ネオンブラックピンクサイダー①

以下の文章は完全に趣味で書いた百合のお話です。苦手な方は右手側の通路をまっすぐ進み、U2.8の階段を9段のぼって左手にある部屋にお入りください。怖いもの見たさの方はQ1.47の階段を36段のぼって正面にある椅子にお掛けください。好きな方は申込書に必要事項を記入した後、足のサイズが22.5の場合の足ひとつ分下がってハリボーを噛み締めてください。ご注文確認いたします。ビーフシチューといちごみるくがおひとつずつでお間違いないでしょうか。おめでとうございます、参加賞のアスファルトです。どうぞ嘔吐で苦しむまでお楽しみください。

1

 蝉の声が責め立てているかのように聞こえる。クーラーで冷えた部屋の中で脳内は稼働をやめる気配なく茹で上がりそう。考えているのは勉強のことなんかではない。宿題はもう終わらせた。来年の受験のことでもない。海馬が揺れる。忘れるなと言いたげに。主張しなくても忘れないよと叫びたくなってベッドに飛び込んだ。枕に顔面を押し付けてこのまま呼吸の方法を体から消し去ってしまいたいと思ってしまう。へたくそで全く前進せずに溺れていくように脚を暴れさせる。驚いた秒針が一歩戻る。呼吸を覚えていた体のせいで再び顔面を空気中に晒した。かなで自身が投げかけた疑問に対するひかりの言葉が思考力に我が物顔で居座っている。もてなした記憶はどこにもない。現在進行形で。

「考えて、かあ」

 正解はあるのだろうか。考えた先に何が待っているのだろう。知りたいのか知りたくないのかも答えが出ないまま時間を思考に溶かしている。とりあえず気分転換したい。アイスでも食べよう。ずり落ちるようにベッドから抜け出して部屋を出た。ついでに軟禁されていた空気も数人出てきたが廊下のぬるさに負けてしまった。数段の空中散歩。地上へただいま。冷凍庫を開けて黙って閉じた。

「アイス、ないじゃん」

 僅かな期待を込めて冷蔵庫の扉も開けてみたが数秒考えた末に閉じた。プリンは絶対違う。麦茶も気分じゃない。やっぱりアイスが欲しい。蝉うるさいから。部屋に財布だけ取りに戻って日焼け止めも塗らずに玄関で転がっていたサンダルに足を引っかけた。灼熱の下界旅行。全身まるっと蒸しあがりそうな熱気の大歓迎。いつもなら嫌すぎるけれど今はこれくらいがちょうどいいと思った。

2

 ない。全身から血の気が引いたような感覚。信じられなくて乱雑にバッグの中を掻き回した。どうしよう。数少ない友達と違うクラスにされるという悲劇に襲われてから2週間。ペンケースが見当たらない。筆記用具を貸してほしいと頼めるような人はクラスにはまだいない。

「どうしたの?」

 右から左へ流れた声がかなでに向けられたものだとすぐには気づけなかった。視線を感じて左方向を見ると目が合って話しかけられているのだとやっと理解できた。

「あ、えっと、ペンケース、忘れちゃったみたいで……」

 喉から絞り出したような声にひかりはふうんと頷いただけ。なんで訊いてきたの。わからない人だと思った。かなでとひかりは隣の席なのにこの時まで言葉を交わしたことはなかった。そんなことより筆記用具どうしよう。みっちゃんとあかねに借りに行こうかな。力なく椅子に座り込み考えるかなでの視界に突如黒い物体が侵入した。

「これ使って」

 びっくりして顔を上げるとひかりがペンケースを差し出していた。

「でも、雪白さんの」

「予備なの。私のは今日ちゃんと持ってきてるから気にしないで」

 確かに机上には空色のペンケースがある。この人本当によくわからない。でも、助かった。

「ありがとう」

桜の木が唐紅に染まった頃の記憶。

3

 冷房の風に押し出されるように自動ドアをくぐった。鮮やかな青色のパッケージが破られる。頼りない木製の棒を掴んで爽やかすぎるほどに快晴を抽出したような空色を引きずり出してかぶりついた。

「ん、」

 かなでに人と付き合った経験はない。異性と交流する機会もあまりない。共学だけれど人付き合いが得意ではない故に。友達も同じ写真部のみっちゃんとあかねくらいしかいない。だから純粋にわからない。投げ出してもいいはずなのに真剣に考えてしまっていた。後戻りできないと気づくことすらなく思考が未知の海へと飛び込んで流されて溺れてしまっている。ひかりが特に深い意味なく発したのかもなんて微塵も疑わず。ものすごく仲がいいわけでもないのに。ただ隣の席の同級生。どうして灼熱の下界旅行までして脳を働かせているのだろう。

 しゃくりしゃくりと冷たい塊を咀嚼する。冷たすぎて口の中が痛い。肌と口内の温度差に殴られる。何してるんだろう。しゃくり。かぶりつく毎にぽろぽろと欠片が重力に負けていく。

 しゃくり。

「あ、」

 失敗した。違うアイスにすればよかった。

 ぱくり。

 最後のひとくち。目をきつく瞑って口に入れた。味は喉を滑り落ちた瞬間に忘れた。

4

 「ひかり大丈夫!?」

 いつきの声がグラウンドに響いた。運動部の人って声よく通るんだなあとぼんやり思う。声が聞こえた方にひかりの姿はなく小走りしていくいつき達。背中を追った先に砂まみれのひかりが困ったように笑っている。どうやら派手に転んだらしい。膝のあたりに真紅が見えた。

「あの」

「桃園さん、どうしたの?」

 いつきのきょとんとした顔が向けられて咄嗟にひかりへ視線を移した。かれんとつぼみの視線も感じたがかなでは知らないふりした。

「私、保健委員だから、」

「あ、そっか。じゃ、ひかりのことお願いしてもいい?」

「うん」

 いつき達3人はありがとーと言いながら去っていく。ひかりと残されて他の生徒もグラウンドにいるのに2人きりのように感じた。

「雪白さん、立てる?」

「うん。ありがと」

 あの日と逆だと思った。差し出した手を添える程度に握って立ち上がったひかりの膝から耐えきれなかった真紅が砂に落ちてゆっくりと滲む。痛い。

「ひかりでいいよ」

 前置きもなく空気が震えた。

「──……ひかりちゃん」

 葉桜が美しく主張する季節。

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