。みんなで撮ってきて」

「え、なんで」

「人を撮るのあまり好きじゃないから。今回はいいの」

「かなで、どうしたの? 今まで行かないなんて言ったことないじゃん」

「何かあった?」

「別に何もない」

 痛いほど自覚している。だから余計に避けたい衝動に負けてしまう。本当は学校にだって来たくなかった。教室ではずっと顔を伏せていた。窓際で頬杖をついているひかりをなるべく視界に入れぬように。

「私ね」

 みっちゃんが複数枚の写真が並べる。体育祭でかなでが撮ったもの。

「こんなに綺麗なのは、かなでにしか撮れないと思う」

 一枚の写真が眩しく眼球を突き刺す。なんで撮っちゃったんだろう。

「私もそう思う! 新聞部の部長さん、かなでの写真がめっちゃいいって褒めてたじゃん!」

「でも、それとこれは……──」

「本当に嫌なら、今回で最後にしていいから。一緒に行こうよ」

 机の上。今日初めてちゃんと見たひかりは黙って障害物競争を見ていた。

14

 テニスコートってなんでこんなにも日影が無いの。立ってシャッターを切っているだけでも太陽は体力を吸い取っていく。ほんの少し動くだけでふわりと足が浮いたような落ち着かない感覚。持ってきた水はもう飲み干してしまっている。買いに行こうにも一歩動くだけで軸がぐにゃぐにゃになっている今じゃ無理な気がして再びシャッターを切ろうとファインダーを覗いた。

「っ、! ──ぅ」

「わっ、大丈夫?」

「……びっくり、した、ぁ……」

 瞼を開けると視界いっぱいに恨めしいほどの青色を背負ったひかりの顔。黒く透き通っていてマジックミラーかのように反射する双眸でかなでがひかりの腕に支えられていることにやっと気づいた。

「ごめん、驚かせたよね。座る?」

「ううん、大丈夫。ちょっとふらついただけ」

 ひかりの手を借りて体制を整える。

「これ、渡そうと思って。はい」

「え、あ、ありがと」

 差し出されたスポーツドリンクと塩分タブレットを素直に受け取る。力を込めてキャップを回すとぱきりと鳴らずに簡単に開いた。一度緩めていてくれたらしい。水分を欲していた体にゆっくり慎重に流し込んだ。

「カーディガン暑いでしょ。脱がないの?」

「日焼けのリスクを少しでも下げたいの」

「気持ちはわかるけど」

 アイボリーのカーディガンと並ぶひかりの腕はずっと紫外線を浴びているというのに白い。レフ版にもなりそう。いやさすがにそれは言い過ぎた。

「私、練習戻るから」

「あ、うん。いってらっしゃい」

「これ、持ってて」

 頷く前に首に冷たい物が触れる。さっきまでひかりの首にあった冷感タオルだった。

15

 この前買った服に袖を通す。姿見の前に向かう足は表情よりもずっと素直でうきうき踊っている。うんやっぱりかわいい大丈夫。メイクも上手くできた。服の色に合わせて色味変えてみたけどこの感じも悪くない。

「あ、アクセ何も着けてない」

 ネックレス何にしようかな。気に入ってるのはハートモチーフのだけれど。でも今日は変えてみたい気分。蝶のやつにしてみようかな。ブレスレット着けるか悩む。リングはいつも通り着ける。願掛けみたいなものだから。

「うーん、今日はこれでいいかな」

 くるりと一回転。もう一回転。晒されている足首が不安で守ってしまいたい。でも見えなくなるとちょっと拗ねてしまうから結局無防備にするしかなくて。

 ぴりりと設定しておいたアラームに急かされ家を出る。怖がる足首相手に靴が緊張してしまっていた。

16

「あれ、かなでちゃん。どしたの?」

「黒川さん」

「つぼみでいいってば。誰か待ち?」

「まあ、うん」

「テニス部なら呼んでくるよ。誰?」

「あ、いいの。急ぎじゃないから、待ってる」

 つぼみと2人きりで待つことになってしまった。いつ来てもつぼみとは遭遇せざるを得ないことはわかっていたが先に1人だけ来ると思っていなかったために無駄な緊張が積まれてバランスが悪くなる。どんがらがっしゃん。負けでもいいから崩れて緊張消えてほしい。

「つぼみ、おまたせー……、」

「ひかりちゃん、っ!」

 かなでとひかりの視線が交わって絡み合って。瞬間きぃんとハウリング。焦ってフライング気味に飛び出した声は変に高くバーから大きくずれた位置にジグザグがたがたの線を刻んだ。

「一緒に帰ろうか」

「うん」

 新聞部が発行した校内新聞。テニス部のことがカップ焼きそばの如く濃密に詰め込まれていた。団体戦はひかりも出場していたらしくインタビューコーナーにかなでが撮った写真があった。人を撮るのは好みではない。嫌いではないけれど。食べることはできるけど自ら選んで食べない料理みたいな。理由はないのに。ひかりがテニスをしているのをしっかりみたのはあの日が初めてだった。改めて見て再度考えてみた。学校で教わる勉強は正しく答えが存在する。かなではだから問いの解は正しいものが間違いなく存在すると思い込んでいた。

 もしも存在しないのなら。

「つぼみごめん! おまたせ!」

「ひかりは? 先に来なかった?」

「急ぎの用あるの思い出したって」

 溺れて必死に藻掻いていた体が抗うことを止めて深海へと沈み始める。可哀想な愚かな娘。海馬は黙って見守ることにしたらしい。心臓だけが空気を読めずに右往左往している不思議と遅いマジックアワー。

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