ネオンブラックピンクサイダー②

以下の文章は完全に趣味で書いた百合のお話です。苦手な方は回れ南南西してジュゲムの案内に従って別館にお入りください。怖いもの見たさの方は紹介状を持って6番窓口でドーナツをお受け取りください。好きな方はごんぎつねを朗読しながら左方向その先斜め右方向です。ケセランパサラン27点でお会計4万8千3105円です。お待たせしました、ハンバーグ定食油揚げ10枚トッピングつゆだく牛丼です。ごゆっくりどうぞ。


5

 普段は何をしているのかと質問されがちな写真部にも今日のような日は他の生徒にもわかるような活動がある。出場する競技以外の時間は重たいカメラを持ってグラウンドを動き回る。後日データを新聞部に渡さなければいけない。体力に自信のないかなでは目立たない木陰で休みつつ時折思い出したかのように撮影していた。人を撮ることはあまり好みではない。特に強い理由があるわけではないのだがなんとなく避けている。気乗りしないなと思いつつファインダーを覗いた。

「、っ」

 驚いてのけぞったままバランスが崩れて重力に抗う間もなく地面に引き寄せられる。まばたきと同時に不時着の衝撃がぼんやり響いた。無慈悲なグラウンドだ。

「大丈夫?」

「平気」

「よかった」

 立ち上がって砂を適当に払う。びっくりした。グラウンド中央を撮影しようと覗いたファインダー。小さな視界を埋めたのはレンズの向こうから覗き込んだひかりの顔だった。予想外のことに人間は上手に対応できない。例に漏れずかなでも。

「覗いたら、ひかりちゃんの顔でびっくりした」

「あ、ごめん。かなでと目が合うかなと思って」

 なにそれ。本当にわからない。ひかりは人のペースを崩すのが上手い。悪口じゃない。崩されてしまったから人見知りで所謂コミュ障のかなでもクラスに打ち解けつつある。隣の席になったのがひかりでよかった。

「見えた?」

「ううん。私からは見えなかった」

「そっか」

「うん」

 ファインダーとレンズは繋がっていないんだよと言ったら。いややめよう。きっとひかりは知っている。余計な一言になってしまうくらいなら生み出さない方が言葉も幸せだろうから。わあっと歓声が鼓膜に届いて慌ててファインダーを覗いてシャッターを切る。指で押し込むまでの一瞬で。

「ひかりちゃん、リレー頑張ってね」

「次の競技、百足競争だよ」

6

 下界旅行からご帰宅。出番を待ち続けていた汗が喜んで飛び出してくるのが鬱陶しくてゴミだけを抱える使命を遂行中のビニール袋を行儀悪く床に放って浴室へ直行。簡易滝行開始。ばいばい汗。蝉より短い命。火照った体に容赦なく水を浴びせる。すぐに寒くなってやめた。スイッチを押してぬるま湯が出るように設定する。浴槽へシャワーヘッドでシュート。3点獲得。拍手喝采。おめでとう。ありがとうございます。今が何時かなんて知らない。コンビニ行く前は14時を少し過ぎた頃だった。母親は17時まで帰ってこない。バレなきゃ何しても自由。時間制限付き独裁国家万歳。ご丁寧に栓をして水位が上がるのを待つ。空気に触れた水が陶器で滑り台ごっこ。虚無のジェネリック線香花火タイム。ああもう。入水自殺模擬試験A判定で志望校に余裕で合格間違いなし。ぐちゃりと不細工に鳴いた服がおたまじゃくしのように泳ぐ。

「すでに意味わからなくなってるよ」

 水圧に縛られて哀れな可燃物。崩れ落ちるように沈んで思考を巡らせてみる。ローディングローディング。回線良好。視界不良。勉強は真面目に取り組むとは思う。成績も悪くないはず。習ったことは知識として最低限霞程度でも持っている。かなでにとって考えるとは持っている知識の中から最も適している解を導き出す行為。難解を前に途方に暮れるかなでを嘲笑うように容量過多。ようこそナイアガラの滝の赤子。

「っは、ぁ」

 泣き喚く肺へ酸素のお届け。速達で。今ならUMAにもなれそう。服が許可なく肌に吸い付いてくる。ぼたぼたと滴り落ちる水が全部教えてくれたらいいのに。この子達は知らないなんて知らなかった。

7

 掴んだ紙をそっと開く。11。空白に桃園と担任の荒い文字。可もなく不可もなく何とも言えない。右隣の名前はつぼみ。その前にかれん。かなでの斜め左前にはいつき。テニス部に囲まれた。リーチだ。空白の左隣をひかりが引いたらビンゴ。

「いいなあ、かなで

「かなでの隣がよかったな」

 珍しくむくれたひかりが戻ってくる。雪白の文字は端の方に書き加えられていた。かなでの左隣は未だ空白のまま。

「またすぐ席替えするよ」

「そうだね」

 このクラスの女子テニス部は4人だけ。テニス部内でも4人は特に仲良しだということはかなでもよく知っている。1人だけ少し離れた席になるのはつまらないのだろう。ひかりの言葉をそう解釈して勝手に納得した。

8

「あ! やきそばだ~」

「ちょっとあかね!」

「え、待って! あっ、」

 ふらりと離れたあかねを追ったみっちゃんに続こうとして人の壁に阻まれてしまった。人にぶつからないようにどうにか見つけた狭い隙間を進んでいくがいつまで経っても姿が見えないどころか声も聞こえない。どうしたらいいの。こんなに人がいるところではぐれてしまうなんて。

「そうだ。あかね、やきそばって」

 あかねの言葉だけを頼りになんとかやきそばの屋台まで辿り着いたが2人の姿はなかった。どうやらやきそばの列に並んでしまったらしい。仕方なく焼きそば1つ買ったはいいが落ち着ける場所がない。困った。この先に行くと広場があることくらいしか知らない。とりあえず広場を目指そうと決めて人の壁に挑んだ。

「あ、かなで」

「え?」

 人だらけのうるさい場所なのにまっすぐ声が届いて顔を上げた。

「ひかりちゃん」

「かなでも来てたんだ。1人?」

「ううん。友達と来てたんだけど、はぐれちゃって。ひかりちゃんは?」

「私も。気づいたらみんないなくて」

「そうなんだ」

「持ってるの、やきそば?」

「うん。なんか並んじゃったから買ったんだけど、食べる場所もないから広場行こうかなって」

「あ、広場が本会場なんだっけ。一緒に行ってもいい?」

 どうしたらいいのだろう。ひかりを前にかなでの心臓は想定外の過重労働を強いられている。全身に脈打つ音が不自然に大きく響いて飲み込まれてしまいそう。否もう飲み込まれてしまっていたんだった。ならば今のかなでが選択すべき解は。

「うん」

 浴衣じゃなくてワンピースで来てよかったよ。


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