サイダーお日様浴びて澄み渡れ
点だけで終わりだなんて誰も言ってないよ。今日はお天気がいいから、2階の角部屋がいいんじゃないかな。ほら、鍵。特別に貸したげる。いいのか、って今更でしょ。あとでお茶とお菓子持っていくから内側から鍵かけないでね、約束。無駄なこと、しないでよね。無駄なんだから。君が痛いこと嫌いなのは知ってるの。
柔らかな砂糖のお布団に包まれ彼女は罠にも気づかず楽しく遊び今日も笑う。
い
口に入れたばかりのハンバーグを思わずごくんと飲み込んでしまった。幸い気道には入らなかったが慌ててグラスを傾け食道に水を流し込む。耳の誤作動であってくれと何かに願った。何かって何だろう。わかんない。知らないけどお願いしたくなった。
「いつきちゃん大丈夫? お冷、持ってくる?」
「だ、いじょうぶ」
「本当に?」
「詰まらせてない?」
「だいじょうぶだから」
「動揺しすぎ。落ち着きな」
隣のつぼみが涼しい顔してドリアを頬張った。かれんも困ったような顔でどうしてかパスタを巻いている。目の前ではひかりがかなでのオムライスを食べている。いや待って。
「どういうこと……?」
「何が?」
「ひかり、さっき何て言った?」
「うん? ハンバーグ詰まらせてない? って言った」
「それの前。何て言った?」
「結婚式、しようかなって」
ああ。やっぱりひかりはいつだってひかりだ。若干噛み合わない会話が懐かしいなとか思う場合じゃない気がする。だって。
「その後は?」
「かなでと、って言った」
きょとんと首を傾げてひかりのパスタがかなでの口に運ばれる。なんだろうこれは。私が知っているひかりとかなでは果たしてこんな仲だっただろうか。確かに2年生の頃から仲はいい。いつからか私達4人に加えてかなでも一緒にいる時間が増えた。かなでのこともよく知っているはずだ。いやでも2人が一体いつから。
「付き合って、る、の?」
「うん」
「いつから?」
「高2の頃からだよ」
言葉にならない声がバグって店中の視線を集めてしまうほどのボリュームで飛び出してしまってつぼみがうるさと呟き呑気にまたドリアを口に運んでいた。
ろ
「いた! つぼみ~!」
後夜祭の会場であるグラウンドは多くの生徒がすでに集まっている。その中に見慣れた姿を見つけて大きく手を振るとあくびしながらふらふら片手を振り返された。
「おまたせ」
「あれ、つぼみ1人だけ? ひかりとかなでちゃんは?」
のんびり歩いてきたのはつぼみだけ。同じクラスの3人は一緒に来ると思っていたのに。後方にもかなでとひかりらしき姿はない。
「かなでちゃんは部活の都合。ひかりは先に帰らないといけなくなったぽい」
「そっかあ。今年こそはみんなで花火見たかったな」
去年もひかりとかなでの2人だけがいなかった。なんでいなかったのか覚えていないけど。高校生活最後の後夜祭。思い出作りにぴったりなイベントだというのに。仕方のないことだけどなんとなく少しつまらなくなった。
「でも、明日と明後日休みだから誘ってみたら遊べるんじゃない?」
かれんの言葉にそれもそうだと予定を思い出す。土日で行われた文化祭の予備日で2日間学校は休み。せっかくなら目一杯みんなで遊びたい。
「確かに! ね、つぼみも暇でしょ? みんなで遊びに行こう!」
「私は、暇だけどね」
花火が全て散った後グループラインに入れた連絡にはかなでとひかりからほぼ同時に返信が送られてきていて。みんなで遊ぶの楽しみだなと口角が上がって違和感はぽろぽろ抜け落ちてしまった。
は
エレベーターが開いてひかりと引きずられるようにかなでが出てきた。割としっかり者で有名な2人が時間ギリギリに降りてきたのは意外だった。
「おはよ!」
「おはよ~」
「遅かったねえ」
「みんなもう先に食堂行っちゃったよ」
「あ~、ごめん。待たせちゃったね。行こうか」
朝食の会場である食堂にはもう他のクラスも集まっていて自分たちの班を待つのみで慌てて席に着いた。この時の私はかなでちゃんがしばらく一言も発さないでいたことが気になっていたけれど食べ終わる頃にはすっかり忘れていた。
「じゃあ、またあとでね」
一度部屋に戻って着替えなどを済ませて次にホールに集合した時ひかりとかなでは既にいて下ろされていたままのかなでの髪は丁寧に結わえられていた。
に
「お疲れ様です」
「お疲れ様でーす!」
今日もばっちり定時退社。調子いいじゃん私。少し先にあるエレベーターが開いたまま待ってくれている。
「ありがとう!」
「いえ。来るのわかっていたので」
「ねえ、新作のフラペチーノ買っていかない? 牧野くん、絶対好きなやつだと思うんだけど、どう? チョコ、好きだよね?」
「あー、まあ、いいですよ」
電車を降りて改札前でフラペチーノを買って飲みながら歩く。他愛もない会話に弾む帰り道。規則的で不規則な心地よい音がぴしゃりと止む。いつも通りなのに知らない文字列のデイリーミッションを前に鈍った警報機は作動しない。
「あの、もうやめません?」
「え? 何を?」
「こういうこと。僕は山吹さんと恋愛的な関係にはなれませんから。最寄り駅が同じってだけで」
エラーのミルフィーユが提供されてやっと戸惑う。喉に言葉が何も届かない。楽しく宙を散歩している風船がヘリウムガスじゃなくて二酸化炭素なのにお気楽でいいねと言われた途端にぽたりと不時着する。
「じゃ、そういうことなので」
革靴の踵がアスファルトと歌うのを呆然と眺める。重機で殴られたかのような痛みもきっとどうでもよくなって忘れて笑っているのだろうなと思ってコンビニでアイスを買った帰りにたんぽぽひとつ殺した。冷えたベッドで小さなブーケの優しさに情けなく縋って眠る姿を制服が無視して走り去っていく。大人になんて未だ届かないの誰か模範解答を私の前で故意に落として。
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