ノンシュガー%cider……

壁に掛けられた振り子時計が静かにゆっくりと歪んでいくことを君は知らない。痛いことが嫌いで泣き虫で愚かなのはきっと君で。だから君はここに囚われてしまって抜け出せないことに今日も気づかない。先に夢から醒めた僕だけが知っている真実を隠して狂い続ける時間と君と踊ってあげようか。瞬きの後で君は僕を見下ろして妖艶に笑っている。地獄までの鈍行列車にて思考からの土下座で見逃しておくれよ。

彼女が眠る世界をある人はパンドラの箱と呼んで勝手に悲しみ両手を合わせてくれてしまった。

り 

 いつからなんて知らないから訊かないでよね。めんどくさい。エマージェンシーエマージェンシー。何回やったら満足するの。体が喉が重くなる。やめてよ。感情のバグ発生。どれもこれも責任持って飼ってあげているのに恩知らずだよね。無視に限る。騒ぐ感情たちに雑な返事。無駄だから静かにしな。クローゼットオープン。狭い部屋で単独ファッションショー。思考回路は素直でいい子だね。黒か。白か。それとも違う色か。この前は何と言っていたっけ。まあいいや。お世辞そのままじゃあっという間に服がなくなってしまう。適当でいいの。こういうことは気合い入れすぎるのは間違い。これでいいかと白い服に照準を合わせて閉じる。バッグはいつもと同じでいい。荷物はメイクポーチ以外は入れておかないと焦ることになる。何時に起きても。アラームも確認。余分にセット。起きれないのが最も困ること。違うかも。なんだっていいけど。

 ぱちりと時刻が切り替わる。23時。深夜の化粧品ドラフト会議。開始。普段使うコスメから選んでいく。ばっちり決める必要はない。無難にブラウン系でいいかと手に取る。選ばれなかったコスメはご帰宅願います。駄々は聞きません。ヘアブラシとオイルも用意。爪はどうしよう。どうせ落とさなければいけないことを考えるとめんどくさい。でも気を遣って損はない。ぐるり。やめた。今はとことんだるい。

 今願うことはシンプルで簡単。問題なく楽しいが得られますように。ハイリスクでローダメージがいいのだから。おやすみ世界。さよなら私。目が覚めたら全てが誰かの夢と最悪な計画であってほしい。そうならばどれだけの多幸感で飛べるのか。

「のどかわいた」

 浮かれた空気に包まれて歩く。文化祭だからって浮かれちゃってとチュロスを齧る。私も浮かれていないと言うのは違うけれど。

「ん、おいしい」

「コンソメもおいしいよ。食べる?」

「うん」

 一歩前でポテトがひかりとかなでの間を行き交う。お互いばっかり見てると危ないよの言葉をチュロスで塞いでおく。今日も私は蚊帳の外。教室でも2人はやけに仲がいい。同じクラスだから休み時間やグループワークは一緒にいるが私には入り込めない何かが確かにある。多くの人で賑わう中で視界の端っこに一瞬絡み合う指が見えて。わかっちゃったかも。正体の名を知ってチュロスが飛び込む。察しの良い2つの足首が内緒だよと必死に囁く。私が得することなんてないから言わないよと小指を絡めた。

「私にもポテトちょうだーい」

 この後に私がどんな道を辿るのかを決めた分岐点は案外こういうところにあって見逃しちゃうよね。意地悪じゃん。

 マルゲリータをひとくち。ふわふわの生地がもちりと弾ける。じゅわりと口いっぱいに広がるトマトの酸味とモッツァレラチーズの旨味。なにこのピザおいしい。トマトソースがたらりと指を伝って取り皿に落ちていく。

「つぼみちゃん、本当に彼氏いないの?」

「ん、はい。今までいたことなくて」

「え、本当に? かわいいから絶対モテるのに」

「あはは、ありがとうございます」

 テンプレにはテンプレで。こっちがまだ咀嚼している最中なのに話を振ってくるのはナンセンス。マルゲリータあっさりしている割にずしりと重い。めちゃくちゃおいしいけどもう一切れで無理かも。なんでピザに加えてもう1品頼んだこの男は。私のお金じゃないから別にいいんだけど。あーあー女の子相手だからって食後のスイーツに誘うのは安直すぎる。

「どうしようかな。何したい?」

「この辺、来ないから詳しくなくて……」

「そっかあ」

 目の前で考え込まれてしまった。つまらないことしてないで自慢のプランを見せてよ。それだけでいいの。だって人のお金で食事を頂けるのって最高じゃん。ついでに交通費も貰えたらラッキーくらい。どうでもいい人とだから気にせずにドタキャンもできる。だから悩むことなんてないのにな。

「あ、ここはどう? 金魚のアクアリウムだって」

「わあ、綺麗」

 あーたのしい。溺れて溺れて心地よくて潜ってしまう私を指して嘲笑っちゃって。お前らなんかが知るわけないところで1人哀れにバカンスしてやんよ。

 結婚とか私が歩く先には存在しないのだろうな。楽しいからと見事にハマって趣味と化した行為が優しく拘束していて。でもまあ気持ちいいからどうでもいいかなってなっちゃって。この歳でギリギリ許されない思考で拗らせて何もできないまま。真実を見つめたくなくて両手で顔面を覆い隠して幼子みたい。

「つぼみ」

「うん?」

「ドリア、おいしいね」

 侮れないなこの2人は。いつからわかっていたんだろう。私だけが抱えていたはずの趣味が秘密が音を立てて転がってく先に同じ色のミサンガが2つ並んでいて制服がひとつ弾け飛んだ。

「うん、おいしい」

 汚れた思考も。泣いてるあの子も。よくわからない小さな花も。骨だけじゃなく神経まで残さず全て余すことなく確かに抱きしめて殺して。溺れるほどのキスなんかじゃ神様にならないの私は。なぜなら。


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